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演劇人生

今日を生きる!

「母が25年前に結婚したときの司会者が伊藤さん」
7月に娘の私が結婚するので、
司会を・・・という申込みを頂いた。
所属事務所の営業から、
「このホテルはオープン10年だから、何処ですか?」
・・・と言われたが、これだけは分からなかった。

25年前から数えても、
2,000組を越える人たちの司会をしている。
「会えば分かる?」
「さァ・・・正直言って、無理かも知れないね」
「司会者の選択では、Goさんひと筋」
だったと聞かされたが、
今更ながら数10年前の司会を思い出してみた。

あの頃は、
「暖かい拍手をお2人に・・・」とか、
平気な顔をしていう司会だった。

思い返すだけで恥ずかしい話だが・・・

しかし、親子2代にわたってオファーが来るとは
嬉しいじゃないですか。

ぼくが担当して結婚したカップルの
90%以上上手くいっている(と思いたい)。
山手線の電車の中で
大きな声を掛けられたことも数回ある。
今年の3月、
自転車で赤坂見附を通りかかったとき、
両手を振って止められて、
「覚えてる?」
「おれだよ。ホラ!」
といわれて生返事をした。
「正直言って、思い出せないでしょう?」
と心を読まれた。
途端に思い出した。
20年前のカップルが揃いも揃って、
「私・・・」
「おれ・・・」
と名乗ってくれてもなかなか思い出せないものだ。
「あのホテルはもうなくなりましたね」
銀座にあった某ホテルだった。
さて、25年前に結婚して、
父と母になり、
娘を嫁がせる親になった2人に会いたい。

「変わりませんね」
・・・な~んて、
あたりまえの挨拶から始まるのだろうけれど・・・

先週の土曜日、

三浦綾子さんのファンのオフ会、

「光綾の会」の会合50回を迎えて、

ささやかなお祝いの会が催された。


私達の劇団も、

三浦綾子さんの作品の劇化を中心課題にして

演劇活動を続けている関係で、

9年前からお付き合いを続けている。


・・・といっても、

三浦綾子さんといえば熱心なクリスチャンだったので、

劇団も伝道を目的にしているように思われるが、

劇団員にクリスチャンは1人しかいないし全く違う。


三浦綾子さんは、戦時中小学校の代用教員から、

正規の教員となり、懸命に戦時教育に携わった。

子ども達に天皇の民としての教育を叩き込んだ。


そして迎えた敗戦。


自らが青春の情熱をつぎ込んだ教育が、

欺瞞と過ちに満ちたたものであったことに直面し、

その空虚さに気付いた彼女を悔恨と病に突き落とした。


結核に冒され、脊椎カリエスを病み、

7年間のギブスベッド生活を送ることになる。

その病が癒やされて後も大腸癌や心臓病等々に

悩まされ、病気の問屋とまで言われながら、

朝日新聞の懸賞小説に応募した「氷点」が選ばれ、

小説家の道を歩み始めた。

劇団生活
私達は、その生涯の殆どを、

命と向き合い生きてきた彼女の作品の全てに、

生きることの大切さ、

命の尊さの説得力の強さを感じたのである。


キリスト教に救いを求める読者もあるだろう。


ぼくは、命を授かり、今を生きているということを

自らに感じることに、すでに救いを求るべきは、

それは自分の存在なのであるという考えをもっている。


そして、その存在は身近に在る多くの人々や、

手にするあらゆるものによって育まれ、養われ、

成長し続けて今を生きている・・・

そう思うのである。


この夏、

野方区民ホールで「壁」を上演する。

これは、三浦綾子の「壁の声」を脚色したものだ。

ここでは、ぼくもみんなも、全て善人にであると同時に

罪人ではないのかという疑問を呈したいと考えている。


劇団生活

折りしも、裁判員制度1年である。

そして、三浦綾子さんのファンの集い50回の年である。

日本だけではなく世界の国々は混乱に満ちている。

きな臭ささも感じられる。

人間は、何故、人間として生きることを放棄したい

衝動に駆られるのか・・・

もっともっと、真剣に考えていいのではないだろうか。

あの子は気づいたかどうか分からないけれど、

思い返してみれば悪いことを言っちゃったかも・・・」

コンビニのイートコーナーで

女子高校生2人が交わしていた会話である。

「いいんじゃない、あの程度なら」

「・・・だよね!」

「しょうがないよ。最初から泣いたような顔なんだから」

「でもさ、親ゆずりって言っちゃったんだもん」

「・・・・う~ん」


ここで、2人とも黙り込んでしまった。

盗み聞きしているわけではないが、

凡その内容が分かってきた。

それが決定的になったのはこの後である。


「来た」

「こっち見られた?」

「う~んん」

「カバン、カバン・・・」

コンビニの窓を通して目の前の舗道が見える。

信号待ちをしている人や、

通り過ぎる人が2~3メートル先に見えるのだ。

2人はカバンを壁にしてかくれ、

来たという制服姿の女生徒をやり過ごそうと

姿勢を丸めた。


ところが、その女生徒は目の前を過ぎて、

右手にあるコンビニの自動ドアから

入ってきた。

ひとりは、「ヤバッ!」と言い、

慌ててノートを取り出し、

如何にも2人でノートを見ていた風を装った。


女生徒は目的の買い物をして、

2人に気付かずに出て行った。

途端に2人は笑って、「危機一髪!」

「噂をすれば・・・なんだっけ?」

「噂をすれば人来る?」

「・・・じゃないよ。影来るかな?」


・・・とか何とか言い合ってはケラケラ笑い合っていた。


女生徒に「気付いたかどうか」と話していた内容が

何となく分かった。

普通の表情が、

顔の造作のせいで泣いているのだ。

一見して「あゝ、このことか」と分かった。


これは失礼という以上に、

あってはならないことじゃないのか。


自分にとっては「ちょっとした失言」であっても、

相手にとっては刃で斬り付けられるもの・・・

そんなことは往々にしてあることだ。

自分の犯した行為の殆どは、

あっさりと許してしまっているかもしれないが、

同じようなことを人に言われると許せない。


こんなことが多いようだ。


鳩山さんの、「最低でも県外」ということばも、

「申し訳ありませんでした」

で済むものかなァ・・・

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マイフレンドにも寝つきが悪かったり、
夜中に目を覚ましては・・・
寝不足になったりしている人がいる。

「羊が1匹、羊が2匹・・・」
を言い続ければ寝られるという人もいるが、
・・・どうだろうか。

ぼくなど意地汚いのか、
何時の間にかマトンが100枚マトンが101枚・・・

「眠れなくて死んだ人はいない」
これも、ぼくの哲学。

ところで大学生時代、
国会にデモをかけ、
終って大学に戻っては芝居の稽古。
稽古が終わって大道具づくりで徹夜・・・
これを3日間続けてクッタクタ・・・

(当時都内全域走っていた)都電に乗って国会に
行こうと・・・飛び乗ったきり意識が飛んだ!

吊り革に捕まった途端に寝入ってしまったらしい。
運転手さんと車掌さんに運ばれて、
職員の休憩所に運ばれたらしい。
(「・・・らしい」というのは、自分に記憶がないので)
何時間も昏々と寝続けたらしい。
フッと目を覚ますと、
「学生さん、起きましたか?」
声がかかった。
「ここは何処ですか?」
話によると、何度か起こしてくれたそうだ。

でも起きていず、
「今日で、丸々2日です」
「えッ、2日・・・何も食べずに、オシッコもせずに?」
すると、
「オシッコにも行っていましたし、
昨日はラーメンとチャーハン食べて、
今朝はカレーーライス食べましたよ」

「ほ、ほんとうですか?」
全然覚えていないのだ。

食べ終わってはコロンと眠る。
トイレから帰ってきてはコロン・・・
だったのだという。

その全てを覚えていないのだ。
ぼくの24時間、
いや48時間の人生はどこに消えたのだろう。

若者に「眠い!」はあっていい。
眠れるだけ眠ったほうがいい。

年とると、「死んでからゆっくり眠れ」
といわんばかりに睡眠時間が短くなる。
この数年、、まとまって5時間は眠っていない。

だから、しみじみと・・・
6時間は眠って見たいなァ・・・と思う。

さぁ、今夜こそ・・・6時間に挑戦するぞッ!

日が変わりました。
昨夜はMichikoさんの無理だのコメントに逆らうように
午前2時にベッドには入った。
・・・が、テレビを30分のOFFタイマーにしたのだが、
結局は寝付く前にプツン!・・・・ムムム?
「もう一度点けてみるか」
いや、我慢しよう・・・
そこで寝入ったらしい。

・・・窓から差し込む明かりに目が覚める。。。
「うん・・・?」
6時40分・・・・
やはり5時間も眠っていない・・・
「あゝ、おれは眠りを奪われてしまった」
年齢が奪うものは若さだけではない。
容赦なくあらゆる物を奪っていく。

いま現在、奪われていないものがあるとすれば・・・
「命だ!」

この命だけは奪われないように・・・
燃やし続けようではないか!

衝撃的な映画でした。
デカプリオの深さを感じる演技が魅力で、
彼の眼を通した心理の葛藤に・・・
拍手!

名優入りだなァ・・・
バートンやデニーロと並べたい・・・・



思いです。

映画の前に、
ラストシーンは他言しないように・・・
というテロップが流れたので、
ここでは敢えて、何も書かない・・・
筋書きの何も加えない。

重たい映画であるということだけ。


そういえば、今度上演するぼくらの
お芝居も、無実の死刑囚の内容で、
じつに、重~い・・・この映画以上に、
重~い作品です。