毎度です!
この2018年。始まったばかりですが、私は大きな決断をしました。
里帰りで行かせてもらった礼拝や、熱いクリスチャンの方々、牧師さんとの出会いの中で
私は本当に神様の声を聞けているのか?という疑問が大きくなっていました。
クリスチャンに大きな声で私は占い師なんですよ。なんて言えやしない。
聖書でも占いは良くないとありますし。
でも、私がしていることは占いではない。とよく言ってました。
貴方のやってることはまちがっていると私のセッションを受けたこともない人に書き込みされたり陰で言われると
貴方は何を知ってるというの?と逆に思ってました。
私のセッションを受けた人も「これは俗にいう占いとは違いますよね」と言われるたびに
私は誰かをただ励ましているんだと思ってた。
でも信仰が強くなってくると自分のしている事への矛盾がどんどん大きくなる。。
その占いで人を励ます事は神様の声をちゃんと聞けている事か?という問いで夜中眠れない日々が続いた。
3日ぐらい悪夢を見て。
「あなたにはサタンが憑いてるから近寄らないで。」といわれる夢を見たり・・。
2018年1月8日の夜中の2時にまた怖くなって目覚める。
その時に神様にお祈りをしました。
私がセッションをしていることは神様の求めている事でない事わかってます。
でも私がやっと自分の仕事としてここでやってくものを見つけて手放すのが怖いんです。
お金もこれで貰ってるし、自分の自由になるお金はこれからしか得れてなくて。
それが無くなるのも怖いんです。
でも神様の声を聞けてなかったってわかります。だからもう辞めます。
これからは神様にすべて委ねます。
って泣きながら祈って。
聖書を開くとイザヤ書48でした。
イスラエル人は神様の声を聞かんと自由にしすぎて神様が喝を入れるシーン。
最後通告ですよ!的に。
その後イスラエル人は神様の声に耳を傾けて行動するようになるという話。
私は、あぁ神様に今「喝入れられてる」って思いました。
今まで私がすることを黙ってみててくれて、私が聞く耳を持ったと分かった時に
しっかりと叱ってそしてギュッとハグされるような感覚というか。
その時も何件か占いの仕事があったのと、その1月は「はっちすたじお」で満月コラムの月でもありました。
今入っている分をやってから辞める事も出来るだろうけど、それをすることは違うと思ったので
全て断らせていただきました。
私は、どこかで。
占い師である自分を誇っていたし。特別感もあったし。
私にしか出来ないこれは私のタレントだと思ってたたし。
でも、占い師としてではなく、
これからはクリスチャンとして人を励ましていきたいと思います。
神様の声を聞けてる風だったなぁ。
聞けてると思い込んでいただけでした。
これからは全てにおいて神様の声を聞きながらやりたい。
なので次は何をするのか?はまだ分からない。
自分で決めないで神様に委ねて神様に任せて私を神様の計画で用いてもらおうと思ってる、
こおやって委ねることは簡単なようで難しい。
未来を全て神様に託すのだから。
でも、すべて委ねれたらすっごく楽になった。
でもその手放すまではとっても難しい。それは凄く分かる。
はれるや
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