東京裁判を舞台にした作品の稽古でのひとコマ。
「あァ・・・きみがどれ程上手くしゃべっても駄目なんだよ」
大きなため息をついて、
「どうしようか・・・」
頭を抱える。
「君の声はお茶漬けサラサラの声でね・・・」
役の人物は日に2回はステーキを食っている奴の声だというのである。
そのステーキも、
「草履みたいに厚くてデッカイ奴だ」
そして、
「いまさら直せと言っても無理だろうけどさ」
稽古はここで終わった。
その日から、
言われた役者は昼夜ステーキを食べた。
何回か付き合ったが経済的に続かない。
数日後・・・
「ま、日本人のお前がイギリス人になれるわけがないからな」
と言った後、
「五、六年ステーキを食ったところで変わりゃしねぇから」
食い始めて10日もたっていないのに、
5~6年食っても変わらないといわれた彼。
ただ唇をかみ締めたまま何も言わなかった。
私はロシア人検察官だった。
「声じゃ芝居は出来ないんだよ」
といわれた。
「声は聞こえど、ことばは見えずって奴だ」
大きなあくびをして、
「自分で、いい声だなぁとか思ってやしねぇか?」
「いえ」
と言ったものの、
「彼と比較したら、俺の声はステーキの声だ」
と密かに思っていた。
演出には、それが見抜いていたのだろうか。
我が師匠という人は多いと思う。
戦後の映画界では二枚目俳優として活躍。
以後、演出を兼ねて役者でもあった。
寺尾聡さんの父君である。
