『熱学思想の史的展開1』 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

書評です。
山本 義隆 著 『熱学思想の史的展開─熱とエントロピー─1』 筑摩書房 ちくま学芸文庫ヤ18-1 386頁 2008年12月発行 本体価格¥1,400(税込¥1,470)

山本義隆さんは1941年生まれなので、今年68歳。
学生運動華やかりし1960年代には東大全共闘議長として名を馳せましたが、その後は駿台予備学校の物理教師を続けています。
その一方で、ドイツの哲学者カッシーラーなどの著作の翻訳や科学史の研究を続けており、ご著書が何冊も賞を取るなど高い評価を受けていることで知られています。
いわば「市井の科学史家」です。

本書は、題名の通り主に17世紀から19世紀に至る熱学思想の発展を概観した三部作の第1巻で、初期のラヴォワジェまでを扱っています。
しかし、内容は狭義の熱学に限ったものではなく、この時代の物理・化学の発展全体を熱学思想という切り口から捉えたものとなっています。
この三部作は、もともと現代数学社発行の「BASIC数学」誌上に1982年10月から3年間連載されたものに加筆して1987年2月に同社から刊行されたもので、今回文庫に収めるにあたり全面改定しているとのことです。
以前取り上げた熱力学の教科書2冊(田崎晴明著と清水明著)のいずれでも本書が推薦されていたので、名著であることは保証済みです。

本書には熱学の研究に携わった学者がまるで大河小説のように多数登場します。
ガリレオ、ボイル、フック、ニュートン、フランクリン、マクローリン、ブラックといったよく知られた名前あるいはどこかで聞いたことのある名前はもちろんですが、合わせてスティーブン・ヘールズ、デザギュリエ、ブールハーヴェ、ウィリアム・カレン、グレグホン、アーヴィンといった耳慣れない名前の学者も活躍します。
この中で、ヘールズはイギリスの植物生理学者、デザギュリエは幼時にフランスからイギリスに亡命した実験物理学者、ブールハーヴェはオランダの医学者・植物学者・化学者です。スコットランドのカレンは臨床医学者でブラックの先生ですが、山本さんは熱化学の創始者と評価しています。

この時代、熱現象を説明する学説として、並行していくつかの代替的で競合する流れがありました。
念頭に置かれた熱現象とは、主に燃焼による熱の発生と過熱による膨張、冷却による収縮です。

1.アリストテレス自然学
本書の脈絡でいうと、その基本は、「質の物化」にあります。ここでの「質」は人間が感じる質で、それぞれの質に対応する元素が存在するとするのです。
重さvs軽さ、熱さvs冷たさという二つの対立する性質を組み合わせたの4つの元素が想定されます。
たとえば、火の元素は軽さと熱さを有するとされました。
軽さとは「自然状態では上に向かう」という性質であり、現代風にいえば負の質量になりますが、重さとは別の元素が割り当てられていました。
熱についていえば、冷たさの元素を想定する定性的立場に固執する限り、熱の定量的把握が進むことはあり得なかったのです。

2.熱運動説
今日のわれわれは、熱が分子レベルの運動であることを知っています。
この時代にも、F.ベーコンのように熱は運動だと言い切って後に先駆的な指摘だと評価される自然学者がいました。
ただ、気体分子の運動については、今日正しいと正しいとされる直線運動以外に、振動運動(フック)と回転運動(デカルト)も考えられます。
しかし、それらはいずれも実験・観察に基づくものではなく、定量的測定ができなかったためにその後の熱学の発展にはつながりませんでした。

3.ニュートン力学の拡張(引力・斥力パラダイム)
この時代、落下や天体現象の説明などマクロレベルで多大な成功を収めたのがニュートン力学です。そこで当然、その部分的な修正によりミクロレベルの現象をも説明しようとする動きが生じました。
すなわち、ニュートン力学ではすべての物質が引力を有しているとしますが、これを発展させて斥力(反発力)を導入し、究極の物質は単一でありそれが引力と斥力の両方をもっていて、そのどちらが働くかは距離によるという説が提唱されたのです(デザギュリエ)。
この考え方は数学的関数としてはいくらでも複雑なものを設定できました(端的な例はルゲール・ボスコヴィッチ)が、その根拠となるデータが得られないことから、やがて支持を失いました。

4.熱物質説
これは、一般の物質は引力のみを有するが、それらとは別に斥力と引力の両方を有する特別な物質が存在するという考え方です。
デカルトを頂点とする機械論は物質から一切の能動性を取り除きましたが、そうなると物質が何により運動するのかが問題になります。
それに対する一つの回答はニュートンの万有引力でしたが、それだけではミクロの諸現象、特に熱現象を説明できなかったため、一般の物質とは異なり活性・能動性を有する特別の物質が想定されたのです。
その物質は<空気>(ヘールズ)、<火>(ブールハーヴェ)、<エーテル>(ニュートン)などと呼ばれ、通常の物質とは引力で引き付けあい混じり合いますが、相互には斥力が働きます。そして質量をもちません。
これが熱膨張の原因となるというのです。

5.熱波動説
これは本書第1巻ではなく、第2巻に登場するもので、赤外線の発見がその根拠となっています。
しかし、これまでの説とは異なり、時代的にはだいぶ後の19世紀前半、熱物質説(というより熱素説)への信頼が動揺しつつあったときに唱えられたものです。

これら諸説の中で定量的実験と結びついて熱学思想の発展につながったのは4の熱物質説です。
化学の生みの親であるラヴォワジェも熱物質説に立っていました。
ラヴォワジェについては、酸素を発見して擬似元素である燃素(フロギストン)を否定した一方で、裏口から同様の擬似元素である熱素(カロリーク)を導入したという評価もあるようです。
しかし、著者は、事態はそれほど単純ではなく、ラヴォワジェによる燃素の否定と熱素の導入は一体の事柄だったとみています。
この点を少し詳しく見ていきましょう。

ラヴォワジェにとって重要だったのは、「空気」の研究でした。
ラヴォワジェの生涯を貫く思索の基調は、気体としての<空気>は<空気の基>と<火>の化合物であり、その弾性は<火>に基づくという認識でした(<火>に当たる元素は時期によりさまざまに呼ばれているので、以下では記号Xで表します。)
   <空気> = <空気の基> + X
一例として、彼も当初はその当時の「常識」に従って水の蒸発は<空気>の働きによる(水が<空気>に溶解する)と考えていました。
しかし、真空中でも水が蒸発する、しかも空気中よりも蒸発しやすいという実験成果を知って、それを水がXと結びつくことだと解釈しました。

より重要なのは、煆焼(かしょう、強熱による金属の灰化)の解釈です。
これは燃素説の提唱者シュタールによれば次のような反応です。
                    加熱
   <金属(=金属灰+燃素)> → <金属灰> + <燃素>
これに対し、ラヴォワジェは当初
   <金属(=金属灰+空気の基)> + X → <金属灰> + <空気(=空気の基+X)>
と考えました。しかし、その後
   <金属> + <空気(=空気の基+X)> → <金属灰(=金属+空気の基)> + <自由なX>
と考えるようになりました。
そして、空気は単一の元素ではなく(アリストテレス以来の元素としての<空気>を否定)、燃焼(煆焼を含む)に関与するのは<純粋な空気>(後に酸素と名づける)だけであることを発見しました。

以下では、補足的に私の気づいたことを数点挙げてみます。
・熱素説の起源は、紀元前6世紀のイオニアの自然哲学に遡ることができる。
特に熱素との関わりでいえば、自然界の事物の「起源」を<空気>だとしたアナクシメネスと同じく<火>に求めたヘラクレイトスが重要です。
前者の<空気>がその濃密化と希薄化により万物を生じる「存在の始原」であるのに対し、後者の<火>は変化の原理、「運動の始原」であって、熱素説を経て今日のエネルギーにつながります。

・アリストテレスの自然学の呪縛は思いのほか強かった。
デカルトの友人で古代原子論を復活させたガッサンディも、物体が冷たいのは<冷の原子>を多数含むからだとしています。
アリストテレスを否定したはずのデカルトの<火の元素>、ガリレオの<火の粒子>なども例示として挙げられます。
また、F.ベーコンの唱えた帰納法も、その中身は実はアリストテレス論理学を踏襲しています。

p.54>質の差異を捨象することが許されない分野─化学─では、アリストテレス主義の質の物化傾向は強靭な生命力を発揮した。
18世紀末に熱物質論を唱えたラヴォワジェやドルトンがともに化学者であったのも偶然ではあるまい。
そして、逆説的であるが、熱学の定量化はむしろこの熱物質論のサイドから始まることになる。

・熱力学の誕生は化学の成立を前提とした。
物理学と化学の違いは、化学は物質の種類を問うのに対し、物理は物質の種類を問わずその性質の定量的違いのみから普遍的な議論を展開することです。
その意味では熱力学は物理の一分野であることは間違いありませんが、しかし熱力学が生まれるためには熱物質説が化学の一部として定量的に研究を進める必要があったのです。

・天才が出現した後は、天才の権威に縛られてその国の科学はしばらく不毛化する。
デカルトの後のフランス、ニュートンの後のイングランドが該当します。

・ニュートンは二面性をもっていた。
ニュートンは、数学的演繹的に完成された力学体系を提示して史上最高の物理学者と称えられる主著『プリンキピア』の他に『光学』も残しています。
『光学』は同じ著者のものとは思えないほど対照的で、実験事実とそこから導かれる定性的推論に終始し、ずっと読みやすいとのことです。
その巻末には「疑問」という形式でニュートンの思索が述べられており、光、熱、表面張力、化学、生理学、錬金術、神学に及ぶニュートンの問題提起とその解決の方向性、さまざまな面で相矛盾する推測が語られています。
このため、ニュートンの権威もあって18世紀のイギリス、オランダの自然哲学研究者に大きな影響を与えました。
とりわけ重要なのは、1717年に『光学』英語第2版に付け加えた「疑問」で、重力を<エーテル>により説明する可能性に言及したことです。
これは、当時はニュートン主義者たちから敵対するデカルトの渦動説への屈服と誤解されて無視されましたが、彼の死後同様の趣旨の書簡などが発見され、ニュートンは『プリンキピア』で公式に表明しているものとは異なる「汎<エーテル>的宇宙論」とでもいうべき思想をもっていたことが明らかになりました。
先に述べたように、この<エーテル>は熱素説の源流の一つとなりました。

・熱学の進歩は技術の進歩に依存する面が大きい。
一つは真空状態を作れるようになったことです。
もう一つは、温度計の発明です。
温度計を利用して「熱」と「温度」が明確に区別されるようになって初めて、熱学における定量的な認識が進んだといえます。


以上、三部作の第1巻を取り上げました。
続いて、第2巻、第3巻に進みたいと思います。