どこに実態があってどこにないのか

 

浮いている光の粒のように

目には見えない

手にすることもできない

だけど確実にある

 

人間の意識もそうなのかもしれない

目には見えないけれど

意識は肉体から離れ浮遊しているかもしれない

 

誰もいない場所で人がいた気配を感じたり

劇場で観客の感情が一斉に動く気配を感じたり

 

 

今いるすべての存在が存在することで自分が存在している

 

 

内にある意識は、外にある肉体とつねにいっしょではないかもしれない。

気配や残像を残しながら、肉体からずれこんで、やがてその細い道にすいこまれていくのかもしれない

 

 

その、尊さ。

生命そのものへの賛辞、として読む。


 

(本文「翼とゼッケン」より抜粋)

喜びとはこの世界に生まれたこと生まれたことそして生まれたことであって、どんな生き物であろうと寿命が長かろうと短かろうと、命にとってはそれだけが唯一無二のまことのめでたさなのだった。個々のものではなくすべての命にとっての歓喜なのだった。

 

(本文「木に咲く花」より抜粋)

次に生まれてくるときは、あなたのお母さんになりたい……そして大事に育てたい。おっぱいをあげて、体をきれいにして、寝かしつけてあげたい。場所や方角の覚え方を、遊び方とふざける限度を、いい人と悪い人の見分け方を、愛すること愛されることを教えてあげたい。そしてどんどん大きくなって、賢く立派になっていくあなたを、かわいいかわいいと言いながら見守っていたい

 

(本文「夜明けの斜面」より抜粋)

自分がいなくても、その人の未来が幸せであればいいと思った……

その人が健康で、この世に生まれていて不幸そうではない。知りたかったのはそれだけだった……

愛されますように。子供から孫から慕われますように……

その人のこれからの人生に私は登場しない……

それも含めて心の底から満たされた……

 

 

 

著書:「細長い場所」(短編「翼とゼッケン」他全9編)

著者:絲山秋子

発行:河出書房 2025/11初版