どうして表題が『植物”少女”』なのだろうか。

出産時に植物状態になったのは、”母”であった。

 

それでも母乳は出続け、生理も毎月ある。

娘は生まれた時から、母親は病院に会いに行く存在だった。

いつも病院に行き、母のそばにいた。

 

病室に5つのベッドがある。

子供でも老人でも男でも女でも、寝ている。

 

子供ながらに、食事介助をしたり、褥瘡や摘便に接し、ヘルパーさん顔負けだ。

当然、同級生など子供とは話が合わない。

いつもひとりで、母親だけが自分の話を聞いてくれる存在だった。

 

なんとなくは聞いていたけど、発症のきっかけを、はっきり理解したのは、

病床の教授回診の時だった。

カーテンはされてるけど子供なのでこっそり潜り込む。

 

若い研修医?部下?を数人引き連れている。

母親の発症入院日が確認され、自分の生年月日と同じなのでびっくりする。

母親の状態は点数で評価される。意識レベル7点。

 

脳出血で大脳全部がだめになったが、

脳幹はまったく無傷なので、生理的な反射は起こる。

たとえばと、教授はいきなり母親の右手の甲をつねる。

母親はさっと手を引いて逃れる。

胸の前面に拳をおろし、服の上から強く擦った。ゴリゴリを骨がぶつかる音がする。

母親は顔をしかめて手を胸元に近づけ、教授の拳を振り払おうとする。

「痛みに対してこういった反応が返ってくるんだ」

植物状態では手の筋肉は拘縮する。手を強く閉じている。

「ところがこの患者は珍しいことに開いたままなんだ」

人差し指を母親の掌に置いたら、母親はやさしく指を握る。新生児と同じだ。

「把握反射ができている。多分、大脳皮質のある部分だけが壊死してその種の抑制がとれたんだろう。それに関しては私が学会に報告した論文があるから、後で読んでおくように。さ、君から試して」

 

母親の回診が終わって、娘が同じように母の手の甲をつねっていると、

ヘルパーさんがこっそりさとした。

「つねっちゃだめ」「お母さん、嫌がってるから」

そして母親の手をアルコールで拭いていく。

 

母親はそこに寝ている存在だった。

ただ呼吸しているだけの存在だった。

 

母は、ゆっくり呼吸する。

 

母親と同じ呼吸のリズムで息をする。母親と同期する。

自分も植物かもしれない。

この場所で満たされている。

 

 

でも、大人になって、娘はふと思う。

食事は、座位で、介助したら自力嚥下していた。

いつも病衣を着ていた。

部屋から出たことはなかった。

 

着替えて車いすで外に出ることも出来たのに。

 

 

著書:「植物少女」

著者:朝比奈秋

発行:朝日新聞出版 2023年1月発行

 

装画:陶作品:館林香織

写真:Beth Evans

装幀:albireo

 

ぱっと見、焼骨の残骸のようで、なんとも心もとないものに感じていた。

陶作品とは…。

 

ぶら下がった背骨の残骸のようだと感じたものが、

地に賑わう雑草や昆虫として見えてくると、

青い空があらわれ、高く広がっていく。