演劇人生 -70ページ目

演劇人生

今日を生きる!

自分を追い詰めろ。

「窮鼠猫を噛む」

これでもいい。


自分がどれだけの人間か。

通行人だから?

冗談ではない。


舞台に顔を出している時間が5秒だから・・・?


そうだよ。

その人間は80年生きたとすれば、

その中の5秒なんだよ。

79年11ヶ月何時間何秒の時間は見えていないのだ。

「ちょいと顔を出すだけだから」

などという役者がいたらとんでもない話だ。


自らの人生の5秒を粗末にしている証拠だ。

一秒、一秒の積み重ねが80年なんだよ。

その大切な一秒を無駄にしている人間は役者にはなれない。

少なくても、本物ではない。


それを考えて、

拙い自分を追い詰めろ。

逃げ場が無くなったときに、

きっと何かが見えるかもしれない。

僅か一秒だが、

でっかい発見があるかも知れないからだ。

役者に「出来ない」という言葉は禁物だ。

昨日、そんな声を耳にした。

「お前、死ね!」

なんて言った覚えもない。

・・・だったら「出来ない」

もあるかも知れないが、

「できない」

こんな言葉は、

役者の世界にはない。

否、あってはならない言葉なのである。

稽古を練習と思っている人が多い。

学び、習得するという意味がないわけではない。

しかし演劇の稽古を、

稽古場に勉強に来ている感覚でつかまえもらっては困る。


武道にもある言葉だと思うが、

演劇の場合は、

作品によって求められている姿に接近するための場なのである。

つまり、

役の人物が声なき声で主張している、その姿に、

「これで、どうだ!」

と挑む場なのである。

そのための修練の場だといっていい。


稽古場で、

「勉強になりました」

などと言うな。

もったいない。


今日ほど不快さを味わったことは最近なかった。


不愉快・・・なんてものではない。


愉などの入る余地まったくなしの


不快そのものだ。