著書:「ベニヤ板の特攻艇と沖縄戦:附記・70年目に日の目を見た沖縄戦記」

著者:深沢敬次郎

発行:元就出版社 2015発行

 

『附記・70年目に日の目を見た沖縄戦記』作者不明より

 

 

深沢さんは、沖縄本島の米軍の収容所に1年3ヶ月いた。

 

自分の場所以外で何が起きていたのか、どんな作戦だったのか、本島がどんな惨めな状況だったのか、この手記を読んではじめて沖縄本島で何があったのかを知った。

 

 

この沖縄戦が、本土戦になる前の時間稼ぎとしての捨石だったこと、

そのために人民や兵士に残酷な思いをさせたこと、

援軍が来なかったこと、上空は敵機だけで軍機は一機もなかった

この本土戦の最期に隊の幹部等が自死したこと、

土地は均され平地となり小道は広大な道路となり島は一気に形を変えられていく。

 

 

その時読んで、深沢さんはどんなふうに感じたのだろう。

 

書き写したものをずっと持ち続けていた。

そして70年経っても、世の中に知って欲しいと思った。

 

 

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沖縄本島で捕虜になっていた収容所で、回って来た戦争手記。

深沢さんは、体力も回復し時間もたっぷりあったので、書き写した。

1万4千字におよぶその手記は、作者不明。

 

ずっと作者を探していたがとうとうわからなかった、と著書に書いてあるが、本当はどうだったんだろか。

 

いろんな手記がでているが、70年経ってもこの「沖縄戦記」は世の中にでていないことは確認した。

そして作者を探し聞いて回っている時、”この戦記は第32軍参謀の高官しか書けないのではないか”と言われたことも記している。

 

これ以上作者のことについては触れていない。

 

 

 

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第32軍高級参謀…1944/3/20任命された、八原博道氏。1945/6/25捕虜となる。

沖縄戦…1945/3/26(本島4/1)~6/23

(陸軍第32軍は、6/23軍司令官と参謀長の自決により消滅し、沖縄戦は終了した)

(9/7沖縄戦降伏文書に調印し公式に終結した)

本土復帰…1972/5/15

 

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(以下抜粋)

 

(冒頭はこんなふうに始まる)

南国の果てしない紺青の海原に夢の如く浮かぶ島々、波は珊瑚礁に砕け散り、南の風はアダンの葉末に揺れて居た。春夏秋冬深き緑に包まれ、苔古びし石垣、榕樹の葉深き石の道、夏は亦南国を表徴するが如く灼熱の太陽の下、真紅の合歓の花は家々の垣根に燦然として咲き誇り、可憐な薫りと共に小さな花々の琉球桜は真夏の山野を彩った。

 

 

(作戦について)

天一蹴作戦とは、皇国の興廃を賭けての一閃に非ずして本土決戦に備へての捨て石であり、之を完備なさしめる爲の戦いであったとは、其故待機せる三千餘機の航空機は、開戦前、内地に送還し、僅か本当に留めしは十数機に過ぎず。(略)軍司令官以下幾多の將軍参謀のみが其の戦いを対し得て外には漏れず、少数の兵員兵器を以て単身此の強敵に當たり、此を長期間本島に釘付けにし、本土作戦を完備なさしめて(略)

 

 

(戦が終わって)

戦止みし今、沖縄の山河にも秋色漸く濃く、覇者交替せる島には星条旗翩翻と翻り、両軍幾十萬の戦士の鮮血を吸ひ盡した沖縄の山河は、黙々として語らず。(略)静かに瞑目して耳を傾ければ、血汐に染みて祖国の爲に死んで行った懐かしき戦友の雄叫びが聞こえてくるではないか。聲なき聲我等の胸に時代の警鐘を打鳴らして我々の進むべき道を啓示して止まず。

 

 

(末尾)

国破れて山河あり。秀麗の山河連なりて白雲萬古の富士を仰ぎ、白砂青松の水麗しき祖国よ。誰待つ人は非ずとも永久に変わらざる山河あれば、生ける屍に鞭打ちて我等帰らん。想出多き琉球の島々よ。南の風は無心に薫り、何を囁き何を語らんとするか。蒼茫暮れなんとして夕陽は更に赫く、盡きせぬ思ひに心切々として千々に乱れて止まず。噫、天も哭け、地も哭け、移り行かんとする大いなる歴史は、哀恨限りなき人類の悲劇を呑んで大洋の彼方に沈み行かんとす。


 

 

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2016年、沖縄県与那国島では、自衛隊が配備され、有事を念頭に置いた日米共同訓練が行われているという。

 

また、離島の住民11万人観光客1万人の避難計画、訓練も進んでいるという。

 

 

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(抜粋)

(本土疎開について)

住み馴れた故郷を後にして本土とは云え、誰待つ人とても無き異郷の地に遙か魔の海を渡って疎開せねばならぬ島民の心は悲しかった。

遠き祖先より受継ぎ来る田あり、畠あり、故郷の山河に離れ難きは如何にせん。(略)

年老いし目に涙隠して懐かしの故郷を去るのであった。

 

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有事にしろ、災害時にしろ、住み馴れた土地を離れるのは辛い。

命を守るためではあるのだが、

できればそういうことがないでほしいと、だれもがそう願っている。