昔からあたりまえのように、ああこの絵、と見ていて、
図書館でこの本を見つけて、ああこの絵、と手に取る。
少しだけ異世界との境にあるような不思議な空間。詩的な絵。
水丸さんが絵を描く際に一番最初に決めるのは「水平線」だという。
小説の舞台は、1971年のヨーロッパ。
そして、あとがきを書いている作家の中上紀さんは、1971年生まれだ。
”子供の頃から、雑誌や絵本やポスター等で、水丸氏の絵を目にしながら育ってきた”
だが、
”水丸氏の名前は大人になるまで知らなかった”
”しかし、絵はずっと知っていた”
と記している。
多くの人がたぶん水丸さんの絵を印象的に心に留めているのだろうと思う。
イラストが30~40枚ほど挿入されている。
この「1フランの月」は未完の小説で、没後10年を記念して、
2024年3月、初版で発売されている。
1990年刊行の「手のひらのトークン」の続編になるそうだ。
10年前に亡くなられていたことを初めて知り、
そして、安西水丸さんが文章を書くことも初めて知った。
文章は自意識の声のように、頭のなかでひびく。
独りでいるときの内省の声、自意識の重さが、自身を疲弊させている。
1970年はまだ日本人にとって海外旅行が高嶺の花の時代。
ベトナム戦争の最中。
その頃は今以上に人種蔑視もあっただろう。
20代。デザインの仕事でニューヨークに渡り、三年後日本に戻る。
”二十代のうちにどこか外国で暮らしてみたかった”
しかし、なかなか、戻る道はまっすぐではない。
ヨーロッパに寄り道し、芸術の土壌に触れ、ローマでイラストのアルバイトをする。
なんとかこちらに彼女を呼べたらとさえ思う。
食べていくための、道。
自身をつぶさない、道。
他人といるときは、この重さは表面に出てこない。
これは未完の小説で事実ではない、らしい。
だから、この話がどこへ向かうのか、だれにもわからない。
人生を模索する青年の、この自意識の重さだけがぐっとのしかかってくる。
生き方はひとつではない。
旅先でふと思う。
”ここで生まれていたらどんな人生を送ったのだろうか?”
著書:「1フランの月」
著者:安西水丸
イラスト:安西水丸 (1942-2014)
あとがき:中上紀「水平線上に続く旅の『日常』」
発行:小学館 2024/3発行