あなたはどこにおいでなのでしょうか

 

「反橋」「しぐれ」「住吉」は敗戦後の昭和20年代前半頃に書かれ、

その22年後に「隅田川」が書かれ、これが川端の生前発表最期の作品となっている。

 

この4作は、シリーズものとして書き始められてはいないのだが、それぞれが起承転結のない作品で、作品の冒頭と末尾が、上記の言葉で繋がっていく。

そして最後の「隅田川」だけはこの言葉で終わる。

 

それも今はむかしとなりました

 

 

「隅田川」は秋に発表され、その翌年の春、川端は自死した。

 

自死に計画性はなかったろうし、この作品も遺作として書かれたわけでもない。

だからこの”それも今はむかしとなりました”という、すっと抜けていく言葉に、自身のなにかをメッセージしているわけでもないだろう。

 

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50代の自分と、20代の自分と、70代の自分と、5歳の自分と、人生に起承転結があるわけでもなく、過去と現在が往還して、現実に足が着かないまま生きているような、架空の絵画の世界だけが自分の居場所であったり、過去の不遇な武人文人になぐさめられたりする。

 

 

”あなたの本当の母親が死んだのよ”と、母(実は実母の妹)から聞かされた、5歳のその時に、人生のなにかのタガが外れた。

 

物語はここから始まる。

なぜ言ったのか。その後も何事もなかったように母は自分を大事にしてくれる。

事情はだれもなにも言わないので、まともな形で生まれてないことだけはすぐに理解した。6~7歳の頃には、父と母と実母の関係になにかがあったのだろう、と思う。

この機知と感受性が自分のタガを自分で外してしまっていた。

 

 

自分を産んだ母親はどんな顔をしていたのだろう。

写真さえとうとう見ることはなかった。

夢の中でさえ姿をみることはなかった。

 

 

"肉親"という人生の後ろ盾がいなかった不憫さ。

産みの親を知らない哀れさ。

 

 

”血”が繋がっている、理屈ではないもの、ってあると思う。

 

 

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他の収録作品も全短編で、敗戦直後の昭和20年代前半頃の作品だ。

 

「女の手」「再会」「生命の樹」「夢」「生きている方に」「地獄」「北の海から」「たまゆら」「お正月」

 

全作品が、親兄弟や妻夫を亡くして、茫然と生きている人たちだ。

 

 

大切な人の死がそばにあり、生きている”魂”がどこかに行っているような、濡れた足を引きずって歩いているような、それでも自分の生活を立て直さなければいけないことはわかっていて生きていく虚無と、生きるための心のずるさと、躰のなかで魂が死んでいるような躰のがわだけの感覚や、魂が離れたまま生きるむなしさを描く。

 

 

作品ごとにそれが繰り返され、読み終えた時には、自分の中のなにかが落ちている。

 

 

 

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こうやって、癒される、こともあるんだと知る。

 

 

 

昭和20年~25年頃、たぶん誰も、人のことに構う余裕はなかったろう頃。

川端は戦後の混乱の中で、自分のように血筋を亡くした人たちに、心を寄せていたのかもしれない。

 

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江戸時代の終わりごろまではまだ、人さらいのうわさや、幼い子が売られたり、娘の身売りが多くあったという。

 

 

源氏物語のあんなに多くの主要人物がほとんどすべて孤児、少なくとも片親のない人達、だという。

 

 

不遇な古人に、古典に、古美術に、主人公は惹かれる。

そういうものに触れている時だけが、現実に繋ぎとめてくれると感じる主人公は、そのまま川端自身の思いかもしれない。

 

 

 

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22年後に「隅田川」を著し、この連作を終わらす。

 

”それも今はむかしとなりました”

 

 

戦後から20年が過ぎ、人々の暮らしも落ち着いてきた。

あの頃の混乱から、”孤”の虚ろの頃から、年月が経ち、20年の歳月がそれらの形を変えてくれているだろう。

20年があっという間なのか、長い重いものだったのか。

その頃の昭和の大人達は感慨に耽る暇もないほど、働いた。

貧しかったけど、活気があった。

昭和46年。

 

苦しみや悲しみはなくなることはないけれど、

”それも今はむかしとなりました”

そうやって、心に一区切りつけてくれているような、もうひと押し背中をそっと押してくれているような言葉にも聞こえる。

 

この、すっと、風が抜けていくような言葉に、

川端の愛情の目を感じる。

 

 

 

 

著書:「反橋・しぐれ・たまゆら」

著者:川端康成

発行:講談社 平成12年(2000年)9月発行