そんなの分からない
ショートショート×トールトール・ラバー【22】
最初から、池内君は優しい人だった。面白そうな人だと、冴子もミチもいうけれど、彼にぴったりなのは 「優しい人」 だ。
「それは微妙な意見よね」
腕組みした冴子が難しげな顔をして唸った。その横でミチも苦笑いで頷いている。
今日は午前授業。三人揃っての下校途中の寄り道は久しぶりだ。受験はもうとっくに折り返し地点を迎えている。年を越してしまえば、桜が咲くかは分からなくても、とりあえずのゴールがくる。冬休みという最後の踏ん張りを前に、息抜きと称してショッピングに繰り出していた。
「微妙? 池内君、いい人だよ」
冴子達の反応になんだか少し腹が立った。そのせいで大きくなってしまった声に冴子がピクリと眉尻を上げる。
「いい人ねぇ……」
手に取って見ていたタータンチェックのスカートを肩を竦めて戻しながら、冴子は真っ直ぐに私を見上げた。その迫力に思わず喉が鳴る。毎度のことながら、どうして見下ろしているはずの私がこんなに萎縮してしまうのだろうか。彼女の女王気質には、はかり知れない威力がある。
「いい人っていうのはさ 『どうでもいい人』 ってこと?」
「え?」
冴子の言っていることが理解できずに首を傾げると、フォローするようにミチが微笑んだ。ミチは決断が早い。眺めているだけの私や、あれやこれやと悩む冴子を尻目に既に買い物袋を二つも手にしていた。
「恋愛対象ではないのかな、って冴は聞きたいんだよぉ」
予想だにしていなかった言葉に思わず目を瞬く。首を傾げて、言葉を飲み込んで、ようやく私は奇声を上げた。
「い、な、そ、な!」
「『いきなり何んでそうなるの。なんで!』 と申しておりますねぇ」
適切な通訳を行いながらミチが頷き、それに対して冴子も頷く。
「何でってねぇ?」
「ですよねぇー」
にやりと笑った二人は私をはさむようにして囁きあう。その顔には小悪魔が宿っている。
「だってあの透が男子の話を率先してするんだもんねぇ」
「だってあの透が男子とデートしたんだもんね」
「ちょ、な、だって、それはミチが聞いたから……。デートって。あれだって、さえちゃんが無理やり!」
だんだん頭に血が上ってきて、言葉が上手く紡げない。ショップの姿見に映りこむ真っ赤な顔から目を逸らした。
二人の言い分は確かにもっともなのだ。私は最近気がつくと、池内君のことを口にしてしまう。冴子のせいとはいっても、池内君でなければ休日に出掛けたりもしなかっただろう。
(でも、それは……恋愛感情とか、そういうんじゃ……ない、よ)
前にも思ったことだ。私が恋愛感情を抱くにしては、彼は不十分……というよりは私が十分すぎるのだ。私は池内君よりも背が高い。随分と高い。そんなこと、冴子だってミチだって見れば分かるわけで、なんでそんな二人の間に愛だの恋だのを結び付けようとするのか意味不明だ。
「透は池内君のこと好きじゃないの?」
いきなりの直球ミサイルに思わず目を剥いて冴子を見る。冴子といえば大真面目な顔で私を見上げていた。
「え、だって、そんなの……おかしいよね?」
「何が?」
(何が……って)
「透がさ、楽しそうなの見て分かるから、聞いてるの。別にからかうのが目的ではなくて。たまには透の好きな人の話とか聞きたいの、私」
胸を張る冴子に微笑むミチが 「私も」 と手を上げる。そんな二人の顔を交互に見下ろしながら、私の眉間には深い皺がよった。
「わかんない、よ。……だって、本当に、わかんない。それに私のほうが背、高いんだよ」
「何? 透って背が高い子が好み?」
「そういうんじゃ……ないけど」
そういうんじゃない。でも恋をするなら、私より背の高い人だとずっと、ずっと思ってきた。思い込んできた。だって、そうでなくちゃなんかおかしいじゃないか。だって変だ。彼も私もきっと困る。
「でもね……。あ! このコート可愛くない?」
格好良くポーズを決めたマネキンが着込んだ芥子色のコートを指差して、冴子はすとんとしゃがみこんだ。冴子の頭はくるくる回る。恋愛同様、留まることをしらないのだ。いつもはそんな冴子に振り回されて肩を落とす私も、今日ばかりは話が切り替わったことにほっとした。
「三万越えかぁ~無理だぁ」
プレートに記された値段を確認すると冴子は頭を抱えながら、これまたすくっと立ち上がり、背伸びをして顔を近づけた。
「でもね、背が高くても飯田君は駄目だからね!」
あくまで冴子は冴子なのだと、思わず肩が落ちた。
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