フィクションでも、創作物語でもない。

いわゆる刑事もの小説ではない。

 

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深沢さんは復員した21歳の時、就職難であったため、巡査を志願して警察学校に入って、民主警察なり、都市の警察署に転勤になり、留置場の看守になった。

さまざまな留置人を扱うようになって、すべて呼び捨てにしていたのだが、

村長さんが公職選挙違反で収容された時、呼び捨てにすることができなかった。

深沢さんは、どうしても他の留置人と差別しきらず、

それ以降、すべての留置人にさん付けをして呼ぶことにした。

その後、異動があったが昇任する気になれず、希望して交番勤務になった。

社会勉強がしたかった。

 

それから、捜査二課の係長として8年間勤務した。

そこでは知能犯や暴力団犯罪に取り組み、政治とカネの結びつきや政界の裏事情などを知ることができたという。

そして、自転車で捜査に出かけて橋を渡っていた時に顔面にしびれを覚えた。

顔面神経マヒだった。

身と心を休めたくなり、早期退職した。

その後、書いたものが取り上げられるようになり作家として活動していかれる。

 

著書は、その捜査二課で取り扱ったおもな事件記録。

事件を取り扱ってきた1人の警察官の物語として読んでもらえたら、と。

 

7件を取り上げている。

取り調べは、丹念に丹念に丹念に繰り返し参考人(被疑者)に問いかけていく。

同じことの繰り返しのなかで、同じ人間として心に触れる瞬間を感じる。

罪を認めるとき、罪を悔いているその心を見とどける。

 

ひたすら尋問は自分との向き合いにもなる。

戦争や捕虜の体験がなかったら、書く気にならなかったかもしれない、という。

 

切実な体験を経てるからこそ心に刻んでいる芯のようなものなのだろう。

 

「否認の壁」より抜粋

「そのような警察官がいたかもしれないが、代議士であるとか、犯罪者であるとか、金持ちであるとか、貧乏人であるとか、そのようなことで差別する気持ちはまったくないんだよ。呼び出しにも応じないし、行方をくらましたためにやむなく逮捕したが、犯人と決めつけているわけじゃないよ」

「むかしから、日本人は朝鮮人と言って馬鹿にしていたじゃないか」

「戦争中にはそんなことがあったかもしれないが、それだってすべての日本人がそうしていたわけではないと思うんだ」

「そんなことは信用できないね」

「信用してもらえるかどうかわからないが、特攻隊員になったとき朝鮮出身の仲間がいたんだ。沖縄の戦いでは朝鮮人の軍夫の人たちと一緒に戦ったり、壕を掘ったりしたんだ。未成年の隊員にも一日に二本のタバコが支給されたが、成人の軍夫たちには支給されなかったためタバコを与えていたんだ。戦争が終わって捕虜収容所に入れられると、日本の軍隊の組織は作用しなくなり、戦時中に部下や朝鮮の軍夫たちをいじめた人たちは仕返されていたよ。わたしのところに三人の軍夫が訪ねてきたとき、仕返しされるものと思ったが、それは壕掘りのときのタバコを与えていたお礼だったんだよ。いまは金平さんを取り調べる立場にあるが、将来、金平さんのお世話になることがあるかもしれないんだよ」

取り調べというより、人によって差別したくないということをわかってもらいたいため、こんなことをしゃべってしまった。

「そんなことを言われると、どうしたらよいかわからなくなってしまったよ」

「言い逃れを考えるのではなく、どのように生きたらよいか考えたらどうですか」

このように言うと、だまってうつむいてしまった。

 

 

著書:「ザ・ドキュメント 否認」(短編7作品「コンサルタント」「ニセモノ」「詐欺請負人」「否認の壁」「中小企業を育てる会」「あくどい稼ぎ」「汚れた町」)

著者:深沢敬次郎

発行:元就出版社 2015年第一刷