黒澤明監督の映画「生きる」があった。
こんなはなしをするのは、
コインランドリーに洗濯に行き、
溜まりすぎた洗いものを洗濯機に投げ入れている時、
もう一人いた客の一人が、
乾燥した衣類を畳んでバッグに詰めながら、
「いのち短し、恋せよ乙女・・・」
半分、愚痴でもこぼしているような声で歌っていた姿を思い出したからだ。
つい、どんな親爺が・・・
とおもって見てみると、
我輩と同じくらいの年齢だろうか・・・
歌うんなら、もうちっと一生懸命になれ・・・
そんな文句の一つの言いたくなるような哀れな声で・・・
「熱き血汐の」でもないだろう・・・
なんて思ったが、
もしかして、この親爺も癌を宣告され・・・
一人寂しく洗濯に来ているとしたら・・・
こんな思いがフイッと頭をよぎり・・・
「懐かしい歌だなァ」
と言った途端に、「すいません」と言ったまま
歌をやめてしまった。
「続けてよ」
というと、
「いや、恥ずかしいですよ」
「何を言ってるの、ぼくが声をかけなきゃ、ずっと歌ったんでしょう?」
だから続けてくれと言ったのだが、
洗濯物を全部詰め終わってしまったようだ。
「じゃ、お先に・・・」
そう言うなり、行ってしまった。
志村喬の演じる初老の男が、
定年退職を前に、癌であることを知らされ、
自分の最後の仕事になった、
新しく出来た公園のブランコに乗りながら歌う曲だったと記憶している。
コインランドリーで中断してしまったお詫びに、
歌詞を書こう。
「ゴンドラの歌」
いのち短し 恋せよ乙女
紅き 唇 あせぬ間に
熱き血汐の 冷えぬ間に
明日の月日はないものを
いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色あせぬ間に
こころの炎 消えぬ間に
きょうは 再び 来ぬものを

