おはようございます。
創工房 あるてぱ 子どもアートクラス主宰、3色パステルアートインストラクターの薫です。
ブログを読んでいただきありがとうございます。
さて、前回の「抽象画 つづき」のつづきになります。
前回は少しだけ、イタリア留学について触れました。
なぜ抽象画を自分の作品とすることになったか、
そして抽象画を制作している教授を求めてミラノに行くことにしたこと、
など、お話ししましたが、続きのお話。
私はその後、ミラノにある、ブレラ国立美術学院というところに入学しました。
日本では考えられない常識の楽しい(?)入学試験に驚きつつも、
(裸婦のモデルさん初日30分以上遅刻、外国人の方々の感性あふれる制作などなど・・・)
無事に入学したのでした。
美術学院では、1年から4年まで(当時は6年まで留年を許されたと思います)
が一人の教授につき、授業を受けるというより、制作物を講評してもらい、
自分の制作活動に活かしていく、という流れで皆通っていました。
当時、自宅で制作したものや立体作品の写真(特にインスタレーションなど)を
学校に持っていき、皆で講評する、という教室が多かったのに対して、
私がついた教授は実際に教室で描かせる方針をとっていました。
(具象絵画の教授も同じスタイルの人もいましたが)
なので、毎日毎日学校へ行き、別の必須科目の美術史や版画、
選択科目の別の講義がない場合、朝から夕方まで絵を描く、
という生活をしていました。
しかし、教授が来るのは1週間に1度。
助教授が来るのが1週間に2度ほど。
そして、その教授についた1年目となる子たちはひたすらひたすら・・・
透明水彩という画材を使って何枚も何枚も描いていくのです。
私の教授は1年間透明水彩以外の画材を使わせない方針でした。
当時、なぜそんなことをしなければいけないのかわからず、
「教授選びを失敗したかな?」などど思ったものでした。
今まで描いてきた油絵を早く描きたい、
なんで水彩なんてやってるんだろう?というのが
私の正直な気持ちでした。
透明水彩は難しい画材です。
水彩画家の人にノウハウを教えてもらうならまだしも、
教授は一切指導しない。
ただ、できたものを
「これはまだだな」とか
「ましになってきたね」とか
言われるだけの世界。
まずは透明水彩を使いこなせない。
何をどうしたら作品として確立できるかも、よくわからない。
そんな、いらいらする生活がわりと続きました。
とにかく描かないとわからない。
物をみて描く具象なら物との対話から使い方もわかってきそうなのに、
数をこなさないとだめなんだな、と自分で心を決めて、
あきらめませんでした。
すると、毎日毎日、他の講義がなければ、A4サイズ程度を2,3枚、
最低でも1枚は描き続けた私にある時変化が現れました。
透明水彩って面白い!!楽しい!!!
描ける描ける!自分の描き方がわかってきた!
と思い始めたのです。
1年が終わるころには、
私の作品には今の私の作品の形のもととなった
色の流れを使った、自然からの声、心風景をテーマにした
大まかな形が出来上がっていました。
当時の稚拙な作品はこんな感じです ↓ ↓
こんな感じですが、私の中では自分の変化を感じていました。
絵具のにじみや重なりを一つ一つ作品につなげていく、
という作業で毎日が楽しくなったのを覚えています。
そして、今私がメインとしているのがやはり水彩画なのです。
人生のたった1年が私の活動の基礎を作った大切な時期だったんだな~
としみじみ思います。
今回はここまでにします。
次回は、油絵で抽象画をスタートさせたお話です。
少しお知らせを。
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という5日間のお祭りが始まります。(10/25~10/29)
癒しになる「色を触る」ということを無料でお伝えする予定です。
ご興味がありましたら、のぞいてみてくださいね。
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