前回
…までのあらすじ
【義父について】
2022年秋から体調を崩し、2023年1月17日から本格的に具合が悪くなる。1月19日に救急搬送にて入院、硬膜下血腫が判明。手術後に介護保険申請したところ要介護5。3月末に退院し、介護付有料老人ホーム「ゆうホーム」に入居。2023年末時点で88歳。
【義母について】
義父の入院と同時期に腰椎圧迫骨折が判明。介護保険申請したところ要介護1。在宅での介護となる。月一の通院に加えてこれまで週1の訪問看護・週2のデイサービス・ショートステイを2回利用。ここまで診断されたのは骨粗鬆症・高血圧・貧血(に伴う浮腫とふらつき有り)・アルツハイマー型認知症。2023年末時点で90歳。
新シリーズにつきタイトルを変えました。
キーワードは前回書いた「介護はいずれ終わる」。
その「いずれ」が、思ったより早く来てしまいました。
今回からはそんな話です。
* * *
2023年12月9日土曜日。
大相撲初場所のチケットの一般販売を狙って、特に予定を入れていなかった。
抽選販売で千秋楽前日のチケットが当たってはいるが、席が良くなかったのでリベンジである。
夫は休みの日でも平日と同じ時間に自然に起き、
自分で温めるだけの朝食を用意して、トイレに籠る。
出てきたら義母の薬とその日の予定を書いたボードを持っていき、
ある程度したら寝坊助の私と娘を起こしにくる、
というのがいつもの休日の流れ。
予定のボードについては↓
この日朝6時半。
「お母さん起きてくれる?」
と夫に起こされた。
「ばばが倒れてる」
は!?!?
一気に目が覚めた。
ついでに娘も起きた。
「いや意識はあるんだよ、
でも脚が痛くて動けないんだって」
うがいだけして義実家に向かう。
いつもリビングの大窓から出入りするのだが、やたらぐちゃぐちゃになっている。
脚が痛いながらも自力で雨戸を開けたらしい。
義母はベッドに座っていた。
それも元々床に座り込んでいて、夫が手を貸してベッドに座らせたらしい。
しかしこれ以上は動けないという。
どこが痛いのか尋ねてみたら、
左の太ももをさすっていた。
「じっとしていれば大丈夫なのよ、
でも立とうとすると…いたたたた」
ああこれ、
大腿骨やってんな。
トイレには行きたいという義母を、
夫が抱えて連れていこうとしたが、
痛みに耐えきれず拒否されていた。
私は夫に救急車を呼ぶよう言った。
第一発見者は夫なので、夫が説明する方が早い。
しかし夫は、かかりつけ医けい病院が開くのを待つつもりでいた。
2時間も。
トイレすら行けないのに。
じっとしていれば痛くないなら脚痛いのを即座に忘れそうなもんなのに。
しつこく救急車救急車と言い続けたことでようやく呼ぶ気になった。
自ら119番通報するのは初めてだったという。
救急車が来るまでの僅かな時間で、
夫は付き添うための準備をしていた。
義母の保険証やお薬手帳が入ったファイルを夫に預けた。
5分ほどで救急車が到着。
義母をあっという間に搬入し、夫も乗り込む。
搬送先は診察券があることから、
8月に物忘れ外来で受診したあい病院に決まった。
救急車が出ていった後、すぐ実家に連絡。
今すぐ来てほしいというほどではないが、
今後手術でまた我が家の留守番をお願いするかも、と伝えた。
ついでに、かつて大腿骨骨折を経験した亡き伯母について聞いてみた。
手術までは絶対安静、術後はリハビリで時間がかかるので、
1ヶ月以上入院していたとのこと。
この段階では確定でなかったが、私の中では大腿骨骨折だと決まっていた。
本人が覚えていないので何が原因なのかはわからないが、
このところのふらつきで転んだんじゃないか、という見方が自然のようだ。
搬送から3時間。
夫から「入院」とLINEが入る。
思ったとおり大腿骨骨折だった。
今飲んでいる薬が必要なので持ってきてほしいと言われた。
どのみち夫を連れ帰らねばならない。
娘に留守番を頼んで出発した。
指定の場所に着くと、夫と看護師がいた。
看護師に薬を渡す。
夫はこの時入院の書類を書きながら説明を受けていた。
連絡先はこれまで同様私の携帯番号にした。
あとで整形外科の先生が直接説明してくれるというが、
何時になるかわからないとのことなので一旦帰ることにした。
義母の着ていたものを持ち帰る。
そういえば入院に必要なものは全てレンタルになっていて、
必要なものはマスクだけだった。
車に戻る前に夫は病院のATMでお金を下ろす。
その間に私はケアマネえいちさんに電話をしたが、出なかった。
留守番電話もやってないみたいなので、SMSを送る。
今までもSMSで連絡することがあった。
車で夫の話を聞く。
我が家の周りは狭いので救急車だと遠回りだったこと、
救急入口から入ったので不思議な感じだったこと、
義母は処置室に連れていかれて、その様子は見なかったがあっという間に着替えて導尿カテーテルをつけられていたこと、
搬送から連絡まで3時間かかったうち2時間は、当直が内科医だったので整形外科の医師が来るのを待っていたこと。
そんなこんなで家に着いた瞬間、電話が鳴った。
あい病院の病棟看護師だった。
12時過ぎに主治医が説明をするから来てほしいと。
この時点で11時少し前。
夫はバイクの球切れを直しに近くのバイク屋へ行かねばならない。
大急ぎで行ってもらい、その隙にレトルトカレーと冷凍ごはんと味噌汁を温めて、
早めの昼を済ませてしまった。
なお、夫は30分で帰ってきたし、相撲のチケットは売り切れていた。
次回、主治医に会う。
* * *
◎いつか両国以外も行きたい
◎実は登ったことがない