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演劇人生

今日を生きる!

劇団員のひとり、

三井さん宅で忘年会を開催します。

劇団員の中には中国を回遊している者がひとり。

もうひとりは、観光会社の社長なので、

自社の忘年会は抜けられないと悲しそうね声で

断りが入ってきた。

更にもうひとり・・・先日の公演で借りた車を擦り、

その修理費を稼ぐためにアルバイト・・・

こんな中で申し訳ないが、

空いている人間だけで楽しむことになった。


何とも申し訳ないと思うが、これはこれ・・・

参加できなかったみんなとも

楽しさを分かち合えるように

思い切り楽しく、愉快に過ごそうと思う。


みなさ~ん!

本年中は本当にありがとうございました。


どうぞ、素晴らしい新年をお迎えください。


来年は皆さんにとって、

充実した一年になりますように

心からお祈り致します。


写真が出来ました。


劇団生活
 初めにオードブルを前に「乾杯!」からスタート

劇団生活
    エへへへ・・・オードブルでお腹いっぱい!
劇団生活
    場所を移して鍋コーナー あっちでピース・・・

劇団生活
           こっちでピース・・・

劇団生活
               食べる!

劇団生活
              食べる!

劇団生活
    そして飲む!・・・コニャック(カミュ1本あける?)

劇団生活
             そして、また食べる!

劇団生活
      「お腹いっぱい」と言いながら、また食べる!

6時間食べ続けて・・・

おわりましたァ!

※タイトル変更


私たちは日々、様々なものを学びながら生きている。

そして、それを自らの「生き方」にし、

自らの「在り方」としてここにある。


わたしの在り方は、演劇人としての生き方を

考え、世界を見つめ現在を見つめ自分の

成しうるものを考えることだと思っている。


数年前、私たちが上演した演劇を観てくれた

中学生たちから衝撃的な感想文が寄せられた。

前回からその一部をブログに掲載している。


私は何をしにこの世に生まれてきたのか・・・

このことを、改めて考えざるを得なかった。

2011年を迎えるにあたり、

それを今一度確かめようと、このブログに掲載し、

読み返したいと思いたちました。


■きょうは「母」という演劇を観て学ぶことがありました。

まず六人の子どもをもつ母セキの心の偉大さと優しさに

私は驚きました。

自分たちが切り盛りするパン屋でパンや餅を盗まれる。

「よほどお腹をすかしていた人かもしれないよ」と、

そんな一言で子どもたちをなだめる母。

自分たちも裕福ではないけれど、

この時代になければならない

一つの優しさだと思いました。

きっとその場に私がいたら、

セキのように大きな心で罪を犯した人を

許せなかっただろうと思います。

劇団生活
  劇団アドック公演「母」セキの三園ゆう子

そんな母の強さや優しさ、それに貧しさの中の、

いっときの幸せ、何もかも演劇を通して学びました。

母が笑ってくれるから周りの空気も暖かく、

母が弱気を見せずに頑張ってくれるから、

みんな一緒に喜びを感じあえるのだろうと思いました。

この演劇を観て、改めて母の本当の姿を

見たように思いました。


自分のことよりも子どものことを先に考えてくれて、

いつでも見守ってくれる母の偉大な姿に、

とても感動しました。

一人一人がここまで育ってきたのは、

母の愛や温もりがあったからです。

これから大人になってからも変わりません。


演劇を観て気付いたことや学んだこと、

感動の気持ちを忘れずに、

これからの私が、強い心で母を支えていきたいです。


■「母」の上演が終わったとき、

正直言うと私は理解できなかったことの方が多かった。
しかし、唯一わかったことがある。
それは今の世には少なくなってしまった暖かく、

たくましく、そして信念で生きる「人の心」の

素晴らしさだった。

母のセキは、

母としても一人の人間としても、

しっかりとした芯を持っている。

世の動きに左右されることなく 生きる母によって

育てられた子どもたちは、

またその生き方を受け継いでいった。

「たとえ法に触れて犯罪者の汚名をきせられ

処刑されようとも、自分が進んだ道は絶対に譲らず、

後悔もしない。」
劇団生活
   小林多喜二著「蟹工船」

劇団生活
    多喜二のデスマスク(小樽文学記念館)

このような多喜二を育てたのは、

他の誰でもない母の生き方そのものであったと私は思う。

また、その多喜二が銀行員になった日には、

小林家ではお祝いに、

めったに口に出来ない「ぼた餅」を食べた。
弟の三吾が、「ぼた餅って人を幸せにする食べ物だね」

という。

劇団生活
            川崎公演

それを聞いた末っ子のユキは、
「だったら、日本中の人に食べさせてあげたいね」と、

素直な気持ちを語った。その言葉に私はドキリとした。


それが実現するかは別にして

私は日本中の人にしてあげたいなどと

思ったことがないからだ。

今の日本は豊かで、

自分に出来ることは誰にでも出来るはずだと

信じて疑わなかったからだ。

技術は日々進歩し続けている。

しかし、今の日本人に本当に必要なのは

物の豊かさや生活の便利さではなく、
心の豊かさであり、自分らしく生きることだと思う。

人間の本来持っている素晴らしい心を犠牲にし、
素晴らしさすら忘れていないだろうか。


※タイトル変更

2010年を回顧し、

2011年を迎えるにあたり、

みなさんにとっての新年が、

本当に、いい年になるように祈り、

明るい笑顔に包まれる顔、顔、顔に

満ちあふれる世界にしたい思いをこめ・・・


以前、

三浦綾子作「母」を舞台化上演に寄せられた

中学生2人の感想文を掲載します。


自分たちにはめったに食べられない

パンや餅を盗まれた時に、

母のセキは

「よほどお腹を空かしていた人かもしれない。」

とそれを許しました。
私だったら、許すことができなかったろうと思います。

自分たちが食べていくのも大変な状況の中で、

貴重な商品を盗られて、それを許せる心があるなんて、

セキはすごい人だと思いました。

劇団生活
    小樽文学館の小林多喜二展示室の一角
そのセキが育てた子ども中で多喜二という人は、

命を懸けて貧しい人のいない世の中を作ろうと

がんばっていました。

しかし築地署で虐殺されてしまいました。

これを知ったセキは世の中をうらんだろうと思います。


劇団生活
   セキ「お前を産んで悪いことをしたのかな」
そして自分の葬式を教会でやりたいと願ったのも、

キリストと多喜二が重なって見えたからかも知れません。

今の時代は、

欲しいものは何でも手に入る豊かな時代であり、

自由で幸せな時代だと思います。

しかしその陰にはたくさんの人々の苦労と困難が

あったのだと思いました。
このように、とても便利な世の中になってきましたが、

この作品の時代の方が、

心が豊かだったのではないかと私は思います。

相手に対する優しい気持ちや、

相手を助けたいと思う気持ちは、

時代とともにだんだん忘れられてきているような気がしました。


爆弾で大勢の人たちが死んでいきました。

爆弾が落ちる直前の戦闘機の音や光には、

背中がぞくっとするような、戦争中の人々の

恐ろしさが伝わってきました。
私は、戦争は嫌いです。

戦争は人々の心の広さの足りなさを物語っていると思います。


劇団生活
         原爆投下後の広島駅
心の貧しい無意味な殺し合いが今もくり返されています。
悲しいです。命の大切さがひしひしと伝わってきました。

そして私が特に感動したのは、

死んだ兄のためにヴァイオリンを弾いた弟の姿です。

今までの「ありがとう」

という気持ちが込められていたのだろうと思いました。
動揺を隠し、静かにヴァイオリンを弾く姿には大切な、

言葉では言い表せない気持ちを伝えようとしているのだろうと

想像しました。
劇団生活
       兄多喜二の亡骸を前で演奏
これから、私は少しずつ、

もっともっと友達やいろいろな人のために

なるようなことをいていきたいと思います。
人のために生きることは、

自分のために生きることだと、

この劇をみておもいました。

これからがんばっていきたいです。

    ●●●●●◆◆◆◆◆●●●●●◆◆◆◆◆●●●●●


私たちはこの感想文にこめられた

若者の思いをどのように受け止め

生きていくうえで、どのように生かし、

どう歩んで行けばいいのだろうか・・・




戦争が起き、

最近耳にしなくなったが、

以前は新劇合同公演なるものがありました。

今もあるのかどうか知りません。


以前民藝に所属していた当時でした。

考えてみれば新劇界華々しい

時代だったかもしれません。

民藝、俳優座、文学座が三大劇団が中心になり、

台頭した四季を意識しつつ、

更なる発展を模索する中に、

相互間の連携をはかる目的もあったと思います。


しかし、俳優座内に文学座内に、

そしてそれを追いかけるように民藝にも

内部問題が発生して退団騒ぎが顕在化。

下北沢に起きた小劇場運動やアングラ演劇が、

かつての劇団を席巻するような勢いで

拡がっていきました。


ぼくが民藝を退団して最初に取り組んだ演劇が、

当時のベトナム戦争に反対した

カソリックの神父たちが、

徴兵カードを燃やした罪により

裁判にかけられる舞台でした。

有吉佐和子氏の翻訳になる

「ケイトンズヴィル事件の九人」です。


この上演はぼくの発案から始めたのですが、

演出に有吉佐和子さんに決めたことから、

ベトナム戦争批判の気分も影響して、

出演希望者もぞくぞく加わり、

発案者のぼくの役を

2人で分け合うことになるほどでした。


小沢栄太郎氏、宇野重吉氏、滝沢修氏、杉村春子氏、

芦田伸介氏、中村翫右衛門氏、緒方拳氏、司葉子氏、

伊藤雄之助氏、野沢那智氏、桑山正一氏等々・・・

演出助手として岩村久雄氏、藤原新平氏・・・


この当時、新劇団合同公演はあったらしいが、

前代未聞のメンバーを集めたといわれたものでした。


この演劇を観て当時の都知事、

美濃部さんがベトナム戦争即時終結を訴える

東京アピールを発表したことでも話題になりました。


劇団生活

地味な内容だがこれだけの人たちが結集した公演は

今の若い人たちにはさっぱり

意味がつかめないかもしれませんが、

我ながら、今でも不思議な思いを覚えます。

劇団の名前を挙げれば、(元も入っているが)

民藝、俳優座、文学座、前進座の

それぞれの中心メンバーが集まりました。

他に、テレビや映画で抜群の存在感を示していた

緒方拳さん等々・・・

ここで生まれたものはそれぞれの個性の融合でした。


その後、演劇界は拡散し分散し続けました。

星の数だけあるといわれる劇団ですが、

このまま誕生と解散を繰り返しながら

続いていくとも考えられません。

この中には、わずかかの安定した劇団もあるでしょう。


しかしわが劇団も誕生以来10年、

解散と持続との表裏一体の中で

公演活動を続けていますが、

このまま継続し続けるという保証もありません。


同じような思いで活動を続けている劇団は

他にもあると思います。

合同公演の可能性を模索するのもいいのではないか。

呼びかけて即集まるという可能性も少ない。

最初は1~2に劇団でもいい。

お互いに得意と苦手なものを持っているはずです。

それを補い合えると同時に、

相互間で刺激しあえる有為性もあるはずです。

「いいかもしれない」を出発点として

急ぐことなく話し合いを持っては如何だろうか。


それぞれの個性の融合から、

素晴らしいものが生まれる可能性がないだろうか。

17日の「劇団まつり」をご覧になった

ロンさんの感想文を三園さんが掲載しました。

ここでちょっと気になる内容がありました。

以下は、その掲載文です。


「17日のアドック祭りは楽しかったです。
私は第三部だけしか拝見できなかったのですが、

第一部、第二部とも拝見したかったです。

さて、「この重きバトンを」は感動しました。
実にいい作品だと思いました。
出演者の皆さんは「壁」のときとは

また違った面をそれぞれ表しておられて

凄いなぁと(客席で安心しながら)

観劇していました。


お一人お一人の素晴らしさはあるのですが、

やはり今回は主人公の櫻田さんがサプライズでした。


櫻田さんの持っている雰囲気が

主人公の性格などとかなり重なっているように

見受けられましたが、

それも伊藤マジックなのでしょうね。

櫻田さんがすっかり舞台の上で

生活しておられるように感じました。


>演出は、役を割り当てる時に

>「彼は成長してくれる」と信じきっているんです。


やはり人間は信頼される中で成長するのですね。

私も伊藤マジックを目の当たりに見ていた一人ですが、

やはり信頼されると人間は応えなきゃって思いますよね。


劇団生活

 裁判長で出演中のロンさんと庸子判事

最後まで信頼し続けることができる

伊藤さんは素晴らしいですね。

来年の母の再演楽しみにしています。」


気になったものとは「伊藤マジック」です。

多少手品に毛の生えたような(?)

マジックは得意ですが、演劇を創る上での

マジックといわれたものは何だろうと

考えてみました。


稽古で褒めることも一つかもしれませんが、

劇団員の1人吉野氏と、

「先生に褒められたことはないよなァ」

「でも、しょうがないだろう?下手なんだから」

「これだもん」

こんな会話を交わしたことがある。


よくても褒めない。

悪くても何も言わない。


直しても直らないところは

どんな細かいことでも徹底的にやる。


瞬き一つでも多い少ないを注意する。

100分の1秒の間の違いも許せない。


このほんのちょっとした指摘がマジックといえば

そうかもしれない。

そのちょっとした指摘が

大きなものを引き出していくからです。


これは灰皿を投げようが、

怒鳴りつけようが、

大声で脅そうが望めないことなのです。


関根くんも櫻田くんも素人で、

演技をしようとしない・・・いや、できないのです。

が、ぼくはそれでいいと思っています。


舞台に生きるとは演技をすることではありません。

役の人物として存在することです。

せいぜい2~3時間の舞台に、

60年、70年と生きた人物を乗せるのです。

演じきれるものではありません。


それを軽々に「演じる」などという行為で

形づくられると思ったら大間違い。

「壁」では裁判官の2人を人形にしました。

劇団生活
       武判事
劇団生活
      庸子判事

彼等は演技はしません。

しかし必要な存在を果たしてくれました。


この存在を引き出すのが演出の仕事だと思います。


役者は契機を得れば成長します。

それは身体的にも精神的にもです。


そして、不思議なことに、

この人形の周囲で成長する演技者を通して

動きもしゃべりもしない人形も成長するような

錯覚を覚える不思議があります。


櫻田くんが演じた鶴吉が、

あたかもその人に思えたというのは、

彼が鶴吉としての存在部分を成長させ、

同時に、

周囲の成長の支えもあってのことと考えるのが

正しいのかもしれません。


実は、ぼくのマジックなんて、

本当は下手な手品程度なのです。