恋文 女帝エカテリーナ二世 発見された千百六十二通の手紙/小野 理子
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番組は途中で挫折。

ただ山口智子は素敵だった。

特にファッション。

彼女の美的センスが良く現れていてとても参考になった。


本屋でこの本を探し購入するも途中で挫折。

ただ写真はすべて素敵だった。


どうも私には身を焦がすような「恋」というものが苦手なようだ。

恥ずかしいという気持ちが真っ先に出てきてしまう。

失恋の影響かしら・・・?



ただ山口智子の「母性で愛する」という言葉に異常なほど共感した。

私が相手に対して抱く愛は母性であったのかもしれない。

自分が愛のない冷血な人間だとは思わない。

むしろ涙もろい。

ただ「愛」だの「恋」だのいう話にはげんなりしてしまうのだ。

そう、これは「母性」。

一人で納得し解決した。


この本にも載っている鮮やかなグリーンのワンピース、ページ最後のフォーマルドレスが特にお気に入りである。

さあ、けちけちしていないで買い物の旅にでも出なければならないようね。

昨晩、夕食をとり終えて突然の腹痛が私を襲った。

これがまれに見る激痛で思わず床に倒れこんだ。


一晩寝ればインフルエンザからも回復してしまうほど私はタフなはずであった。

少々の腹痛は「腹痛」とは言わず、微熱も「発熱」の部類には入らない。

体調不良=気の緩みと自分を戒めてきた。

我ながら男勝りの精神力!!


その私が今回の腹痛に音を上げてしまった。

しかし身悶えながらもなんとか家事をこなし、さっさと布団にもぐった。

もぐったはいいが寝付けない。

朦朧としながら朝を迎えた。


最近職場でのストレスが尋常でない。

腹痛が起きて当たり前である。

価値観が、どうも違いすぎるらしい。

一緒になってられない。



上田義彦写真集 at Home/上田 義彦
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NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でその人は「生命を撮りたい」と言った。

桐島かれんの旦那である。

つい最近まで名前も知らなかった。


「at Home」での生命の連鎖、始まりがあれば必ず終わりがあることの、少し淡白な表現が自分の胸を熱く焦がした。

ありのままのようでありのままではない。

写真家の感受性なのであろう。


愛犬の死、子供の生、そしてともに育む生活の無限なる価値。

ひと時ひと時がダイヤモンドの如く光り輝き、「幸福」とは皆で創り上げてゆくことなのだと感じた。

子供たちの親にしか見せない表情は、胸をえぐられる思いがする。


愛する犬が永遠の眠りにつく。

お花を添えて送り出す、その様子が私の目に焼きついてしまっていまも離れない。


お疲れ様・・・・



布団にもぐると張り詰めていた全身の神経が緩む。

脱力、腑抜けの状態だ。

意識が朦朧とする中、自分の足に何かがのった。

小さな四本足のソレは私の存在を全く無視し、足からお腹に移動する。

ひょこっと顔を出す愛くるしい末っ子、愛犬である。

半分寝ている私の顔を凝視し、気がすんだのか私の傍らで丸まった。

この子は確かに生きている。

これだけは間違いない。


情報があふれ真実が埋もれてしまう現在の社会で、私は信じられるものを探している。

めったに顔を合わせない親族の死に涙した。

この人間がどのような人生を歩んできたのかも知らず、ただ血がつながっていると言うだけで。

自分が信じられなかった。

この人間と自分がつながりを持つ証明は。


この世に絶対など本当に存在するのか。

自分の絶対的存在に裏切られると、目に見えるすべてのものが抽象的に見える。

形のないものに絶対はないのか。



朝目覚めて足が重い。

起き上がるとうずくまってまだ眠っているもじゃもじゃがいた。

今のところこの子の存在は絶対である。

モーツァルトの「二台のピアノのためのソナタ」が頭から離れない。

というのも、この新作ドラマラッシュに見事に流され「のだめカンタービレ」を見てしまったからだ。

そういえば自分も「勝手に作曲するな」と師匠からこっぴどく叱られていたなあ・・・。

のだめをみて、まだ夢に希望に満ち溢れていた自分を重ねてみる。

小さい頃は人前に出てきれいな洋服を着て演奏することが大好きであったのに、いつからだろうか、大切なものが狂いだした。


音楽から離れた今でも幼い頃の名残か、クラシックに異常なほどの反応を示す。

聞き流すことができないのだ。

以前は「負け犬」と自分を責め、自暴自棄になっていたが、今は違う。

自分の波長にすんなり馴染む、とでもいうのだろうか・・・。

出来損ないが偉そうに・・・。

ただ過去の自分を否定せずに済むようになった。


このドラマのよい所はクラシック楽曲が随所にちりばめられており、多くの曲を耳にできる。


最近肌も荒れているし、お菓子を貪り食うし、豊かなお嬢さん像とはかけ離れている。

これではいけない。

月9は、週の初めだけれど、癒しの時間にしよう。

真っ赤に紅葉したもみじ、そしてお寺の数々。

通勤時、勤務時の時とは違った時間の刻み方である。

「癒し」と言う言葉がそこらじゅうに転がっている中で、きらりと光るものをみつけた。

そんなかんじだ。


最近思わず見入ってしまうCMが多くなったように思う。

「そうだ 京都 行こう」

このキャッチフレーズに乗って、おもわず旅に出てしまいそうである。

それほどまで病んでいるのだろうか・・・。


個室にこもって約二年が過ぎ、もうすぐ三年目に入る。

なんの変哲もない日々の連続で一体自分はどこへ行くのだろうと、時折不安になる。


「どらく」というサイトがある。

「ひとインタビュー」の第十三回は、桃井かおりだった。

この回のタイトルが「50歳になって自転車に乗れた こじゃれた、長生きにしたい」。

この人はお茶目だ。

お転婆娘とはこのような人のことを言うと思う。


基本的にお転婆娘はじっと部屋にこもっていい子になっていられないのである。

外に出て、しかも計画など何もなく、気まぐれに。

なんとなく旅に出て、なんとなく帰ってきて。

束縛が性に合わない。

おそらく。


そろそろ旅に出たい・・・。

かも・・・。

もっと!お菓子好きのためのパリ1週間の過ごし方 Part2
\1,600
株式会社 ビーケーワン

これも懐かしい一冊。

美味しそうなお菓子、ケーキが盛りだくさんで、次の瞬間ケーキ屋に直行している。

パリの名高い名店の紹介だけでなく市場の様子もたしか載っていたはず。


小林かなえさんの本は全種類集めた。

長風呂の私は浴室にこれらの本を持ち込んで、ごくりと生唾を飲み込みながらデトックスしていたものだ。


フランス菓子は見た目もきれいだ。

以前「フランス料理は芸術品として客に出される」という話を聞いたことがある。

お菓子にもこの精神は同じであろう。

鮮やかな赤や黄、緑、茶色。

そして質感。

生クリームのきめ細かさ、ムースのつややかさ、見ただけで味が広がる。

「美味しい=美しい」なのかもしれない。


実はお菓子作りを最近始めた。

ゼラチンの使い方が難しい。

完成品は決して高級な味ではないがかわいい子供のようなものである。

手作りは食べ物に愛着が湧くから良い。

覚えておきたい母の味
\1,700
扶桑社

家事をはじめて料理に開眼した。

以前は食べることのみでどういう食材からどういう過程でできあがっていくのか全く興味が湧かなかった。


料理雑誌、料理本は買ってはいた。

ただ見て食べた気になってそれでおしまいであった。

「つくる」ことを強要され始めたわけだが、今となっては何かをはじめる動機はどうでもよいと思う。

つくることで何かが満たされる。

何だろうか・・・。


母の本棚から何気なく取り出した本がこれであった。↑

栗原家では味噌汁に練りゴマを入れるようだ。

実際試してみたが、自分の「母の味」ではなかった。

確かに美味しいがただ味噌をといただけのシンプルなものの方が自分には合っているようだ。


「母の味」。

そういわれて思い浮かぶものは何か。

「食育」が盛んに言われている現在、人間の、いや生物の本能が狂ってきている。

食べて生き延びるのだ。

食べるためにつくるのだ。

当たり前だがこの常識が常識でなくなってきている。


私の母の味は「煮魚」。

そのほかにも色々つくってくれたが、一番染み入る味である。

誰にもまねできない、母にしか作れない味。


自分の味は、果たして・・・。

引越しの際、長年愛用していた掃除機が壊れた。

そこで買ったのが、CMでもおなじみの「吸引力の落ちない掃除機」。

どこがどのように違うのか、お手並み拝見。とばかりに早速使ってみた。


機械自体は軽いが造りは頑丈であった。音もわりとしずか。

吸ったごみが見えるのも良い。

ふむ、やはり高いだけのことはある。


以前父から言われたことがある。

「掃除機なんてどれも一緒で、高かろうが安かろうが使い手次第。」

確かに使い手によって効果が左右されはするだろう。

ただ一万のものと五万のものとでは明らかに違う。

使ってみて思う。やはりいいものはいいのだ。


この高い掃除機のおかげで、この私が掃除好きになった。

毎日かけないと気がすまないのだ。

おかしい。以前の私ではありえないことだ。


片付けも貯金と同じくらい苦手であった。

「売れ残り女の惨めな人生」を目の当たりにしたことがあり、焦って家事を始めたのだ。

いやいややるものだから当然ピカピカというわけには行かない。

やはり何事も「やる気」「忍耐」「継続」が必要である。

私にはそれが欠けているのだろうか。


やれやれ。

頑張って掃除でもするか・・・。


本日給料日なり。

通帳を見てにんまり、である。


私は貯金が大の苦手で給料日前は毎度のことながら苦しい生活を強いられる。

本屋で「女のマネー大図鑑」というタイトルの雑誌を手に取り、その一分後には購入していた。

雑誌は無謀なことを「当たり前」だの「必ずやっておきたい」などと謳っている。

自分の現状に危機感を覚え読む気になったものの、中身を見てげっそりした。

「おいおい・・・」

情けない自分の姿がそのため息と妙にマッチしていた。


もともと就職する気などさらさらなかった私が、会社で働けていること自体不思議なことであった。

ただよっぽど欲深い人間なのだろう。

今の悩みは「給料が少ない」「もっといい業種を」だ。

今の仕事をまともにこなせない人間が何を言うか。

頭では分かっている。そう、頭では・・・。


「そうなんだよね。でもさあ・・・」

これが平凡OLから出る当然の言葉である。

まずは戦力になるためのスキルであろう。

こちらを身につけねばならない。

ただ、やはり、これもこうだ。

「分かっちゃいるけど、ねえ・・・」


だめだこりゃ。