「君には外見(そとみ)にはわからない歴史があるんだよ」
人間、孫悟空じゃあるまいし、
突然、石から生まれてくるわけじゃないんだ。
「ぼくから歴史は始まるんです」
などと息巻く、かつての教え子から電話があった。
「じゃ、これまでは何だったの?」
「母を養わなきゃならない、家も見なきゃならない。
そこには自分自身がなかったんです」
「う~ん、この話に付き合うには覚悟が
要りそうだ。数日してから、また電話くれ」
「わかりました」
2
これで終わりかと思いきや、
「ところで、いま仕事はどうですか?」
話題を移してくる。いっそう憂鬱になって、
「眠いから今日はこの辺で」
と電話を切った。
ひとまず間をおきたかった。
この続きの電話はきっとないだろう。
棘のように心に刺さったものを抜きたいと思ったとき、
このような電話をかけてくるのだろうと思えるふしがある。
しかし次にかかってきた電話に、
「この前の話はどうした?」
と聞くと、
「えッ、何でしたっけ」
と、ケロリと忘れているからだ。
ところで、この彼とは関係ないが、
今日これから「表現講座」の教室がある。
三浦綾子さんの短編「清い溝川」を読んでもらう。
溝川・・・「えッ、これでどぶ川って読むんですか」
みんなが「へェ!そうだったの」と驚く。
「水清ければ魚棲まず」というが、そうだろうか。
今の世の中を考えさせる作品である。














