これで此記錄は終つた。

此記錄を支配する八つの靑インキの痕――ワルテンベルグ博士から八白博士に宛てた二通の書信――

―― フエルマ孃を八白博士に紹介した名刺――

―― エスペランド語で書かれた三通の脅迫狀――

―― フイルムに現はれた二つの四角――

―― 硝子窓に書かれた奇妙な詩――

これ等を支配し叉は此等に支配されて居る五人の犯罪研究者――すなはち――

 ―― 三名の法醫學者――

 ―― 一名の侏儒

 ―― 一名の女優

 それ等は皆「死人に口なし」となつてしまつた。

 これ等の靑インキの痕が、此等の人々の内だれの萬年筆に依つて書かれたか――數本の萬年筆に依つて書かれたか、叉は一本の萬年筆に依つて書かれたものか、其様な事をはつきりさせる可く今一度此記錄を讀み返す人は、此記錄を一種の探偵小説と見る人であらう。

此記錄の中の出来事は全部偶然の機會に何の氣も無く落ち合つた三人の咄嗟の智惠から割り出されたものか、叉は初めから豫定され計劃されて行はれたものか、其様な研究に興味を持つ人は此一篇を一種の脚色トリツクと見る人であらう。

 九州帝國大學の法醫標本室の地下室に咲いた惡の華が如何に四人の犯罪研究者を引き付けて如何に其色と香を昏迷させたか、其心理的研究を面白がる人は此一篇を一種の頽廢的藝術作品と見る人であらう。

 抜群の明敏な智能、極度に進歩した頭か寄り集まつて如何にして一本の超自然的な萬年筆を生み出したか、何故にそれに魘え恐れたか、文化程度の低い人々がいゝ加減な神の存在を認めて之を恐れ敬ふのとどう違ふか。其様な考察に興味を持つ人は、此一篇を一種の哲學書と見る人であらう。

 その萬年筆は九州帝國大學の法醫標本室の地下室に古くからあつたもので八白博士から「此一つ丈けが犯罪に使はれぬ」と云はれたのに憤慨して活躍し初めたものと見る人もあらう

その萬年筆は四月五日の朝世界的に頭のいゝ連中をその住家の地下室に集めて、アツと云はせる喜劇を見せやうとして失敗した。その辯解が此記錄となつて現はれたものと考えて呉れる人もあらう。

それ等の何れの人々に對しても此記錄は一種の謎語の白色眼鏡を提供し、叉は不可解のメリーゴーラウンドとなつて行くであらう。

それが此記錄の目的である。

それが――私――萬年筆の本懷である。

今や私が只の萬年筆に還る時が來た、無間地獄に墮つる時が來た、自然を自然に還し、超自然を超自然に還して………

フエルマ孃のあとを逐ふて……(完)

 

(『探偵小説 侏儒(承前)』 若き男女七人合作)

 

 恋愛と情熱とを混同し、それを一つのものにするのはロマンチツクである。それはロマンチツクな誤謬である。何故ならば情熱ではない最高の恋愛があるからだ。ダンテの恋愛がそれだ。そしてもつと高いもの、人間は神を愛することが出来る、だが情熱的に愛しはしない。神への愛は神学者達によつてMotus rationalis animae ad Deum(神ヘノ霊魂ノ理性的運動)、スピノザによつてAmor intellectualis(知的愛)と定義されてゐる。

 だが情熱はMotus irrationalis(非理性的運動)だ。情熱はつねに意志の緊張と結びついてゐる。情熱は――そして恋愛の情熱も――所有し或ひは創らうとする。最も高級な愛は意志の緊張から放たれた観照である。――それ故にそれは情熱の到り得ぬ至上の幸福であるのだらう。かゝる愛は、己れの眼前に閃めくある価値の静観である。

  こがるゝものを愛は賞でず

  たゞ観るとき愛は苦悩に耐ふ。

 バルザツク、この偉大な情熱の解明者、あらゆる人間のものに於ける情熱の感得者は、しかし乍ら愛と情熱とを厳格に区別した。この二つは絶えず混用されてゐる。と彼は折に触れて云つてゐる。賢人も詩人も俗人と同様混同してゐる、と。愛は――と彼は相違を素描する――確実と恒常とを伴つてゐる。だが情熱は愛とその無限性の予感にすぎぬ。「情熱は恐らくは幻滅させられるだらう希望である。情熱は苦難と過失とを同時に意味する。希望が死んだとき情熱は熄む。男と女とは自らを汚すことなく幾多の情熱を体験することが出来よう。幸福へと突進するのはまことに自然なことである。だが恋愛は一生にたゞ一度しかないのだ。」

 真実の恋愛はたゞ一度、そして唯一である。それは「いつまでも」といふ意識を含む。愛される女はNunc et semper dilecta今ソシテ常ニ愛サレル」のだ。既に「結婚の生理学」でバルザツクは、唯一人の女に渝らぬ愛情を感じることは不可能だといふ懐疑的な反駁を反駁してゐる。彼はNunc et semperをつねに固執してゐた。彼は恒常性に「愛の天才性、無限なる力の記号」を見てゐる。「愛はやむことのない讃美である」とは「セラフィタ」にある言葉だ。そして他の個所ではバルザツクは愛を海に比べてゐる。低俗な心にはそれは単調と映るのに、「我等擢ばれた人々は、彼等を魅了する諸々の現象の不断の交代をそこに見出し、それを讃嘆しつゝその日日を暮すことが出来る」のである。

 

(『眞實の情熱』 クルチウス 野上巖譯)

羅馬帝国の末年、抑圧肆恣の行はれたる時「デラトール」と号する一種極て情け無き操ほ無き廉耻無き族類を採用し、隠に在野人士の挙動言語を覘察して之れを告訴せしむることが流行して、夫れが為め謹厚純実の人にして牢獄の禍に逢ひたる者幾人なるを知らざりき、其故如何となれば、彼れ「デラトール」は密告の事を職業として官より俸給を受け居ること故、時々密告の効を挙げざる時は職業を怠たる様の嫌疑を免れざるより、有る事無き事皆密告し、又深き仔細も無き一時の談話を盗聴して之れを告ぐる等種々の姦計が行はれて其末や在上の人の目には、在野の者が皆隠謀家の様に思はれて、恰も神経病者が見る者聞く者皆讐敵の感を起すと一般なり、彼れ「デラトール」の喉舌は固より醜とす可きに論無きも、在上の人が之れを信じて無縄自縛の墓無き心地に陥いりたるは、実に笑止千万と謂ふべし、今日に在ては孰れの国にても、治安に必用なる丈けの探偵吏は固より之れを用ゆると雖ども、精選したる上にも精選するが故に彼の「デラトール」の弊は決して有ること無し、此れ正さに文明の効と申す可き歟。    ――「警世放言」――

 

(「中江兆民集」 中江兆民)

   序言

 

明治三十九年の十一月かとおもふ。書肆大倉氏は余に嘱するに国語辞書の編纂を以てした。補助としてはかつて『ことはの泉』の編輯を助けた波多野鑅次郎、水田恭太郎両氏があるとの事で、同月より十二月にかけて、数回相会して編纂方針を商議した。其の際余が特に主張したのは、即ち本書の如き体裁を採ることであつて、十二月には文学士青木存義氏、翌四十年二月からは文学士松平圓次郎氏、入りて補助せらるゝことゝなり、前記四氏各一部分を担当して、かねて定めた編纂方針の下に、日々熱心に原稿を起された。余は毎週一回編纂所に赴いて、其の原稿を閲覧し、或は雌黄を加へ、或は意見を述べたのである。かくて全部の脱稿が殆ど近づいた四十二年の夏八月大倉書店は祝融の災に罹つて、余等の原稿も亦すべて烏有に帰したのであつた。編纂者一同の落胆はいふまでもない。併しとにかく再び起稿することに定めて、同年の九月からは編輯所を大倉氏の私宅に移した。前に得た経験と、損失を回復しやうといふ諸氏の熱誠とは、著しく其の進捗の度を進めて遂に今年に入つて発刊するを得るに至つたのである。最初からカード整理の任に当つて居つた藤吉梅吉氏が、半夜ランプを倒して全身に大火傷を負ひ、遂に死去せられたのは、書店の失火に先だつ約六ケ月永く本書とともに同氏の名を紀念したいとおもふ。尚本書の一部を助けられた事に就いて、文学士龜田次郎、脇本十九郎氏にも感謝しなければならぬ。

 

 大正元年八月三十日

                            

                     芳 賀 矢 一
                   し る す。

 

(「新式辭典」 芳賀矢一著)

 

がしゅう‥‥シフ【我執】(体)自分一個の主観的な狭い考え。またそれにとらわれること。「――にとらわれる」
(「例解国語辞典」)

 

がしゅう【我執】(名) 自分の意見(い-けん)だけをいいはること。自分の考えにとらわれること。

(「講談社国語辞典ジュニア版」)

 

がしゅう〔我執〕自分だけの意見をあくまで通すこと。かたいじ。

(「プリンス国語辞典」)

 

しゅう0【我執】(名)①〔仏〕自我が実在すると、かってに思いこむこと。我見。自分の意見にとらわれて離れないこと。

(「明解国語辞典 改訂版」)

 

しゅう0-シフ【我執】〔もと仏教で、常住不滅の実体が有るものと思い込む意〕自己中心的な見方から離れることが出来ないこと。

(「新明解国語辞典 第四版」)

 

がしゅう【我執】〈名〉自分だけの考えにこだわること。「――をすてる」

(「学習百科大事典[アカデミア]国語辞典」)

 

がしゅう【我執】 自分の意見にとらわれて我を張り通すこと。[類語]我意。

(「必修国語辞典」)