世界的躍進の途上に在る我国に於て英語の学習が文化的にも実用的にも年を逐うて重要性を加へつつあることは多言を俟たぬ。 之が教授法も多年の研究により将に其面目を一新し従来至難とされてゐた英語の習得を合理的に且つ効果的にする道を開拓しつつある。殊に初学年に応用される直接口頭教授法,実際的運用に重点を置く基本語彙の選定及び連語,文章構成の研究等は従来暗中模索的の嫌あつた英語教授に適確なる規範を与ふるに至つた。

発音の分野に於ては二十数年前より萬國音標文字が普及し英語の発音に関して明確適切なる学習法が提供された。 此の音標文字を会得することが英語の発音を正しく習得するに最も便宜な方法であることは最早論議を俟たないところである。 我国に於ける現行の諸英和辞典等に於ても夫々此音標文字を用ゐてゐるが発音の音標文字習得に資する一つの方法として仮名書き発音法を併用したものは恐らく本辞典を以て嚆矢とするであらう。自分は本辞典の改訂に当つて主に発音の方面を担当したのであるが日本人の傾向を考慮してヂョーンズ氏発音辞典所載の第一形を必ずしも採らず幾多斟酌を施した外仮名書き発音の表記法には専ら簡易明快を旨として根本的の改正を加へた。 就中本邦の学生に取つても動もすれば過たれる英語の弱音に注意し出来得る限り之を正しく発音せしめる様に英語の音に近い仮名書きに改めた。

本辞典は主として中等程度の学生を目標としたものであるから其中に集録した見出語の約二万二千は過多に失する嫌なきにしもあらずだが之は中等学校に於て行はるる現行の教科書のみならず他の読物に接する場合を考慮した結果である。 又英語習得上の基礎となる主要語約三千を選定し使用者の注意を喚起したのも本辞典の特色の一つである。 元来主要語としての価値はそれから生ずる派生語及び合成語を考慮に入れたものであるが,之は見出語をA B C 順に並べる辞書として自然それ等の関係を表はし得ぬ不便がある。 之が為め主要語の派生語合成語の内重要なるものを選び之に主要語としての印を附したのは学習者の便宜を計つたからである。

尚本辞典編纂に当り最も意を用ゐた点は携帯用小形辞典に有り勝ちな欠点を排除し,苟くも使用者の理解を妨げるが如き省略等は極力之を避け専ら懇切を旨としたことである。 これらに就て三省堂編輯部の渡邊義雄氏以下諸氏の苦心努力の負ふ所頗る大なるものがある。 斯の如くにして本辞典は其内容体裁等に於て旧版の面目を一新したものと信ずる。 然しながら複雑多岐の辞典編輯の業であるから尚幾多不備の点の存することを免れないであらうが大方の御教示を仰ぐことを得ば望外の幸である。

 

  昭和十四年十二月十日                            

                                 千 葉 勉

 

(「新明解英和辭典」 三省堂編輯部編纂 發音擔當 東京外國語學校教授 萬國音聲學會日本代表評議員 千葉勉)

ハーンの先人について一言する必要があらう。彼は母によく似てゐた、母は彼に大いなる影響を及ぼした。伝記作者の一人、ニナ・ケナルドは彼女に東洋の血が通つてゐると推察してゐるけれども、彼女はギリシヤ人であつた。ハーンは彼女に大変よくなついてゐたのだが、六歳の時、父が離縁したゝめに彼は母を失つた。此事件が彼の全生涯を彩つてゐる。彼の言ふ所によれば、彼が子供の時眠つた部屋の壁には、聖母とクリストの油絵の小像があつた。『私は思つた』と彼は云ふ。『その茶色の処女は私の母を表はしたもので――私には殆ど皆目母の記憶がなかつた――眼の大きな子供は私だと想つた。』この小兒の空想の中に、母親に対する抑圧された愛が彼の中でどんな風に蘇り、彼女とマリアとをどんな風に一致させたかが見られる。

彼は兄弟に書いた。『私の正義に対する愛、邪悪に対する憎み。――美なるものや真なるものに対する賞讃。――相手が男子にしろ女子にしろ信ずることの出来る能力。――結果はなほ見るに足らないまでも、芸術的な事物に対する感受性。――最後にかの言葉の力、その形に表はれた徴候は我々両人の大きな眼に見ることが出来る。――これらは母から来たものだ。僕等を形造つてゐるのは母親だ。――少くも高尚な人間となしてゐるものを全て作つてゐるのは。体力や計算力でなく、心情と愛する力と。そして幸運にかへても、僕はむしろ彼女の肖像の方をとるだらう。』

 

(「戀愛と文學」 アルバート・モーデル 岡康雄譯)

 

象牙の玉のやうに頭の光る老人の植木屋金十郎は、いつも彼のために置いてある火鉢で煙草を吸ひに私の書斎の外側の板の間の端にしばらく腰をかけた。そして煙草を吸つて居る間に手伝の小僧を叱らねばならなくなつた。小僧は何をしてゐたか私はよく分らなかつた。ただ私は金十郎が魂を一つ以上もつて居る人らしくなるやうにせよと云つて居るのを聞いた。それでその言葉が面白かつたので私は出て行つて金十郎の側に坐つた。

『金十郎さん』私は云つた『私は自分では魂が一つあるかもつとあるか知らない。しかしあなたはいくつもつて居るのか聞かせて下さい』

『私はやつと四つもつて居ります』と金十郎は動かす事のできない自信をもつて、答へた。

『四つ』と私は分らなかつたやうな気がして反響のやうに云つた。

『四つです』彼はくりかへした。『しかしあの小僧は魂一つしかもてません。それ程辛抱が足りません』

『そしてどうしてあなたは魂四つある事が分りましたか』私は尋ねた。

『賢い人があります』小さい銀きせるから吸殻を落しながら彼は答へた『こんな事を知つて居る賢い人があります。それからそんな事を書いた古い本があります。人の年齢と生れた時と天の星とで魂の数が判じられます。しかしこれは昔の人の知つて居る事で、西洋の事を学んで居る今の若い人は信じません』

『それから金十郎さん、あなたよりもつと沢山魂をもつて居る人は今ゐますか』

『ゐますとも。五つもつて居る人も、六つの人も、七つの人も、八つの人もゐます。しかしどんな人でも九つ以上は神様がお許しになりません』

 

〔ところでこれは、一般の事としては、私は信じられない、何にしろ世界の向う側には魂を無数有して、それを皆使用する事を知つて居る婦人を記憶して居るから。外の女が着物を着るやうに、そして一日に幾度もそれを着換へるやうに、この婦人は自分の魂を取換へてゐた。そしてヱリザベス女王の箪笥の中の着物の数でもこの不思議な人の魂の数と比べては物の数でもない。その理由で彼女は二度と同じに見えた事はない、そして考や声を魂と共に変へた。どうかすると南部の人となつて眼が茶色になつた、又再び北部の人になつて眼は灰色になつた。時として十三世紀の人になつたり、時として十八世紀の人になつたりした、それで人がこれを見て、皆自分の感覚を疑つた、そして皆彼女から写真を何枚か貰つてそれを比較して見て、真相を発見しようとした。ところで写真師は、彼女が非常に綺麗なので喜んで写真をとつた。が、やがて彼女が二度と同じでない事を発見して、彼等も困つてしまつた。そこで彼女に最も感嘆してゐた人でも彼女を愛するなどと云ふ気になれなくなつた。それは愚かな事だから。彼女は要するに魂は余り多くあり過ぎた。それで私の書いたこの事を読んだ方のうちでこれが本当である事を保証して下さる方があるだらう〕

 

(「知られぬ日本の面影」 小泉八雲著 田部隆次譯)

『クリスマス前夜の御馳走だつて? ふゝん! 真つ平だ、僕はもう二度とあいつばかりはしない心算だ!』と体格のがつしりしたアンリ・ツンプリエは、宛かも誰かから犯罪の誘ひでも受けたときのやうに声をひそめてかう云つたので、他の連中はみんな笑ひ出した、そして云つた。

『何事があつたんだい? そんなにぷりぷりしてさ。』

『何故つて君、クリスマス前夜の晩餐ときたら世界にまたとない穢ならしいペテンに掛けやがつたからね、それからと云ふものは僕はあの夜(よる)のむだな祝宴に対しちや、全く鼻持ちのならない戦慄を感ずるね。』

『だからそれを話せつてんだよ!』

『ぢや君等はその話を聞きたいんだね? うんいゝとも、ぢあ聞いて呉れ給へかうなんだよ。

丁度二年前のクリスマスだが、あの時の寒さを君らだつてまだ忘れないだらうね 巷に寝る宿無し連中は寒さのために死んだ位だつたからなあ。セイヌ河は氷で蔽はれて終ふし、街路の石畳は靴底を透して足を凍らせて終ふし、もうまるで世界が滅亡するかとまでも思つた位なもんだつた。

其時は僕はある大作を執筆中だつたもんだからね、その晩もまた一晩中文机に向つてゐようと決心してゐたもんだから、何処からの晩餐の招待もみんな全部拒(こと)はつて終つたんだ。僕はたつた一人で飯を食べそれから仕事にとりかゝたものだ。ところが君、十時近くになつて来ると俄かに街路の方からざわめきの音が聞こえて来る、お隣りからは壁を通して晩餐の仕度の物音が聞こえて来る、いやもう僕はこの全パリに拡がるそれらの歓ばしげな急がわしげな生活を思ひ出して来てね、そろそろ落ちつけなくなつて来たんだ。終ひにはもはや何をしてゐるのかさへも分らなくなつて終つて、何だか訳の分らない下らないことばかり書きつけてゐるんだ。それでもうとうとうお終ひには今夜はとてもいゝ作が生れないから、いつそのことこんな望みは捨てゝしまつた方がましだと決心して終ふに至つた訳なんだよ。

僕は部屋をあちこちと歩きまはつたり、坐つてみたり、それからまた立つたりした。僕は全く外(そと)の歓楽の神秘的な感化にうかされて終つたので、己も一つやつつけやうと云ふ気になつたんだ。そこで僕は自分の下女を呼びつけて云ひつけた。

「アンジユラ、行つて上等の晩餐を二人分あつらへて来てくれ。牡蠣と、冷し鷓鴣と、川海老と、それからハムと菓子をすこしばかりね。そして三鞭酒を二本添へて布をかぶせておいて、お前は寝て終つていゝんだ 」

下女はすこし驚ろいた様子だつたが承知した、そして凡ての準備が出来上ると僕は真先大外套を着こんで外へ出た。然しこゝに一つの問題があつた、それは――「誰を晩餐に引つ張つて来ようかしらん?」といふ問題なんだ。もう女の友だちは大抵どこかへ招待されてゐたんだから、若しその内の一人がほしかつたらあらかじめ調べておくべきだつたんだ、そこで僕は女の友だちも得て同時に大いに善行が出来ることに考へついて呟いた――

「今夜の食卓にもありつけないやうな憐めな綺麗な女の子がパリには一杯ゐるんだ、そしてみんな義侠心にとんだ人々を探してゐるんだ。だから一つ今夜は神様になりかはつて彼等の内の一人にめぐみを垂れてやらうかな。なあにどこへでも歓楽の巷にさへ云つたら訳なく探せる、まづ彼等のところへ行つて口をきいて見るんだ、それからをれの御意にかなふ奴が出て来るまで彼等の間を漁色(あさり)まはるんだ」――そこで僕は探しに出かけて行つたんだ。

全くのところ沢山な可哀相な女の子が誰か漁色家をと探してゐる奴に出会はしたんだがね、然しどれもこれもみんな人をむかつかせるやうな醜い女ぎりなんだ、でなかつたら立ち止まつたら直ぐにも凍つて終ひさうな痩つぽばかりなんだ、そして御承知の通り僕は大体かつしりした肉附のいゝ女にもろい方なんだからね。肥つちよなら肥つちよほど好きなんだ、そして巨大な女と来たら僕あわれを忘れて悦んで終ふんだ。

不意にどうも僕の意にかなうらしい顔をテアトル・デ・ヴアリエテの向ひ側に発見した。格好のいゝ頭、それからむつくりふくれ上つて二つの乳房(ちぶさ)のある美しい美しい胸、そしてお腹(なか)と来たら全く驚くべきものがあつた。まるで何のことはない肥つた鵝鳥のお腹にそつくりなんだ。で僕は歓びためにわくわくしながら呟やいた――

『こりや持つてこいだ! 何と云ふ素晴らしい娘なんだらう!』

 たゞ残る問題はその娘の顔の相だけなんだつた。しかし女の顔なんてものはほんの口直しに過ぎない、真個の味はどうしても…………肉にあるね

 で僕は急ぎ足にその娘を追ひ越して行つて、急にガス燈の下でふり返つて見た。娘は可愛い奴でね、まだ全く若いんだ、色はすこし浅黒い方だつたがパツチリした大きな黒い眼でね、僕はもうすぐ様申し込みを実行したんだ、するとどうだ娘は二つ返事で承知しましたと云ふ、そこでそれから半時間の後には二人は僕の部屋で晩餐の卓に向ひあつてゐた。『あらまあ!なんて気持のいゝ所だらう、』と娘は這入つて来ながらさう云つた、そしてこの酷い夜のための晩餐と寝台とを見出して如何にも満足したらしげな顔つきで身のまはりを見廻はした。娘は全く強壮だつた、そして余り美しいので驚かされたし、また余りがつしりした肉附なので僕はすつかり心を奪はれて終つたんだ。

 娘は外套をぬぎ帽子をとつて腰を下ろしたが直ぐ様食べ出した。それが何だかかう下賤に見えた、そして時折娘の蒼白い顔はまるで何か秘密の悲しみに悩まされてゞも居るやうに引きつゝた。

『何か心配事でもあるかのかい?』と僕は訊ねた。

『あツ! 心配ごとだなんてそんなこと考へちやいや!』

 それから娘は飲み始めた。三鞭酒のコツプ一杯を息もつかずに一口に飲み乾した、再びなみなみとついで、また飲み乾し飲み乾し一寸の間(ま)もなかつた、すると直ぐ様娘の頬には赤らみが潮さして来て、そして娘は笑ひ始めた。

 僕はもうとつくにその娘に惚れこんで終つて、絶えまない程に接吻した、さうしてゐるうちにも僕には娘がどうも通り一遍の馬鹿ものでもないし、そして普通の辻君のやうな粗悪なところがないことに気づいて来た。で僕が娘の身の上についてすこし立ち入つたことを訊き出すと、娘はかう答へるのだつた――

『まああなた、そんな事はどうでもいゝぢやありませんの?』

 ――あゝ処が! 君、それから一時間たつてからが問題なんだよ…………

とうとういよいよ寝る時になつて、僕が爐の前に置かれてあつた卓の上を片附けてゐると、娘は急がわしく着物をぬいて直ぐ寝床の中へ這入つた。お隣りではそれはもう恐るべき騒ぎでまるで気狂のやうになつて歌つたり笑つたりしてゐた、で僕は考へたものだ――

『出掛けて行つてこの娘を引つぱつて来ていゝ事をしたなあ、この騒ぎぢや仕事なんかとても出来やしなかつた。』

 しかしその時にあたつて深い呻めき声が聞こえるので僕はふり返つて訊ねた。

『おい君、どうかしたのかい?』

 娘は何とも答へなかつた、そして如何にも苦しげな溜息を続けてゐるだけであつた、何かひどく苦しんでゐるやうなので僕は更にかう続けたんだ――

『何処か具合がわるいの?』――すると娘は急に腸(はらわた)をちぎるやうな叫び声をあげた、僕は急いで蠟燭を手に持つて寝台にかけよつてみた。

 娘は苦痛のためにすつかり顔を歪めて、両の手をちぎれる程固く握り合はせてゐて、喉の裂けるやうな長い重苦しい聞くに堪へぬやうな呻めき声を挙げてゐた、で僕はもうすつかり驚ろいて終つて訊いた――

『どうしたと云ふの? え? お云ひよ、どうしたんだね?』

『あゝ! お腹(なか)が! お腹(なか)が!』と娘がさう云ふんだ――で僕は蒲団をあげてみたんだ、するとどうだらう…………君、娘は産気づいてゐるんぢやないか。

 でもう僕はすつかり無我夢中になつて、いきなり走つて行つて拳固をかためて壁をどしどし叩きつけて叫んだものだよ――「助けてくれ! 助けてくれ!」つて。

 すると殆ど時をうつさず僕の部屋の扉は開かれて、一群の人々がどつと流れこんで来た、夜会服を着こんだ男たち、胸の露はな着物を着た婦人たち、それから道化者、トルコ人、兵隊などまで居るこの侵入には、流石の僕もすつかり驚いて終つてどう云つていゝかまるで見当がつかなくなつて終つた、そして一同も何か惨劇が行はれ何か犯罪が行はれたものとばかりてつきり思ひこんで飛びこんで来たもんだから、何が何やらさつぱり分らなかつた。しかし僕は漸くのことで心を落ちつかせて云つた――

『この…………この…………女が…………死にかゝつてゐるんです。』

 だもんだから彼等はみんな娘の所へ集つて何だかんだと自分勝手な事を云ひ合つた、そして特に僧侶はみんなよく分つてゐる無理をせぬやうに無理をせぬやうにと怒鳴つてゐた、がさうは云ふものゝ彼等はみんな豚みたいに飲んだり食つたりしてゐる揚句なんだから、ひよつとして殺して終ふやうな事をされては大変だと僕は思つたもんだからね、大急ぎで帽子をとるが早いか一散に階段を駈け下りて、丁度次の通りに住んでゐる年とつたお医者さんを連れに行つたんだ。僕がそのお医者さんを連れて家へ帰つて来た時には、家中のものがみんな起きてゐて、階段のガス燈は再び点もされ、家中の下宿人はすべて僕の部屋に集つてゐるんだ、そして四人の船乗りに至つてはみんな僕の三鞭酒と海老とを平げてゐるんぢやないか。

 一同は僕の姿を見るが早いかわつと叫び声を挙げるんだ、そして牛乳配りの女が見るも恐ろしげなくしやくしやな人間の肉の塊、まるで猫みたいにオギアオギアと泣いてゐる人間の塊を僕の眼の前につきつけてから云ふんだ――

『お嬢さんですよ。』

 お医者さんは女を診察してみて、何しろ夕餐を食べた後直ぐのことだから、どうも危ない状態にあると宣言した、そして看護と湿布の二人の看護婦をよこすからと云ひ置いて立ち去つた。一時間の後には二人の婦人がすべての必要品を携さへてやつて来た。

 その夜は僕は一晩中肱かけ椅子で、どうした訳か考へることすら出来ない程の錯乱の内に過ごして終つた、そして夜が明け離れるや否やお医者さんは再びやつて来てくれたんだけれど、病人は依然として険悪の状態にあるのだつた、彼は僕に云つた。

『貴方、貴方の奥さんは…………』

『いや僕の妻ぢやないんです、』と僕はさう云つて彼をさへぎつた。

『あゝ成程左様で、では貴方の恋人ですな。いやどつちにしたところで、私にや構つたことは無いんで厶んすよ。』

 そして更にどうしてやらなければならないとか、食物はこれこれでなければならないとか云つて処方を書いてくれた。

 僕に何が出来よう? この可哀相な奴を病院に入れるなんてことがどうして僕に出来ようね? 僕あきつと家中のものから、すべてのお隣のものから、きつと獣のみたやうな奴だと思はれてゐたに違ひないよ、でも仕方がないんだから其まゝ娘を自分の部屋に置いたよ、そして僕あ六週間の間といふもの娘に寝台を取られつきりだつたさ。

 子供はポアシイのとある百姓にあづけて終つたんだがね、そいつの養育料を月に五十フランづゝとられるんだよ、そして僕が最初に払つてみれば途中で止める訳にはゆかないし、あの子の一生涯中仕払らはなければならないだらうよ、そしたら後になればあの子はきつと俺が父だとばかり信じつちもうだらうよ。それはまだいゝとしてだ更に僕の不幸の上塗りは、あの娘が全快したときに…………君、あの娘は僕に恋してゐるんぢやないか、まるで気狂のやうに恋してゐるぢやないか、あの淫売女が!』

『それで?』

『ところがね、彼奴ときたらまるで宿無し猫みたいに痩せて終やがつたんだ、だからもう僕はその痩つぽを戸の外へ追ひ出しちやつんだ。然しねあの女は僕の通るのを見ようと思つてね、通りの物かげにかくれてゐては僕の見張りをやつてゐるんだよ、そして夕方なんぞ僕が出かけてゆくと出て来て僕をおし止めてね、そして僕の手に接吻するんだよ。いやもう実際うるさいのなんのつて気狂ひになりさうなんだ。これが僕のクリスマス前夜を毛嫌ひする理由なんさ。

 

(『クリスマスの前夜』 モウパッサン 矢口達譯)

 巻頭に題す

 

将来国家の柱石たり将た大国民たるべき現時の青少年諸君が、立志躬行、鍛錬研磨、以て他日の大成を期せんとするに当り、其目的の如何を論ぜず、其業務の種別を問はず、苟も独立独歩の国民として、必須欠くべからざるの要素を修得具備するに非ずんば、到底活動奮闘の実社会に伍して、各自の本分を尽すを得ざるは、敢て吾人の冗言を待たざる所なり。

然らば即ち、其要素とは果して何ぞや、曰く、国語及び漢文の実用力即ち是れなり。

更に日常の人事、言論、文章、及び社交、其他一切の業務に るまで、苟も常識を養成し、理解力を具備し、而かも堅実なる思想を保持して、国家社会に活動するの素地を作らんが為めには、何人と雖も必先づ修得せざるべからざるものは、即ち又国語及び漢文の実用力にあらずして何ぞや。

抑も漢字は、素と支那伝来なりと雖も、二千年来の久しき、既に我が国字として使用せられ社会万般の事物にして、漢字を藉らざるものは殆んど之れあらざるなり、且夫れ漢字を以て国語を表示せるものには、其の始め万葉仮名ありしと雖も、使用上極めて不便なりしに依り、遂に片仮名及び平仮名の発明となり、爾来国文学の発達は、頗る顕著なるものあるを見たり。而かも仮名文字と共に漢字を併用するの止むべからざるは、今も尚ほ昔日に異ならず、唯其字数に於て、実用上多少の減省を見るに過ぎざるのみ、想ふに国語と漢文とは、恰も車の両輪の如く、二者相待つに非ずんば、到底其の用を全うするを得ざるなり。故に或は国語に偏して漢文を顧みざるか、若くは漢文に専らにして国語を忽にするが如きことあらば、社会実用上の素地に於て、所謂跛者たるを免れずして、到底円滑なる処世の要諦に触るゝを得ず、人生の不幸何物か之に若かんや。是に於てか文部当局者は、特に初等及び中等教育に在りて、国語漢文の教授上、常に両者の聯絡を取らしむる所以なり。

本書は茲に鑑みる所あり、即ち国語辞典に加ふるに漢字辞典を以てし、而かも未だ他に類例なき最新式編纂法を考案して、自習者の便を図りたるは、蓋し特色中の特色なり。而して其国語辞典は、中学校用教科書を基本とし、其他正確なる各種の国語辞書を参照斟酌し尚ほ且現代国民の使用せる一般日用語を取捨選択して、自習の便に供し、之れが解釈は、力めて簡明平易、而かも懇到切実を旨としたり。若し夫れ漢字に在りては、其数幾万の多きものありと雖も、日常使用する所は、僅に十の一にも過ぎざるを以て、曩に文部当局者が国定教科書を編纂するに当り、先づ漢字を限定せし所以のものは、即ち実用を主とするにありて、学生をして徒に難解不急の文字に馳せしむるを避け、其煩雜過労に苦しましめずして、而かも日常の便を欠かざるを程度となせるにあり。故に中学生の自習辞書の編纂は専ら意を茲に用ゐざるべからず。乃ち本書に於ける漢字辞典の如きは、又実に此点に於て人後に落ちざるを期し、之れが基本を中等教科書に取り、加ふるに日常の用語、及び普通一般に使用せらるゝ漢字を採択し、且其熟字成語を羅附して、自習の便に供したり。

之を要するに、本書は最新式編纂法を考案し、其内容は実用を専らとして、繁雜浩瀚に失するを避け、而かも粗略簡約に陷らざるを旨とし、殊に国語漢字の両辞典を併合したるを以て、所謂一器両用の利得ありて、国語漢文の自習者は、啻に時間の経済のみならず、将た又携帯上の便宜のみならず、更に其求め得たる国語を直に漢字に対照するを得べくして、恰も声の響に応ずるが如く、其意に任せて之を掌中に探ぐるの便あり、編者の苦心実に茲に存す、故に敢て自画自賛の譏を顧みず、題するに一言を以てする所以なり。

 

                          編 者 誌 す

 

(「ダイヤモンド漢和辭典」 中村徳五郎著)