さわさわと首筋から迫るもの
ショートショート×トールトール・ラバー【21】
「あの顔はないよね」
「いや、あれこそ恐怖なのかもな。限界きたら、ああなっちゃうんじゃないか?」
いつかもこの四人で入ったファストフードのチェーン店でバーガーを手に四人はケラケラと笑った。
「光圀だって笑ってたじゃん」
「ちげーよ。隣で赤根井が噴出したからつられたんだって」
「あー。でも桐野ちゃんも笑ったよね。 『プッ』 って」
「ち、ちがっ。私、我慢したよ!」
「ツボに入ったでしょ。あの人がアップになるたび、肩ゆらしてたもんね」
「わかる! 私もやばかった!」
「斧が飛んだときも桐野ちゃん笑ったんだぜ」
「だ、だってなんか職人技だなって。くるくる回るの見てたら。しかも、あたらないし……」
「 『またはずれ』 って呟くんだもん。俺、むせちゃったじゃん」
「ええっ? それで咳き込んだの?」
とても今話題のホラー映画を鑑賞したばかりとは思えないテンションである。映画館を出た直後、腹を抱えたのは光圀だった。傍から見ればコメディでも見た後に思われるだろう。けれど、手にあるパンフレットには青白い手がどろりとした赤黒い血でタイトルをなぞっている。
「まじで、ひさびさに笑ったー」
「私、あの俳優、好きになっちゃいそう」
「どっちの?」
「そりゃあ……ぶはっ」
テーブルをばしばしと打ちながら、赤根井さんは零れた涙をぬぐった。桐野さんも涙目になって笑っている。あんまり、自然に桐野さんが笑うから、俺は嬉しくて仕方がなかった。いつもどこかおどおどしている彼女が何の怯えもなく笑う。まぁ、俺だけに笑いかけているわけではないけど。
「にしてもさ、意外。桐野さんってホラーとか苦手そうなのにね」
笑いがひと段落したらしい光圀がコーラで喉を鳴らしながら言う。俺も正直そう思った。だからこそ、だからこそ、俺は光圀と桐野さんの間に座ったのである。桐野さんが光圀に恐がってしがみつくなどあってはならないのだ。
「私、恐いのはわりと平気で、よく見るの。でも、よかったぁ。友達は恐いの苦手って来てくれなかったから……。さすがに一人でホラーはつらいし」
「ちょっと。私にも意外って言ってよ」
「寧ろ想定内っていうか……イタイ、イタイ、痛いです」
腕をつねる赤根井さんから体を庇っていると、傍で桐野さんがくすくすと笑った。彼女の少し抑えるような笑い方が好きだ。耳に柔らかく響く。
「友達って、片原さん? 彼女、恐いの苦手なの? 強そうなのにね」
赤根井さんの言葉にきりりとした眉の子が浮かんだ。確かに、赤根井さんとは違うけど、迫力のある女子だ。
「さえちゃん、すごい恐がりなんだよ。CMすらまともに見れないんだから」
「うーん。女の子は見た目じゃわからん」
「そういやそうだ。美弥もホラー好きなんだよねぇ」
「そうなの?」
ほやっとした彼女が嬉々としてスプラッタ映画を見ているのは、ある意味映画の内容云々よりも恐い気がして思わず、桐野さんと目が合った。彼女も予想外なんだろう。目を大きくして驚いている。
「そういえば透と美弥って志望校同じなんでしょ?」
スイートチリソースをたっぷりつけたナゲットを赤根井さんは口に投げ込んだ。この細い体の何処にこれだけの量が収められるのか謎だ。やっぱり身長だろうか? 彼女は俺たちと同じくらいの量を余裕で平らげようとしている。
そして、彼女がいつの間にか桐野さんのことを 「透」 と呼び捨てることも気になった。まぁ、だからどうしたというわけでもないけれど。
「うん。学科が違うけど。佐伯さん、保育科だよね」
「桐野さんは? 製菓学科とか?」
「え? あ、うん」
光圀の問いかけに、少し顔を赤らめながら頷く。それを見ていて、なんとも嫌な気持ちになった。
(なんで光圀がそんなこと知ってんだ?)
そもそも、今回こそは戸川をつれてくる予定だった。なのに積極的に 「俺が行く」 と手を上げたのは光圀だった。
(なんか光圀、変なんだよな。大体、女子と出かけるのとか面倒っていっつも言ってたのによ)
むっつり黙り込んでしまった俺の腕がツンと引っ張られた。隣で桐野さんが首を傾げる。
「大丈夫?」
俺にだけ聞こえるくらいの小声で、呟かれたその言葉に一瞬で汗が噴出した。首の後ろがさわさわとする。
(なんだ、これ?)
むずがゆくって仕方が無い。早口で 「大丈夫」 を連呼して、一心不乱にポテトの束を口に含んだ。急に入れ込んだものだから、咽て咳き込んでしまった。止まらない咳に涙が出る。頭に血が上ってくらくらした。
俺の失態に折角おちついてた光国と赤根井さんが笑い出し、傍で桐野さんだけがそっと背中をなでてくれた。
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