このイラストの、少年のせつなさがたまらない。
***
***
主人公の男子高校生は美術部員で、
「美」への哲学を細微に豊かな語彙で定義づける事ができる理知と感性を持ち、
凡庸な自然も、繊細な感性で精緻な写生画として表現する才能を持っている。
なのでそこで完結してしまい、その奥にある潜在意識に自分で深く入っていくことはなかった。
この物語は表面的に言ったらBLもので、
男子高校生が、美しい男子高校生に抱く想いだが。
どんなふうに惹かれたのか。
17歳だ。
少年から青年になるはざまにいる。
絵を描く主人公はその感性でもって、彼の「美」を見続ける。
手で触れても言葉を交わしても美は壊れていく。
美しいものは、美しいままで良かった。
だから、ひたすら見続ける美しい彼から声を掛けられるとは、思いもしなかった。
「海の絵がいいね」
写実に優れた主人公の絵は表面的に完成されている。
そこに内包している暗い美醜に彼から言われるまで自分でも気づかなかった。
凡庸な自然も、海は別物だ。
表面は一様でも、内在している暗さや流動する力は、目に見えないだけだ。
彼の「美」をひたすら見続け、そしてこれが「恋」なのだと自覚したのは、ずいぶん後になってからだった。
「恋」の概念は知っていても、実態は未知だった。
最初から主人公の気持ちに気づいていた彼は、主人公が二人の関係を始めるのでなく、あくまで自分を観るだけの存在でしかないことに気づき、離れていく。
美しい同級生。
海水浴事故で家族三人を失い、自分だけが助かり、祖父母の家に引き取られる。
虚無を隠さない。いや他人(主人公以外)にはそれは見えていないのかもしれない。
海の汀のように、生と死の境が定かでないようなまなざし。
その虚無さを内包することによって彼の「美」は、完全となる。
完全な「美」のままの彼でいて欲しかった。
勝手な想像だが、2011年の大災害を思わせる。
引き取られた場所は、普段、海が見えない場所か。
そして高校の修学旅行は、個人に関係なく、三泊四日の海水浴のプログラムが決められている。
7歳の時の事故以来10年ぶりに海を見た同級生。
泳ぐのは楽しめたよと言う。
そのまなざしの奥になにがあるのか。
著者:伊良刹那(2005年生まれ)本作で新潮新人賞受賞当時17歳史上最年少
著書:「海を覗く」
装画:Ney
発行:新潮社 2024/3発行