毎度です。
私は占い師をしていたこともあって元々占いが好きでした。
私にとって占いはあくまでも参考にするもので、良いことを言われたらうれしいし、
嫌な事は一応メモするけどあんまり気にしないように・・・とは思ってても気にするのが人間です。
結局は占いでは人は救えないという結論に達したので占い師を辞めたのですが。
占いを通して励ましてほしい人が多いように思います。
今の自分の身の回りで起こっていることを聞いてもらって、
今のあなたでいいのよと受け入れてほしい。結局周りが悪くて自分は今すっごく頑張っているとか
今の自分を励まして癒してほしい。結局自分は変わりたいとは思わず周りがどんな風に変ってい行くかを知りたいと思っている人も多いでしょう。
それでその時は癒されたとしても根本的なところは解決してない。
結局は自分を変えようとしないと周りは変わらないし、今の自分の弱さ欲深さやプライドの高さを受けいれ、そんな自分に対して神様の前でしっかりと今の不完全な自分について話して
私を変えてくださいと伝えていく。
人間は自分一人で変わっていくというのは凄く難しい。でもそこに信仰というものがあれば乗り越えていけるという事を占い師になって占いでは救えないと分かったと同時に信仰では救われるんだと気づきそこに尽きるなぁ~って思ったのです。
だからといって、今占いに励まされている人を否定するつもりもない。
ただ私自身がもう占い師としては活動できなくなっただけの事なんです。
でも、あの時のお客さんがまだ私と(クリスチャンの私と)話したいなぁと思ってくれる事があるのであれば私は話したいと思います。あの時の様に占いを通して話すのではなくて
その人の話を聞いて一緒に祈る。
そんな風に私が用いられるのであればそうなればいいなぁと最近思います。
占いを辞めた時の話もまた書くとして。
ボチボチでやっていきたいと思います。
はれるや~
