演劇人生 -33ページ目

演劇人生

今日を生きる!

フェースブックからいただいてきた広告。


新境地開拓!
わたしはこの広告を見て親父を思い出した。

今の私より数年若くしてこの世を去ったが、

酒が好きだった。


親父が、こんな広告を見つけたら何というだろう・・・

そんな思いにかられた。

わたしは酒は殆ど飲まない。


だが、お銚子の一本くらい付き合いたくなりそうな広告じゃないですか。

掲載主の「意気が伝わってくるような粋な広告だね」

チビリチビリと美味しそうに飲む親父に、

こんな話を切り出してみたい。


親父は何も言わないかもしれない。

だが、笑みがこぼれそうな気がしてならない。

以前、三園ゆう子のひとり語りで、

「母」(三浦綾子作)を埼玉大学経済学部の学生さんに見ていただいたことがあります。

その時の感想文(手書きで複製不可能)が先日の火災の煽りを受け泥んこまみれ、水浸しになり廃棄処分しました。

そのお詫びをかねて、ここに掲載したいと思います。

教授、そして学生の皆さんお許し下さい。


去る6月28日、ぼくの埼玉大学教育学部の授業「経済学概論」(新入生対象)で、劇団アドックの伊藤豪さんと、代表の三園ゆう子さんに、はるばる教室まで来て頂いて、演じ講演していただいた。

生来の怠け者のぼくのことであるから、日常の多忙にかまけて、採点がまだ終わっていない。この劇団アドックの公演「母」(三浦綾子原作)への感想文をようやく読み終えた。

一口に言って、感動してしばし言葉も出ない。

劇団アドックのお二人の力量は、ぼくら大学教員が束になってかかっていっても到底敵うものではないとしみじみ実感した。

これは革命の記録である。約80名の観衆であった学生感想文の中から、取り立てて優れているわけでもない一枚(男性18歳)を原文のママ掲載してみよう。

◇◆◇◆◇◆◇◆

わたしは演劇を鑑賞するということがほとんど経験としてなく、劇が始まるまでは、無知からの不安、疑いという気持ちを持っていました。

劇が始まると同時に、舞台からのこの場を包み込むように、グーと力強い雰囲気が押しよせるような感覚ですぐに見入ってしまった。

この場にいた人達の多くがこの感覚だったのではないだろうか。

瞬間にしてこの場全体をひきこんでしまう魅力はとてつもなく新鮮でした。

この体験したことのない、何とも表現できない新鮮さは、とぎれることなく舞台から発信されていたように思う。

演劇は観る側によっても変わると耳にしたことはあったが、それが今日理解できた気がします。それが舞台・観る側を含めた、この空間、この場全体が1つの舞台を作り出している、ということだと思う。
また、役者の方と、音響の方が目を合わせたのは、劇が始まる合図の目配せの一瞬、ただの1回だけで、それがなんとも印象的でした。

一発本番のこの舞台、幾度となく積み重ねられたであろう稽古がわたしにも容易に想像できました。

しかし、その稽古を想像すると、やはり、私達の想像を絶するほど厳しいものなのであろう。

一人舞台の上にいる役者から、その舞台全体、舞台全体から、この空間、この場全体へと伝わる、この雰囲気は、とても心地よく、また、一度 伝わり始めると、次から次へと新しい波のように場を刺激するようで、舞台が終わった瞬間、今までに味わったことのない、静けさの中にあるメッセージのようなものを味わうことができたことは、とてもいい経験となりました。

今回このような機会が与えられたことに感謝します。ありがとうございました。

舞台終了後、伊藤さんのお話を聞いて、何でこんなに詳しいんだ?ってくらいに良く勉強しているなぁとびっくりしました。やはり、教師としての教材研究ではないが、そういった努力が必要であると言うことが再確認できました。そして、より一層、舞台の重みが増してすごさが伝わってきた。喜怒哀楽を表現するときには逆にその感情をおさえようとする、という話は、真理をとらえているように思う。

新境地開拓!
     ひとり語りの三園ゆう子

今秋11月、

麻布区民センターで上演する「母」では、

またまた客演者を探さなければならないようだ。

これは弱小劇団の宿命のようだが、

本当は自分達だけでつくれればそれに越した編成はない。

しかし、他からの息吹を感じたいし感じさせてあげたいという思いもある。

素晴らしい客演者に出会ったときの喜びは、

すてきな作品に出会った時と同じ感動を覚えるものだ。

役者も作品も同じ生きざまと可能性をもっているのだろう。

どうにでも変化し成長する、何と出会い何を感じ、何を吸収するか、

それによって、よくもなれば悪くもなる。

新境地開拓!
    わが子が拷問の末頃されて家に戻ってきた

原作は三浦綾子の名作である。

この作品ほど「いのち」を感じる作品に出会ったことがない。

今回で、再演30回目を数える節目の公演でもある。

これまでは「やりたい」と名乗りを上げた人は殆ど無差別に参加してもらった。

が、今回はセリフを読んでもらうことにした。

新境地開拓!

    弔問に訪れた支持者を解散し検束するために憲兵が・・・

プロフィールはどうでもいい。

写真もどうでもいい。

つまり、経歴や見栄えはどうでもいい。

その感性と知性に触れたい。

そんな気持ちで、出演者を求めています。

オーディションといえるかどうかわかりませんが、

まともに、作品と役とに取り組みたい方で、

何よりも、真正面から自分と、向き合いたい方。

「そんな条件をつけると応募者はいないよ」

と言われました。

「それでも・・・」という応募者がいないとも限らないじゃないですか。

新境地開拓!
          川崎公演でのカーテンコール

新たに18歳の女優(これからなる)さんが加わりました。

宮沢明花さんです。

おいおい写真を掲載します。

大学一年生です。

「本気で役者の勉強をしたいのですが」

「本気で・・・って?」

6~7年前になるだろうか、

「劇団に入れて下さい」と訪ねて来た青年がいた。

青年といっても、その当時30歳を過ぎていた。

・・・が、2,3度稽古に出て、いつの間にか消えた。

「あ、そうだ、住所も聞いていなかった」

劇団代表の三園さんは目を丸くして、

「どっちもどっちね」と言っていたのを憶えている。

電話番号は記録してあったので入れてみたが、

「番号をお確かめの上」なるコメント。


その消えていた彼から電話があった。

6~7年を経て、「本気で」という電話である。

「本気で・・・って?」

と言葉を返すのが精一杯だった。

あの時は本気でなかったことだけは明らかになったが、

電話の向こうで、あの後どうしただの、今はどうだの、

いろいろ勉強しただの、海外へ行っただの、

脈絡なくまくし立てた。


そうだ、奴は雄弁だった。

アッラーの教えがどうの、ヒマラヤ仏教がどうだの、

北方領土の帰属問題がどうの・・・


いま空きがない。

役者を育てる気がない。


何より、育ってる役者が欲しい。


するとまたぞろ話にのってくる。

「私も苦労しましたから、以前と比べたら育ってます」

だんだん頭が痛くなってきたので、

「他所へ連絡してみたら?」

と言って電話を切った。


時々、こうした疲れる電話がある。