演劇人生 -81ページ目

演劇人生

今日を生きる!

公共ホールは節電協力で冷暖房は使えない?


「冷房なしで大丈夫かなァ」

「7~8月は不可能だろう」

「工夫次第さ」


われわれは麻布区民ホールで、9月に公演を予定している。


昨年の9月はどうだったろう。

中野で「壁」の公演をしていた。相当暑かった覚えがある。

昨年並みとなれば、どうだろうか・・・


麻布演劇市の仲間で話し合った。


劇団アドック創立10年を迎えました!
               落書きをしなあら・・・・

「舞台裏の入り口と正面口を開けっ放しにすれば劇場内を風が通る」

「冷えピタみたなグッズを配ったら?」

「熱中症で倒れる人が出たらどうする」


区は、区民ホールはどう考えるか。


また、自粛とは何かも論議された。

自粛とは、過度な行いを差し控えることだが、

演劇公演までを封印するのは如何なものか。

このようなときだからこそ、

演劇や音楽などを通したコミュニケーションの場を大切にしたい・・・

そのような意見が多かった。


はてさて、どうするか・・・だ。

「はい」

「おれたちに何を残こそうとしているか、教えてくれないか」


「・・・・・!?」


あの大震災の数日後に、

劇団女優の一人が男の子を誕生させた。

親は、将来おおきく輝いて欲しいという願いを込めたのだろう、

大輝と名づけた。


写真を見て考えさせられた。

その表情に無言の問いかけを観た。

「大人よ、いま、みんなは何をしたいのだ」

そして、

「お前たちは、何を残そうとしているのだ」


経済産業省の原子力安全保安員は

福島第一原発の事故レベルをスリーマイル島事故と同レベルの5とした。

ところが、国際原子力機関の判断はレベル6になりそうだという。


解決に向けて必死に努力している人々が何10人いるのかしらない。

「今のところ安全」だというが、どうして「安全」なのかもわからない。

その「安全な所」で働いているみんなが、

どのような人たちなのかもわからない。

家族はどんな気持ちでいるのかも知り得ない。


彼らの努力にもかかわらず、

7都道府県に放射能物質はばらまかれ、

海に汚染水が流出している。


「この野菜は安全です」

「この魚は安全です」


日本の食文化の健康志向や安全性は世界的な財産だった。

顔の見える生産者として誇りを持っていた人たちがいた。

ところがこの震災以後、

日本の食品の数々は危険のレッテルを押されてしまった。

震災の打撃に加えて放射能汚染の打撃は深刻である。

福島県の浪江町や飯館村の顔の見える生産者は、

為す術もなく、声もなく畑地を茫然と眺めていた。


何が何でも冷温停止に持って行く。

それがない限り、

「安全」どころか「危険」を論ずる猶予すらないように思う。手をこまねいてはいられない。


傍観者的な思いを宿している余地は全くない。


誕生したばかりの大輝くん・・・

その写真は眼をつむっている。

その眼が開いたとき、

目線をしっかりと受け止められるか・・・

無言の声を聴きながら彼を見ている。


すまないが、大輝くんにいま一度登場してもらいます

劇団アドック創立10年を迎えました!

福島、女川、六ヶ所は大丈夫か。

親戚や友人知人の安否とともに原発の安否に気が行く。

地震列島といわれる日本列島は原発列島でもあったのだ。

北は泊原発から南は川内原発まで・・・13道県に54基。

ぼくみたいな老い先短い連中はいいとして、

若者たちを考えると、「これでいいのか?」といいたくなる。


そんな気がしてくる。

「大丈夫か?」

東北地方を襲う大きな余震・・・

港区のここも大きな揺れでした。

いち早く仙台の友人にCメールしました。


3.11の時は、

「生きてる」

という返事でした。


今回は、

「怪我なし!」


「よかったね!」


こんなコメントを返したが、

グラッと揺れた瞬間の、友人の気持ちはどんなだったろう・・・

放射能の拡散は地域、国を選ばない。


かつて、米、ロ(旧ソ連)、中をはじめ、核兵器保有国は、

殺戮を目的にした兵器製造のために地上実験をくり返した。

それと並行して、その原子力の(平和)利用も進められ、

エネルギー源として原発が開発され、

水力・火力に代わるものとして方々に建設されてきた。

しかし、爆発によって拡散された放射性物質の量と、

原発事故の場合とでは漏洩の量に大差があるようです。


自然界には原子番号92のウランまでしか存在しないと習ったが、

プルトニウムは94で、まさに人類が創りだした猛毒の原子番号だと聞く。

その核分裂連鎖反応を利用して原爆は作られるが、

その連鎖反応をコントロール下におくことで原発は稼動するらしい。


原爆も原発も、

神も手を染めなかった危険極まりないエネルギーなのではあるまいか。


安全か危険かの問題ではないように思う。


劇団アドック創立10年を迎えました!

<SOURCE>

The Sword of Damocles (1812), the Ackland Art Museum,

The University of North Carolina at Chapel Hill.


ダモクレスの剣に思えてくる。

それは、どれ程重い剣でも、髪の毛であろうがなんであろうが、

ぶら下がっている。(のだから安全だという理屈である)


原発を見直す国が増えている。

しかし、このような事態を招来しているこんにちさえ、

原発廃止を口にすることは「国を潰す」と非難されたり、

被災地や被災民に対する冒涜といわれる傾向もある。


政府も東電も、簡単に「保証」を口にするが、

これさえなければ風評被害も生まれていないし、

復興への切り替えも早かったに違いない。


原発事故が生み出したダメージは余りにも根深く、その範囲は広い。


「これまで恩恵を受けていたくせに」文句を言うなという理屈はあたらない。

利便性を、裕福さを追い求めて環境を破壊してきたつけの解決が

今世紀の大きな課題になったようにである。

人が生きていく上で切り離せない関係、

自然と共に生きているという現実から目を逸らしてはならないのだ。

「このような悲劇は二度と起こしてはならない」という。

しかし、今、現実に起きている悲劇をどうするのか、

まさに、その悲劇そのものが進行中なのだ。


私たちは、森羅万象と共にあって初めて生きられ、

その征服者ではない。

あらゆるものと共に、「よりよく生きる知性」を持っていなければならない。

万物の霊長として、すべてのものの頂点にあるという穿った考えを

捨てなければならないと思うのだ。


原発事故修復に命をかけている人たちがいる。

桜の季節に、花に心傷む人がいる。

それがわたしの弟や妹であり友人たちなのである。

それに比して、自分はどこに在るのだろうかと考えている。

「頑張ろう」「応援します」というのもいいだろう。

だが、「一緒にいます」とはいえないことをどう考えるかだ。


未だに1万人を超える親兄弟、友人たちが行方不明のままだ。


これからは、1対1の関係を大切にするときかと思う。

もちろん、集団であれば一括した対応が可能になるし面倒がないだろう。

対等な対応も可能になるだろう。

しかし、それが誰でもない、避難している人たちだったということだ。

避難しているということは、あくまでも仮の生活でしかない。

目的だった退避から、どう生きるかへいち早い対応が望まれる。


東北人は精神的強さを持っている。踏まれても立ち直る。

笑顔も見せるさ。

しかし私は、妹の笑顔をまだ見ていない。


法律のご相談は・・・
石橋法律事務所
http://i-tlaw.com/