演劇人生 -62ページ目

演劇人生

今日を生きる!

最近・・・でもないか・・・

でも、

この頃、頓に日記に脈絡もなければ、まとまりがない。


我輩の部屋のようにゴチャゴチャで、

思いつきの断片そのものが散らばっているだけだ。


少々・・・どころではなく、

かなり・・・いかれて来ているのかもしれない。


時折、クレーンで吊り上げた鉄屑が

ばら撒かれるような・・・音はしないのだが、

頭の中に感じることがある。


人生の不整脈・・・なのかもしれない。


来年辺り、

チェーホフの「白鳥の歌」をやりたいが、

観たい人はいないだろうなァ。

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

スリーディズ

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
リミットネス

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
             ↓この男、格別!
12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

       こんな日もあっていい・・・映画漬け。

妹の連れ合いが世を去って2ヶ月になる。

一人になった妹から電話があった。


人生に孤独はつきもの。

1人でいて寂しいのは当たり前なのだ。


だが、

1人の時とは違い、

2人でいて味わう寂しさは一層深いものになる。


1人でいて感じる孤独は自らの心によって慰めることができても、

2人でいて味わう寂しさはそうはいかない。


それはお互いの悩みなのだ。

相手の寂しさに寄り添いたいと思いながら、

なかなかそれを出来ないのも人間なのだ。


だから人は孤独からは逃げられない。


ただ、

きみが寂しいときは、

相手も寂しいときだということをわかって欲しいと思うのだが・・・


2人でいるときは、そうも行かなかったろう。


だが、どうだ?

今また一人になって・・・


その妹から、

「元気?」

そして、

「がんばってよ」

という電話だった。

食欲の秋、

そして芸術の秋・・・

ですねェ。


いま世界は混沌の中にあります。

チュニジアからエジプト、リビア・・・と独裁政権の足元が揺らぎ、

世界的にアメリカの影響力は衰退の一途をたどり・・・

脱原発ということばに手を挙げる主婦層も多いが、

「“反”ではないの?」という声には「う・・・うゝん」

「ウン」とも「イイエ」ともつかない返事。


いい季節が巡ってきたのでしょうか

最近、劇団に所属せずフリーを名乗る役者が増えています。

劇団のコンセプトを共有するにしても、

客演したその時だけで、意に反してさえいなければ、

一つの作品を通したお付き合いで済むという気楽さもあります。

特にプロデュース公演において、それは顕著になります。


そのような中で、

あえて私は劇団員を募り続けたいと思っています。


私にもそんな時代がありました。


埼玉県だ、千葉県だ、神奈川県だ、東京だと定住地を決めず、

転居を重ねるに似て、

住んだ土地の歴史や文化の匂いをかいで渡り歩く旅ガラスというところでしょうか。


土地には集落を整えるまでの歴史があり、

人たちの結びつきから生まれる伝統があり、

共有し合える生き方も生まれてきます。


それは劇団にも通じます。


手荷物一つでやってきて、

いや、手荷物どころか手ぶらでやってくる者もいないとは限りません。

その旅にんが、集落をかき回し、

「また何かあったら声かけてくんな」

カッパからげて三度笠・・・そしていつの間にか、

「あっしには関わりのねえことでござんす」

とか・・・


いや、多くはないが、

映画の「シェーン」よろしく、

すてきなものを残して、惜しまれながら去っていく役者もいなくはない。

「戻ってこないか」

・・・・・・

ところがいつの間にか、足を洗って堅気になって、

会社勤めをしていたり、

悪になって○○党から立候補したり・・・

いろいろだ。


そんな中で、

フリー時代の私は、どんな渡世人だったのだろうか、

振り返っています。


ま、いずれにせよ、

フリーは気楽だった。