「昨日、銀座で声をおかけしたんですよ」
昨日の午後、銀座三越の前で僕を見かけて、声をかけたというのだ。
昨日は、家をほとんど出ていない。
夕食を買いにスーパーマーケットに行き、
溜池にまわり、銀行によって帰って来ただけで、
銀座に足を向けたことはない。
今日は、明日のリハーサルのために埼玉県の某ホールに行った。
その会館の客席に座っていると、横の席に座ったご婦人に言われたのだ。
「丁度、明日はリハーサルでお目にかかるので、まあ、ご縁があると思って、
声をかけたんですよ。お時間があれば食事でもご一緒したいと思ったものですから」
すると、その僕は、「はァ、どうも」と言って、デパートに入ってしまったというのだ。
「いやァ、僕は昨日、銀座には行きませんでした」
「可笑しいわねェ…世の中にそっくりの人が3人いるとは聞いたことがあるけれど、
気味悪いわァ・・・だって、そっくりそのままよ」
・・・・・・顔を少し遠ざけたり近づけたりしながら、しみじみと見るのである。
「黒いバッグを肩からかけて、ゴールドっぽい携帯を手に持って・・・・
あら、そちらにあるバッグ、先生のですか? それに、そのポケットに入っている
携帯・・・ほら、ゴールドじゃない・・・」
ここまで同じだと分かると、
「いやだァ、先生…やっぱり先生だったんだわ」
・・・・そう言われるのも分からないではなくなる・・・
「おれは、ボケが入ってしまったのだろうか」
溜池まで自転車で行ったとばかり思っていたが、
本当は銀座まで行っていたのだろうか・・・・」
自信がなくなりそうになる。
お互いに、
「可笑しい」
「可笑しい」
で、話を終らせ、必要な打合せをして帰宅の途についた。
帰りの電車の中で、
反対側に座る7人の顔を見た。
2人として同じ顔はない。
「可笑しいこともあるものだ」
という思いから、
しかし不思議だ。
同じ人類として生まれてきて、
同じ顔は二つとない・・・・
これは奇跡に近いことじゃあないのか…と思う。
真正面の席が空いて、
窓には自分の顔が映った。
あの顔と同じ顔が、この世にいるのだろうか・・・・
会いたいものだ・・・と思う。
そっくりだという、その男に会ってみたい。
絶対に、何処か違うはずだ。
大宮から上野まで、
上野から東京まで、
正面に座る人たちの顔をそれぞれ見較べる。
違う。
きつね顔に豚顔、ひまわり顔に白菜顔・・・
里芋顔に・・・ねぎ顔・・・
あ、あれは・・・チワワ顔!
姉妹か・・・良く似ている二人だが、目のくぼみが違う・・・等々、
確実に違う。
僕には双子の兄弟もいない。
東京から赤坂見附までの地下鉄は、
正面には8名座っているが、全部違う。
それぞれ二つとない顔が並んでいる・・・・
オレは今、間違いなくここにいる。
・・・で、オレそっくりのオレは、今何処にいるのだろう・・・・
まさか・・・・
いろいろな考えが浮かんでくる。
あのご婦人に、また会いに行っている・・・なんてこともあるかも知れない。
怖~い話じゃないか・・・・
家に帰るまで、ず~っと、こんなことを考え続けた。