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演劇人生

今日を生きる!

今日の稽古は小人数だった。

読み合わせに費やした時間は凡そ1時間少々・・・

小林多喜二が遊郭から受けだしたタミちゃんという女性を

家に連れてくる場面である。



読み合わせはセリフのやり取りである。

しかし台本を見ての稽古なので、

響いてくるのは活字を感情にのせて読む声である。

セリフは活字ではない。

多喜二の後ろから入って来たタミちゃんが、



タミ「お晩です。あのう・・・」

「あのう」の後、「・・・」口ごもったのか、言うのを止めたのか、

言えなかったのか・・・

では、口ごもらなければ、止めなければ何を言ったのか・・・

それが分かれば、「あのう」の音譜を何処に書けばいいのか分かる。

演劇の楽譜は5線だけではない。

ことによると15線くらいはあるかもしれない。

が、音がどの高さにあるかが分かるのである。

この発見は大きな意味を持つ。

劇団アドック創立10年を迎えました!
さて、

多喜二「村野タミ・・・ちゃんです」

この「・・・」の意味は何だろう。

タミの「あのう・・・」と同様に、

活字の「あのう」を見て「・・・」を考えても何も出てこない。


演劇は、ひとこと、ひとことが難しい。

そして面白い。

たったひと言の音符の置き場所を発見した時・・・それは歓喜の瞬間なのだ。

目から鱗が音を立てて落ちる時だから。

ガラガラドッカ~ンドンッ!!ドンッ

9月公演の「母」にはヴァイオリンソロが入る。

奏者は、菊池有希子。

その曲を最初に収めたCDが出来上がって送られてきた。

「母」のテーマの他に7曲、

彼女のオリジナル曲である。


劇団アドック創立10年を迎えました!

劇団アドック創立10年を迎えました!

劇団アドック創立10年を迎えました!

劇団アドック創立10年を迎えました!
9月には、

彼女の演奏が劇中でお聴きになれます。

俄かに読まれるようなった「蟹工船」

劇団アドック創立10年を迎えました!

このような記事が新聞や雑誌を賑わしたのは4年ほど前でした。

臨時雇いのような雇用関係から、

景気が下向いた途端に容赦のない派遣切りが行われた。

マンガ喫茶やロストハウスが公園等にあふれかえった。


不要になった労働者が、

使い捨て労働力として首切られる・・・

「蟹工船」に描かれた悲惨な雇用状態を髣髴とさせる現状に、

口から口に伝えられて生まれたリバイバルだったのだと思う。

劇団アドック創立10年を迎えました!

       当時の蟹工船内起きた死亡事件記事
劇団アドック創立10年を迎えました!
このような事件が相次いで起きていた
劇団アドック創立10年を迎えました!

上演する「母」は、

この多喜二の母セキの物語である。


小説家の息子を持ちながら、

学校にも行けずに育った母セキは字を読めなかった。

なんとも皮肉な話だが、

当時の女性で字を読めたほうが珍しかったかもしれないのだ。


劇団アドック創立10年を迎えました!
 貧しい人々がいない世の中をつくりたい。

 多喜二は、その生活の中から、

 たくましくも優しさに満ちあふれた母の姿を目の当たりにして育った。


劇団アドック創立10年を迎えました!
    小樽文学記念館の小林多喜二コーナー


劇団アドック創立10年を迎えました!
  今回の「母」のポスター、チラシはこの写真をベースにする

演劇作品ひとつ創り上げるためには

命をすり減らす覚悟が必要です。

「えッ、そのわりに長生きしている」って?

言われてみればそうかもしれない。

だったら、

「命をする減らした分、寿命は延びるのかも・・・」

知れません。


今回の「母」は今、

まさに、その命をすり減らしている真っ只中!

末娘のユキがいなくて苦労していた・・・が、

劇団アドック創立10年を迎えました!
   下段、左から2人目が子どもの頃の実人物(ユキ)


応募する方いらっしゃいませんか?

チケットノルマはありません。

小林多喜二の勉強を始めました。

劇団アドック創立10年を迎えました!

劇団アドック創立10年を迎えました!
小林多喜二は何故特高などに追い回されたのか。

治安維持法ってなに?

殖産興業、富国強兵ってなに?

当時の労働者の生活

転向ってなに?

多喜二が受けた拷問とは?

その他諸々の質問が飛び交いました。

まだまだ続きます。