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演劇人生

今日を生きる!

さっき劇団の宮下さんから、

「近くに来ているのでちょっと会いに行く」

という電話を貰ってロビーで会った。


お~、手作りのケーキを持って来てくれた。

嬉しいじゃないですか。


彼女はしばしば稽古場にも、

「これ、焼いてきた」とケーキを持ってくる。

「ちょっと焦がしたんだけど」

と、何かと言い訳をするのだが、

今日は言い訳無しだった。

さぞかし美味しいケーキに違いない。

明日いだだくことにする。


ところで一昨日、

このマンションで投身自殺があったと書いた。

が、宮下さんが帰ってからフロントに聞くと、

事情がまったく違うことがわかった。


煙草に火をつけようとして

窓から身を乗り出し、誤って落下したのだという。

「何というバカなことを・・・」

すると、フロントの男は真面目な顔をして、

「伊藤さんも気をつけてよ」

・・・という。


「ぼくは大丈夫だよ。

自分から飛ばない限り落ちたりしないから」


すると、

「あっはっははは、だったら大丈夫だ」


そんな会話をして部屋へ帰るエレベーターに乗った。


「そんなこと、おれにも、勿論、誰にもわからないさ」

心がつぶやいていた。


命は自分のものだから自由になる・・・

と思っていないか。


生かすも殺すもオレ次第・・・

違うね。

そんなことを考えながら書いている。

劇団生活
小説家の息子がいるのに、

母は字が読めなかった。

「小林多喜二は読めるが・・・」

息子の死亡記事を見るセキ。

「なんて書いてあるの?」

劇団生活
      母セキは夫の位牌を懐に抱いた。

      「これから築地〈署〉へ行ってくる」


■この芝居はすごい。

重厚で丁寧で、

これほど繊細に人を扱った作品は数少ないのではないか。
今の世界に最も大切なテーマである命の大切さを、

身近に感じさせる家庭を通して表現している
ことに絶賛をおくりたい。

先ず、日本中の人に見て欲しい作品だ。

いや、出来れば世界中のみんなに!
前回の「雛」も見たが、

日本に劇団は星ほどあると思うが、

今は民芸や俳優座などが
失った演劇界の本流を感じさせる姿勢を覚える。

ぜひとも頑張って欲しい。


■劇の構成のすばらしさに

同じ仕事をしているものとして感動した。

特に小林多喜二を生んだ環境が

よく分かる劇の構成がすばらしい。

母の力と愛情が一本の筋となってつながっていた。
信仰の大切さも分かるような気がしてきた。


劇団生活

劇団生活

わたしも、あなたも、

自分のために何が出来るか!


「わたしは、母のために、ユキ(妻)のために

生きてきたと思っていた。そうだろうか・・・

自分の歩いてきた道を振り返った。わたしは、すべて、

自分の道を歩いてきた。自分をいかす道を歩いてきた。

そう、しみじみ感じたのです」


2010年「劇団まつり」で上演した「この重きバトンを」

の鶴吉のセリフより・・・


「母」の出演者、団員募集中です

年齢、経験、学歴等を問いません。


■入団希望者は・・・


  第1次内容 (書類審査)

  ・ 「わたしについて」400字原稿用紙2枚

  ・ 写真(上半身、全身)各一枚

  ・履歴書〈市販物OK〉

   ※出演歴や芸歴も記入


  第2次

  ・ 朗読〈内容を1次合格時にお知らせします〉

  ・ 面接〈港区赤坂〉

 この審査を経て劇団員、研究生、教室生の

 選択を行います。


■劇団員&研究生

  劇団費〈月額〉¥3,000

   ※公演参加ノルマ(負担金)¥0


未経験者は、

  アクターズクラス(俳優教室)を受講します。

   6ヶ月(週1回)

   講座 呼吸法 発声法 身体訓練

       演技術 実習公演

   (月額)¥5,000

  研修中でも公演には出演します。

■申し込み

http://www.ad-hoc.jp/gekidan/bosyuu.html

アクターズクラスの特徴

費用は安価ですが、氾濫しているタレントスクール等

と違い、演劇や演技の歴史、俳優論等も学びます。

まじめに演技を身につけようとする人に向いています。

受けをねらった演技や、軽い演技を考えている人には

難しくてつらいものになるでしょう。

今年の新年のスタートは18日である。

そして、29日に光綾の会との合同で新年会を行う。

9月の「母」公演前に1作品上演を考えているが、

現在未定である。


しかし10年記念公演の「母」の準備は既に始まっている。

しかしここでのネックは、

「母」出演者が揃っていないことだ。

少なくても男性3名と女性3名は不足している。


客演者で補填することも考えられるが、

秋田県の大館、北海道の小樽への

シナリオハンティングは別にしても、

明治から昭和にかけての種々の勉強会参加を

ともに可能な参加者となると、

劇団員でなければ難しいと思う。


役の人物は・・・

小林セキ

   末松(セキの夫)

   多喜二

劇団生活
   三吾(多喜二の弟)

   チマ(姉)

   ツギ(妹)

   ユキ(妹)

田口タミ

劇団生活
   志乃(タミの母)

小林慶義(末松の兄)

   ツル(妻)

鬼塚(棒頭)

駒井(子分)

扇谷(子分)

山本(タコ)

憲兵

刑事

特高

隣人

隣人

斉藤(大家)

弔問客1

弔問客2

弔問客3

弔問客4

弔問客5

弔問客6

弔問客7

弔問客8

弔問客9

弔問客10

近藤牧師

ヴァイオリン奏者

※写真は実在した本人


役によってはWで組めるが、

多喜二やタミは組めない。

挑戦したい人は客演でも致し方ない。

応募する人はいるだろうか?

劇団生活
 
          母セキと長女チマ

劇団生活
     弟三吾、末娘ユキ、タミと母セキ

劇団生活
    憲兵、弔問客、三吾、多喜二、セキ


劇団生活
        セキ、ユキ、次女ツギ、三吾


劇団生活
           警官、セキ、三吾

 

劇団生活
        子分、棒頭の鬼塚、末松、セキ

 チャイムが鳴った。

「はい」

ドアを開けると警官が立っていた。

「今朝、こちらのビルで飛び降り自殺があって・・・」

「今朝ですか?」

「6時過ぎですが、何かお聞きになった音とか・・・」

なかったかというのだ。

4時30分頃に目を覚まして、

そのまま寝直しをしていないが

特に気になる物音も聞いていない。


このマンションはH型になっていて500ルームは

下らないかも知れない。

反対側の棟になると距離もあり、

よほどの物音でもない限り聞こえない。


この警官は、

一人住まいの男性ばかりを訪問して、

生存を確認し歩いているのかもしれないと思った。

「男性ですか?」

「えゝ」

「幾つくらいの・・・?」

「それはまだ」

「では失礼します」

警官は去った。

下のフロントへ行って聞いてみようとも思ったが、

やめてパソコンを開いた。


昨年の自殺者は前年を下回ったそうだ。


今年の9月に公演する「母」の勉強会に入ると、

自ずと命という問題につきあたる。

小林多喜二は拷問の末虐殺された。

「多喜二は、何か悪いことをしたのか?」

母のセキには、何故多喜二が殺されなければならなかったのか理解できない。

劇団生活
        小樽市立文学記念館
劇団生活
         描き残された多喜二

いずれ誰にでも、その時は来る。


本来は一秒一刻、

みんな命と向き合って生きているはずなのに

クレジットカードは気にしても

命のカードは気にしない。


昨日も元気だったし、今もこうして生きている。

だからといって、エンドレスの命など

誰一人として持っていない。


そのカードは明日、いや今日切らなければ、

あるいは切らされるかもしれないのだ。


飛び降りた人が誰かは知らないが、

自ら、そのカードを切らなければならない理由は

何だったのだろうか。


以前、音羽事件といわれる殺人事件があった。

園児が殺害された事件だ。

その犯人とはぼくも一度会ってはいたが、

三園さんの友人の奥さんでもあった。


事件が身近に起きたり、

あるいは近親者に不幸があったりすると

命の存在が重くのしかかるのだが、

いつしか記憶に残るだけの出来事になる。


いつも、このようなことを受け止めて

生きている必要は勿論ないだろう。

とはいえ、

人は楽しく生きられればいいというものでもない。


では、どう生きるか、

たまには、自らの命と相談することがあってもいいのではないだろうか。

・・・勿論、よく生きるためにである。

三浦綾子作「母」


これは9年前の記録である。

三園ゆう子は取材のために小樽へ飛んだ。

鹿児島生まれの彼女に、

冬の小樽は驚きの連続だった。

倉庫群の屋根から下がる氷柱に目を見張る。

          

小樽は「母」の舞台である。


小林家は伯父に乞われて秋田から小樽へ

家族そろって移り住んだ。

多喜二はここで育った。


劇団生活
     小樽の運河にたたずむ三園
劇団生活
          倉庫群を通る
劇団生活
    小樽市立文学記念館の多喜二コーナー
劇団生活
     小林多喜二のデスマスク

死んだ多喜二のデスマスクにはいわれがある。

憲兵や特高が来るというので、

大急ぎで型取りしたため、

出来上がったデスマスクには

多喜二のまつ毛がついていたそうだ。

劇団生活
        そのデスマスク

劇団生活
        多喜二の母、小林セキ

劇団生活
      三園はしばらく立ち尽くして動かなかった

伊藤整や小林多喜二等の小樽出身の文学者の

コーナーが設けられている。

この取材は初演のために、

最も厳しい冬に行われた。

小樽築港駅で降りて、

多喜二の家族がパン屋をしていた場所や

小樽商大(当時の商高)、シオン教会等を

見てまわった。

三園は「重い心を引きずって歩いた」と、

当時を振り返る。