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演劇人生

今日を生きる!

クチコミネタ:酔って起こしてしまった事

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僕は飲まない・・・
いや、あれ以来飲まないようになった。
これは、酒を断つことになった事件の記録でもある。

既に20年以上は経つ。
中部地方のある町に、
歴史のあるアマチュア劇団がある。

その劇団は健在なので、

誰かにこのブログを見られないとも限らないし、

ほろ苦い、また何とも慙愧の念に駆られる思い出だが、

僕にとっては、何処かでほのかな浮気への憧憬すら感じさせてくれるので、
恥をかなぐり捨てて書いてみたいと・・・

登場人物は仮名にしますので、
登場する方も他人事としてお読みいただきたい・・・です。

知人の関係で、何回か演技指導に行ったことがありました。

稽古が終わり、「ちょっとお疲れ会をしましょう」
と、町に繰り出して、夕食を兼ねて地元名物を口にし、
地酒を注がれて調子に乗り、
お銚子1本くらい空けたでしょうか・・・

僕は、どちらかというと付き合いの悪いほうで、
酒の席にジッとしていられない性質で、

「そろそろ帰ります」

と立つのだが、
この日に限り、
季節限定の料理を・・・と、出されたのが猪鍋。
食べ物にはめっぽう弱いところで、
ついお調子に乗って銚子をもう1本・・・

熱々の猪鍋に日本酒で酔わないわけがない。

「じゃ、美樹ちゃんと早紀ちゃんに送らせますから」(いずれも仮名)
と、脇に寄り添う二人の女優さんと一緒に旅館に向かった。

と・・・この二人、途中どうしても寄って欲しい店があるという。

仕方なく付き合って店に入ると、
先に連絡を入れてあったらしく、寿司までとってあり大歓迎を受ける。
飲まないわけにもいかず、ここではビールを流し込む。

「では、明日地元高校で講演も頼まれているので、そろそろ・・・」
と席を立つ。

外へ出た時には、フラフラで、意識朦朧・・・。

それから旅館に向かったはずが、

意識がプッツン!

         目
酷い頭痛と喉の渇きで目を醒ますと、
ちゃんと旅館に帰り、
布団の上に寝ていた・・・まではよかったが、
右と左に半裸の女性が寄り添っているではないか!

うわ~ッ!
それに僕も下着はシャツだけ。
下半身・・・裸じゃないが、パンツが膝まで下りている!
         ショック!
「こりゃァ大変なことをしてしまった!」

今更騒いでも・・・と思い、ガンガン音を立てるような頭をかかえてトイレに行く。

あゝ、交合した形跡はない・・・

「あんなに酔っ払っていたのだから、
二人に何をされても・・・」などと思いながらトイレを済ませてフロントへ。

そこには女将がいた。

「豪さんが、こんなことをするとは思いませんでした。
真面目なお人柄を大好きでしたが、今回は呆れました」

目も合わせてもらえず、たしなめられて、「すみません」と答えるのが精一杯。

頭がズキ~ン!・・・と割れそうだ。

「起きてくれ」

二人に声をかけると、

「あれッ、豪さん・・・」

と意味ありげに、二人はニヤリと笑顔をつくる。

「もう、抱きついてきて大変だったんだから」

        ダウン
・・・だと。

「ほんとう?」
「覚えていないなんて誤魔化さないでね」

「・・・なァ~んて嘘、帰ってきたらバタンキュー」

が、一人は小さい声で、

「でもわたしの胸、触ってきた」

耳を寄せてきて、こっそりと言う。

「すみません」

少しでも頭を下げても、木刀で殴られたように痛む。


さあ、旅館をほうほうの態で出て喫茶店に行く。

一歩一歩、頭痛をこらえて歩かなければならない。
10時から、地元の高校へ行き講演がある。

先生に電話した。
「昨日の酒が残っていて、講演は無理かも・・・」

すると、
「その話をしてください」と来た。

冗談じゃない、高校の生徒に川の字で寝ていた話など出来るわけがない。

胸を触わられたという女優さんは、
                      「わたしも聞きに行く」という。
うわ~ああああああァ・・・助けてくれ!叫び

2~300人を前に、
頭痛を堪えながら、
真面目な顔をして、

「人の心」について、60分しゃべった。

途中、「あゝ、おれは嘘つきだ・・・嘘つきだ・・・・」

を何度心に叫んだか知れない。
          汗
この日を最後に、
乾杯以上の酒は飲まないことにした。

これは、今でも守り続けている。

女性と川の字で寝たのも最初で最後だ。


何もなくてよかった・・・という思いの反面、


「わたしの胸を触ってきた」

と言われたことが忘れられないのだ。

彼女はふくよかな胸をしている女性だった。

触った・・・といわれても、その感触が残っていないのである。

「どんなだったのだろう・・・」プンプン

いけないことだとは思うのだが、

ついそこに思いが行ってしまうのだ。

      プンプン
いけないこと・・・だが。
古田敦也監督兼任選手引退・・・

ヤクルトスワローズの前身国鉄スワローズ時代からのファンだ。
弱小球団で400勝を上げた金田正一さんの大ファンだった。
引退前にジャイアンツに籍を移したが、ぼくにとっては今でも、
国鉄の金田さんだ。
劇団民藝が青山一丁目にあった頃は、信濃町から歩いて通ったので、
途中神宮外苑の室内練習場や裏のオープン練習場を覗いては、
松岡投手や安田投手に声をかけて通ったものでした。
別所監督時代は、「どうして強くなれないの?」
などと苦情を言ったりもした。
監督は、「う~ん、みんな優しすぎるんだよ」
と答えてくれたのを覚えている。
若松選手や大杉選手も声をかけると必ず答えを返してくれた。
そんな中、古田選手がトヨタ自動車から入団が決まった時は嬉しかった。
メガネをかけたキャッチャー獲得に興奮したものだった。
期待通りの活躍に、他球団にLook at Zama!の気持でいっぱいだった。
選手団会長としても活躍した。筋を通して選手を守り、
ファンの思いを守ったと言っていいだろう。
ただ一つ、兼任監督はまだ早すぎたのではないか。
今年までは選手一本でよかったと思う。
若松勉さん続投は無理だったのだろうか。
喜怒哀楽を表面に出すのはいいが、
選手に与える影響も大きなものがある。
表情の裏に隠さなければならない部分もなければならないように思う。
大矢さんもベイスターズで監督をしているし、彼も出戻りだ。
古田さんもいずれヤクルトへ戻って監督に返り咲いて欲しい。
ご苦労さん、名キャッチャー古田敦也さん。
消化不良の監督職だったと思うので、

いずれはの

カムバックを願っている。

間違っても、どこぞやのバッテリーコーチなどを経ずに

やはりヤクルトへ・・・!

大きくなりすぎたゴムの木。


ゴムの木

♪どこかの あきちに うえましょか・・・


99ショップで、気まぐれに買った2本の苗木だが、

1本のゴムの木がぐんぐん伸びて30センチを越えた。


テラスも無ければベランダもない部屋なので、

始末に困っている。


先日はニシキヘビが民家の玄関で発見されたり、

農道付近からワニが見つかり大騒ぎになっていた。


彼等も、気まぐれで買い求められ、

始末に困って捨てられたのか・・・


とすると、

我輩も動物と植物との違いはあるが

同じことをしようとしているのか…と思う。


ゴムの木が人に噛み付くことはない…

確かにそうだが、行為は同じだ。


最初から、大きくなったら何処其処に移植する目的で

購入したものとは全然違うからだ。


おれの生き方を反映しているようにも思う。

この際、しっかりと考えたほうが良さそうだ。


生き続けられる時間も限られている。

生きることの全ては、死ぬ準備のためにある。


出来るだけ人に迷惑をかけずに、そっと・・・

逝ったにしても、身近な人たちには迷惑をかけることになる。


「子ども達には、人に迷惑をかけるなと教育している」

という親がいる。

自分の存在が、

人々にどれほど迷惑をかけているか知らない親に限って

抜け抜けと言ってのける迷言だ。


ゴムの木は、人の迷惑にはならないだろうと思う。

・・・が、移植された近くに生えている木々たちには迷惑かもしれない。

・・・いや、彼等は、そんな狭い了見ではないかもしれない。

大らかに受け容れてくれる寛大な心の持ち主達かもしれない。


こんな言い訳がましい考えを巡らせながら、

稽古場までの何処かに移植しようと思っている。


すくすくと育つ姿を、稽古場への行き帰りに見られるかもしれない。

同時に、自分の日に日に萎えていく姿をも・・・

あわせ見ながら・・・

昨夜遅く電話があった。

何処かの局の環境番組を見てくれたのだという。

高校時代の同級生だった男だ。


高校は、当時神田錦町にあった東京電機大学高等学校だ。

彼は大学を経て一流会社に・・・

片や僕は、方向転換して芝居の道・・・


1970年代に入ると豊かな国を目指して、

アメリカに追いつけ・・・

自動車業界や電機業界は目覚しい発展に向かった。

彼も世に請われ、世界中を駆け回ったのだろう。


そんな中で催されたクラス会で彼に会った。

出世頭の彼から苦言を呈された。


「君がやっているNHK教育テレビ “みどりの地球” を見たよ。

あれは人間が当然持っている幸福志向に水を差す番組だよ。

時代に逆行しているばかりじゃない、よく生きようとする人間本来の志向に

蓋する内容だ。利便性や豊かさを追い求めなければ進歩はないんだよ」

要約すればこんな内容だったことを覚えている。


1975年から始まった、NHK教育テレビ初(…だと思う)の環境番組で、

キャスターをし始めて数年後だったと思う。

たしか “ゆとりある教育” が取り上げられた頃だったと思う。


ゴミの問題、海洋汚染の問題、二酸化酸素の問題…食生活や住環境と

地球環境を扱った作品だった。


米国のカール・セーガンや他の科学者から

環境破壊に危機が発せられる前だったと思うので、

先駆的な番組だったと思う。


「きみは曲がりなりにも電機について学んだ人間じゃないか」

それが科学の発展に逆行するような番組に出演していることは、

可笑しいじゃないか…こんな話だった。


これに対して、何を答えたかは覚えていない。

あれから凡そ30…、彼からの電話だった。


「だいぶ前、君がやっていた番組があったね」

この話から始まって、「あいつは死んだか・・・」などの四方山話も織り交ぜながらの数十分・・・


猛暑、大雨などに襲われる毎に聞く、

「今年はちょっと異常気象ですね」

この言葉が、毎年のように繰り返されることは、

環境は年々悪化し続けていることだ…ということ。


「しかし、あの時は、あれしか選択の道は無かった」

というのだ。


だが、「逆行するといわれるような番組を、

せっせせっせと作っている道もあった」

ことも確かだ。


今はどうだろう。

「今こそ、しなければならない、

今歩かなければならない道は、

厳としてありはしないか・・・」


受話器を置き、

「では、何を?」

環境悪化を叫ぶのはいい。

だが、それを防ぐには何が必要かを

もっと具体的に示せないか。

「未来の幸せのために」

などと言うのは簡単だ。


具体的な提言が必要ではないのですか・・・


えッ?・・・あのような番組をやっていたんだから、

何か提言くらいできるだろうって?


う~ん、

(小さな声で)だから、芝居などやっているのかなァ・・・


今度芝居をやる時には、彼も来てくれるそうだ。

クチコミネタ:次期総理は誰がいい?

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うっかりは恐い。

クリックしてから、
「弱ったなァ」
これ、正直な気持でして・・・

麻生本命から、一夜にして福田本命に・・・
競馬場じゃない・・・

大体、自民党に理想の総理大臣なんていませんよ。

・・・と言って、民主党にもいないのでは?

福田だ、麻生だ、額賀だ…
小沢だ菅だと・・・お遊びならいいが、
真剣に選べといわれると・・・どうですか?

自民党員でも民主党員でもないので救われると思っちゃ間違いだ。
結果…日本の首相になるのだから。
つまるところは、逃げられない選択なのだ。

だが・・・が、これ正直なところ。

でも選ばなきゃならないのです。
日本人に投げつけられた課題なのだから。

このブログは、そこに着目した問いに違いない。

勝手に、そう思って・・・考える。

いま最も求められているものは何?
その求められていることを本当にやれるのは誰だ?
総理大臣でも政党でもない。
国民である自分たちじゃないのか・・・?

誰にも任せられない…とすれば、
そんな連中を国政の場に送った責任が問われる。

テレビのバラエティにまで揶揄される国政だ。
いっそのこと、バラエティそのものを国会に持っていったらいいじゃないか。
太田光内閣総理大臣が日テレのスタジオから、
国会に場所を移すだけじゃないか・・・

こんなバカなブログを書くことになったのは、
「つい、うっかり」からだった。
こんなブログで助かったのだ。

うっかり投票した・・・これはもっと大変なことだということを、
今回はシミジミと身にしみた感じである。
うっかりは…恐いですぞッ!