デザインができました。
いち早く・・・・こちらで!
価値ある100円・・・
さまざまな100円ショップがあります。
これ意外に重宝で、便利に使っていますが、
先日、この¥100ショップで食料品を仕入れました。
レトルトパックの雑穀米と麦飯、
各種ドレッシングや納豆・・・等々。
それに加えて冷凍食品を5~6種類。
その中から、今朝はサンマを焼いて食べました。
ご飯に、ちょっと小ぶりだがサンマ2尾、納豆とキムチ
この後開けた缶詰は門島県立薩摩高等学校の製品「黒豚味噌」
奥が僕の漬けたキュウリの・・・
ここではサンマを誉めたい。
北海道産のサンマの冷凍パックで、
2尾で100円です。
ちょっと小ぶりとはいえ美味しかったですねェ。
ご飯も100円で、キムチは半分食べたとして、
せいぜい400円以内でOK!
昨日、100のモヤシを3日かけて食べ終わり、
今朝は野菜不足・・・
このモヤシ、普通の10袋分で105円。
3日間食べ続け、最後はキムチ漬けにして冷蔵庫へ。
シオーナ(千葉県産)何処やらでは¥400だったが行きつけの
スーパーでは105円・・・
シオーナというだけあって塩分不要のしょっぱい野菜。
ぼくのような貧乏人には助かる食材です。
ぼくはレジで支払する時、必ず呟く一言があります。
「価値ある¥100食品に感謝だねェ・・・」
レジのお姉さまもニッコリ微笑んでくれます。
ぼくは本来役者だと思っています。
演出なんて柄じゃない・・・劇団で演出をしながら、
実際に、自分の脳内で行きつ戻りつしている考えです。
劇団に僅かの人を除いて役者といえる人が何人いるか・・・
こんなことを考えざるを得ないのは悲しいことです。
しかし、大劇団といわれる劇団を見ても、
これは全く変わりはありません。
テレビなどに出演していれば自分を役者として
名実共に認められたように考える人もいます。
「だったら、それのできる所に行って出ろよ」
そう言いたくなります。
うちの劇団には、
まだスタート間もない俳優女優が多くいます。
いま深刻なテーマを持つ作品の稽古に入っています。
その中の役を演じる80%がこの役者たちです。
立ち稽古に入りました。
「どう演じようか・・・」
真剣に考えてきているのだろうと思います。
しかし難しい。
日常生活で、人として生きているはずの彼等が、
稽古で役の人物を演じると、
「人」であることを放棄するのです。
何故だろうか?
ぼくは何もいいません。
「何も言われないから、これでいい」
と思っているとすれば大間違いで、
そんあ風に思われては困るのです。
まず、人として感じて欲しい。
人としてしゃべって欲しい。
人として動いてほしい。
それからが役者と演出の関係が生まれてくるからです。
「台本の活字を読むな」
しつこく言ってもなかなか活字から抜け出せない・・・
「はい」
「えっ?」
という一言も、
何に対して、何を感じ、何を思ったから、どうしたいと思って、
「はい」なのか「えっ?」なのか・・・
「役者の仕事って大変なもんなんですね」
とおっしゃる方もおありでしょうが、
「演出の仕事って、もっと大変な仕事なんですね」
だからでしょうか・・・
「演出です」とはなかなか言いにくいのです。
以前、新劇合同公演というのがありました。
一昨日、
「ね、合同公演復活しない?」
という話が飛び込んできた。
「今はやってないの?」
「なくなって久しいよ」
こんな話から、数劇団に呼びかけをしてくれるという。
しかし難しいかもしれない。
作品は決まっても、演出だ出演者だとなると、
折り合いが難しくなるだろうと思う。
1970年代に、劇団民藝をやめた翌年、
有吉佐和子さんが翻訳した作品
「ケイトンズヴィル事件の九人」を上演したことがある。
出演者に、宇野重吉さん、滝沢修さん、芦田伸介さん、
緒形拳さん、杉村春子さん、小沢栄太郎さん、
中村翫右衛門さん、野沢那智さん・・・等々、
この頃の合同公演では集まろう筈もない人たちが
集まってくれたことがある。
「あれはすごかったねェ」
・・・でも、今の演劇界で、
「あの人たちの名前を知っている人は殆どいないよ」
「まさか」
実はそうなのだ。
あれだけの大物が、
いい作品だからと言って集まってくれた時代とは
全然違うからねという話になったが、
「でも、希望を持とうよ」
こう言われたら「否」とは言えない。
「また話そう」
こう言って別れた。