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演劇人生

今日を生きる!

この暑さはこたえます。


今夜の稽古に何人集まるだろうか・・・

「体調を崩したので」

休むという電話が入り始めた。


この時期に無理してもらっても困るので、

「いいですよ。ちゃんと調子を取り戻すのが先決」

と返事を返した。


だが窓からの景色に「う~ん」

暑そう!!


ひたすら演劇を考える

ひたすら演劇を考える


「暑い、暑い」と百回繰り返せば涼しくなるのなら、

大声出して叫びもするが・・・


こんな愚痴はやめて支度を始めましょうか。

お芝居って、そんな魅力があるものなんです。

稽古は19時から代々木です。


68年目の被爆記念日を迎えました。

時空をこえて命を奪い続ける非人道的な爆弾をいつまで持ち続けるつもりなのだろうか。
ウランやプルトニウムが核反応を起こしたときに発生するストロンチウム90やヨウ素131は自然界には存在しなかった。
これは自然を破壊し、生き物の生態に悪影響を及ぼす汚染物質だ。
原発はその炉の中で、これを繰り返しつくり続けている。
...
これほど危険極まりない原発も、原爆とともに地球上からなくさなくてはならないと思う。

核の傘に入っているおかげで安心して生活ができるとか、
核兵器による戦争の抑止・・・
このような「核兵器を使うぞ」という脅しの名の下に、
本当の平和は確保されるのだろうか。

現在、地球上にある核爆弾で、
地球を20回滅ぼせるといわれています。

今年1月、私たちは三浦綾子原作の「青い棘」を劇化して上演しました。
続いて今秋11月、小林多喜二の母を描いた「母」を上演します。
そこであげる小さな声も何処まで響くかわかりません。
しかし、いのちの大切さ、
「どう生きるかを考える」ことの大切さ・・・
これ等の上演を通して噛み締めたいと思います。

(写真)「母」で、多喜二の遺体を築地署に引き取りに行く決意をする母セキ。
ひたすら演劇を考える

声の出しかた一つで生き方が変わります。

一人が、それに気づき、

実行すればいいのです。


お芝居の稽古はこれに終始します。

これは日々の生活にも応用できます。


つまり役者の勉強の場は、

日々の生活を、どれだけ役者として・・・

いや、人として丁寧に生きることに尽きるような気がする。


マンネリ化した夫婦関係をも変化させ、

ドヨ~ンとした職場の空気に光をあて

自分を積極人間にし、

自分にかかわる周囲の人の眼を変化させます。


昨日した稽古は「これ」でした。

簡単そうで難しい・・・というより、

自意識に邪魔されてしまうようです。


どんな勉強をしたの?

と聞くと、大半が呼吸の訓練とか滑舌とか、

ダンスや殺陣と、少々インプロをといいます。


これ、役者の勉強かなァ。

週一回、三時間みっちりやりますという。


私が或る劇団の教室に入ったときは、

午前10時から午後6時まで、週6日のレッスンでした。

演劇論、戯曲論、演劇史、社会科学、心理学、謡曲、

声楽、体操、稽古場見学、映像学・・・・等々。

大学でやったような講義が延々と続きました。

「こんなのは役者の勉強じゃねぇよ」

しょっちゅう不平不満の愚痴を言っていました。

確かにこれも役者の勉強じゃあないかもしれない。


が、今の若い人に、小山内薫、土方与志、坪内逍遥・・・

いや、千田是也、宇野重吉、杉村春子とかいっても????

これじゃ、外郎売やアメンボ赤いな アイウエオをやっても意味ないよって言いたくなる。


日常生活が最大の勉強の場で、

その生活を丁寧に丁寧に生きる・・・

これに勝る学習の場はないのだ。

11月8日~10日

三浦綾子作「母」

稽古始動します。

7月30日(火)赤坂区民センターで初顔合わせです。


作家、小林多喜二の大好きだった麻布十番・・・

その麻布から、多喜二の生誕と没後の記念公演です。

  (生誕110年、没後80年に当たります)


ひたすら演劇を考える
小林多喜二とその兄弟姉妹たち (左から姉チマ、多喜二、ユキ、ツギ、三吾)


ひたすら演劇を考える

お一人様、平気? ブログネタ:お一人様、平気? 参加中
本文はここから

一人・・・ひとり

なんともいえない寂しさをたたえた言葉である。

一人暮らし(でも「独り暮らし」ではない)を続けて

30年以上になる。


父や母、妹と三人で暮らしていたこともある。

結婚して家族をつくり暮らしたこともある。

そして一人・・・

結婚しても孤独はある。

一人暮らしの時と比較すると、

その孤独は一層強いものになる。

一人で味わう寂しさの数十倍のものになる。

人は孤独からは逃れ得ない存在なのだ。


さて、

お店に入り食事をするときは「お一人様」オーケーでも

家での食事となると一人は寂しい。


映画は「お一人様」でない方が楽しい。

音楽も同じだ。

美術展などとなると一層その気持ちが強くなる。


何となく、共有し得る人が欲しくなるのかもしれない。


カップラーメンなどという代物は、

一人で食えばいい。


・・・総じて考えれば、

何も感じないならば、「お一人様」はそれなりに、

味わい深いものでもある。

が、やはり「お一人様」から「お二人様」

或いは「大勢様」それぞれを楽しむ人生を送りたい・・・

ひたすら演劇を考える
 こんなもの「お一人様」で食べてもさっぱり美味しくない


ひたすら演劇を考える
               これもそうだ


ひたすら演劇を考える
  美味しいものは「大勢様」で共有して初めて味わえる


このテーマを通して、貴重なものを考える機会を得たような気がする。