「芸術」の存在てなんだろう。

 

あの時は、「不要不急」と言われ、生死にかかわることではない、のでなんとも言えなかった。けれど、人間は、「現実」だけでは生きていけない。


「実」と「虚」のむこうにあるもの、「記憶を想像化すること」と「想像を記憶化すること」のむこうにある「芸術」(部分抜粋)や「物語」が心をささえる。

 

 

 

この著書は、そういうまわりをゆっくり歩く。

 

***

夏目漱石の話が興味深かった。

 

今でも漱石は人気がある。

日本を代表する国学者と誰もが認める。

 

漱石が当時(明治時代)どういう存在だったかの話が心に残る。

 

 

(以下、内容部分抜粋)

 

日清日露戦争の勝利もあり、世間がイケイケドンドンみたいな風潮になって、

今でいえば、ワールドカップで日本が優勝し日本中が一つになって沸いているような気風(戦争とスポーツは違うのだが、と本著に明記している)のなかで、

漱石は『三四郎』のなかで、登場人物(端役)にこう言わせている。

 

「戦争は何のためにするものだかわからない」「こんな馬鹿げたものはない」

 

 

当時、

若者の立身出世がそのまま社会貢献になり、日本の礎となっていった明治時代に、

漱石は、

その時代の波にのりそこねた者の生きづらさにのみまなざしをむけたかった。

 

 

芸術には、世間の経済をリードする力はないかもしれない。

だが、生きづらさを抱えた人を根底で支える。

もっと言えば、

 

(抜粋)

生き延びるために芸術が必要なのではない。

生き延びることができないもののために芸術は必要なのだと私は思う。

 

 

 

時代のなかで生きるために、違和感への声を閉じて生きている一般人に、寄り添う。

 

 

 

著書:「生き延びるために芸術は必要か」

著者:森村泰昌

発行:光文社 2024/4第一刷