二宮さんの主宰する
劇団エムズカンパニーの
ファミリーミュージカル
GOD CHILD ~ 思い出の使い方 ~
を拝見してきた。
パワフルな、見事なアンサンブルで、
狭いステージを埋め尽くしていた。
久々に観たミュージカルだった。
身体全身を活かしきって踊る小さな女の子の
豊かな表情に釘付け・・・になった。
熱風の中、駅の降り口を間違えて
遠回りした汗も忘れて魅せられた。
二宮さんの主宰する
劇団エムズカンパニーの
ファミリーミュージカル
GOD CHILD ~ 思い出の使い方 ~
を拝見してきた。
パワフルな、見事なアンサンブルで、
狭いステージを埋め尽くしていた。
久々に観たミュージカルだった。
身体全身を活かしきって踊る小さな女の子の
豊かな表情に釘付け・・・になった。
熱風の中、駅の降り口を間違えて
遠回りした汗も忘れて魅せられた。
一昨日から快適指数50%に!
不快指数が減少した。
扇風機を手に入れた。
昨年からエコと経済性を考え、
エアコン不使用を続けてきて・・・
が、耐えられない。
数百円の扇風機ではもたず、
現品限りの扇風機を手に入れた。
熱中症で死亡する老人の話は深刻だ。
この仲間になるのはやめたいという思いで・・・
昨今朝夕は結構涼しい。
この分では、エアコン不使用OKそうだ。
みなさん、熱中症に気をつけましょう!
ブログネタ:納豆は大粒?小粒?ひきわり?
参加中私は小粒 派!
ソムリエ・・・
本来は、食事にあったワインを選んで
お客さんに提供する資格者をいうらしい。
フランスでは国家資格だそうだが、
最近は○○ソムリエという名称がやたら目につく。
だったら、わが国の食文化を代表する納豆吟味の
国家資格として納豆ソムリエがあってもいいかも・・・
ところで、自称納豆ソムリエ、
最近極上の納豆を発見したそうである。
その納豆は菌糸よし味よしだが、
食べたところが某牛丼店・・・
何度も「美味い!」を繰り返しても誰も注目しない。
「この納豆は美味いッ!」
と、具体的商品名を口にすると、
冷ややかな眼が返ってきたという。
そして耳に入ってきたのは・・・
「牛丼店で納豆美味いとはバッカじゃねェ?」
という衝撃的なささやき声だった。
そうか・・・納豆ソムリエは一つ大きな過ちをおかしていた。
牛丼ソムリエの資格を持っていなかったのだ。
だが彼は最後の抵抗を試みた。
「牛丼を売る店が、これほど美味しい納豆を、
何処から仕入れているんだね」
この問いが発せられると、
数人の客が、「アラカルトで納豆一つ」
と注文の声を上げたのである。
その数分後、
「これは美味い」
「確かに美味い」
その声に慌てたのは店員だった。
俄かに冷蔵庫に走り何かを調べ始めた。
納豆ソムリエは小さな笑みを浮かべながら、
「この製造元を調べてくれないか」と、
店員の背中に問いかけた。
数人が同調した。
「ね、何処の納豆?」
答えは「不明!」である。
納豆ソムリエは、
「これほど美味しい納豆は何処の店舗を探してもなかった。
製造元を調べておいてくれないか」
こういうと、お金を払って出て行った。
確かに、某牛丼店の納豆は、
何処のスーパー、食料品で売っている
納豆よりも美味かった。
その・・・豆は小粒であった!
あの納豆ソムリエが、その店を再訪したか定かでない。
我輩も、
あの納豆が何処で作られたか、
その店の前を通るたびに、
気になって仕方がないのである。
「壁」で、
死刑囚の母を演じた三井茂子。
先々月76歳になった。
が、入団は昨年である。
彼女の夫君は歯科医師だった。
(他界しているので「・・・だった」とした)
戦前・戦中は、無医村の知床に入り
医療活動を続け、戦後鶴ヶ島で開業したようだ。
彼女は夫君亡き後、
様々なものに挑戦をして、
生活を襲う虚しさからの脱却を試みたが、
自ら、その痛手は計り知れないものだと、
今更ながら気付かされることになったらしい。
夫との生活から受けていた充実感に浸りきっていたのかもしれない。
そんな中、今回の「壁」でギターの男を演じた
佐久間信行くんが、
劇団アドックの横浜公演作品「雛」の観劇を誘ったのだった。
三井茂子さんの夫君とギターを習っていた関係からの誘いだった。
人との結びつきは異なもので、
佐久間信行くんの26年前の婚礼司会をしたのがぼくで、
以来、思いもかけない場所でバッタリ会うなど、
不思議といえば不思議な関係でもある。
三井茂子さんにとって、
横浜150年祭の「雛」は
彼女に生きる勇気を与えることになった(らしい)。
「よし、これからの人生を精一杯生きよう」
ここから劇団アドックの門を叩き、
今回の「壁」に出演することになったのである。
死刑囚多賀谷誠と母親との関係は、
この作品の心臓部分でもある。
三井茂子が生きてきたこれまでの人生を
この舞台を通して生きて欲しい。
既に76歳になった新人、三井茂子は、
夫君から受け継いだものの尊さの再発見にもなったに違いない
今回の出演をどのように受け止めているのか・・・
ここでまた紹介できるかもしれない。
電話を頂いた。
http://profile.ameba.jp/gekidan-adhoc/
の感想文を読んだという人からである。
「使命を全うし続けていますね」
こんな言われ方をしたのには驚いた。
「・・・・!?」
「次は来年ですか?」
「いえ、別に使命を果たそうなんて・・・」
劇団が追い続けているテーマは確かにある。
それに沿う作品を上演してはいるが、
それを課せられた使命などと考えたこともなければ
思ったこともない。
自らが、自らに課している問題はある。
「人としての生き方」とか「在り方」とか・・・
日々の生活では、
それらを課題にして生きるのは難しい。
挑戦しようとするのだが難しい。
これでいいのかという生き方が続いている。
上演する作品を裏付けるような生き方など
出来ない人間ではないかと思う。
だから「使命を全うして」もしていなければ、
「使命」そのものが何たるものかも知らないのだ。
今回の「壁」も、
「裁きとは何か」を訴えたつもりはない。
ぼくは「こう思う」ともいっていない。
「裁くとは」どういうことなのだろう・・・と、
考えたいと思うお芝居になっていたのは確かだ。
「それだけ?」
と言われれば、「それだけ」なのかも知れない。
観る人がどう感じるか、思うか・・・それは別問題だ。
電話の人は拍子抜けしたようだ。
「あら、ごめんなさい。お湯が沸いたようです」
と言って電話を切った。
2010年の、
暑い8月15日が終わろうとしている。