ぼくの望みを三つ、何でもかなえる代わりに
死後の魂を悪魔に捧げなければならない。
魂を捧げるとは、どういうことになるのだろう。
ぼくは無神論者だし、死後の世界も信じていない。
・・・しかし悪魔ともあろう者が、
人間の死後の魂を手に入れるために、
望まれれば大統領にもしなければならないだろうし、
10億や100億だってねだられるかもしれないのだ。
そこまでしても手に入れたい魂とは、いったい何なのだろう・・・
こんなことを考えていると悪魔は言った。
「下手な考え休むに似たり・・・将棋や碁で言われる言葉だ」
だが、君のような慎重な人間に会うのは珍しいと言ってから、
「いや、褒めているんだよ」
そう言って真剣な顔を見せ、
「一日二日時間を上げますから考えてからになさいますか?」
随分丁寧に聞いてきた。
「いいんですか?」
「お前さんは特別だ。いや、人間にしておくのは勿体ないよ」
ははァ・・・悪魔の弟子にでもなれってことか?
「いや、我輩は弟子をとらんよ」
やはり心を読まれていた。
「え、だってさっきのラーメン屋のお姉ちゃんを弟子にしたんでしょう?」
「いや、我輩は悪魔だよ。嘘もつくし欺きもする。
それをかいくぐれて初めて我輩に勝てるのさ」
ハハハハハ・・・・と、辺りをはばかりもせずに大声で笑った。
「じゃ、明後日の今ごろ、
東京ミッドタウンの裏の檜町公園の東屋で会おう」
その場所を知っているのかも聞かずに、
言うが早いかすたすたと歩き出した。
「ちょ・・・ちょっと待って下さいよ」
「え、やめたいの?」
「ハハハハ・・・人の心を読めなかったじゃないか。
そんなことは考えていなかったよ」
いささか気を強くして言ってやった。
「そうか、よかった。じゃ明後日!」
「・・・・・?!」
悪魔の姿はかき消すようにいなくなっていた。
煙も湯気も出すことなく、奴は消えた。
2日間の余裕を得た。
さあ、どうすれば悪魔を出し抜けるか考えなければならない。
六本木の信号が青に変わった。
赤に変わる信号を無理して左折してきたバイクが
ぼくの目の前すれすれを通り過ぎた。
「おい、気をつけ・・・?!」
怒鳴るつもりが、
乗っていたのが悪魔だと分かり言葉尻を呑み込んでしまった。
渋谷のほうに向かう奴の背中は笑っているように見えた。
ぼくは奴に勝てるだろうか・・・・
「あゝ、悪魔と取り引きなんて、や~めた!」
と、どうして言わなかったか・・・と弱気が襲ってきた。
う~ん・・・交差点をわたりながら歯を噛み締めた。
切歯扼腕・・・である。
【続く】