*編集部の断り書きあり
”本書には、今日の人権擁護の見地に照らし合わせて、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表時の時代的背景と作品の持つ価値とに鑑み、そのままとしました。心してお読みください。”
『畸形のシンボリズム』は1978年8月、雑誌『新潮』の特別企画として発表された。
「一寸法師の宇宙誌」の副題がついており、寺山は一旦筆を置く。
翌年、再筆。書き進める予定だったが、肝硬変が悪化。体力的に長篇の執筆は難しくなり、中途のまま、四年後の1983年、ご逝去。
本書は、生まれながらの外観上の変形を畸形と呼び、歴史や生き様を考察していく。
宿命的なもの、人工的なもの(たとえば、纏足もそのひとつ)、他。
畸形は特別な力が宿ると神聖化されていたり、
障がいを持つ王侯貴族や著名な芸術家もいた。
令和の今の時代、障がいを「個性」という言葉で包括しようしているが、
そういう正しい言葉で疎外していないだろうか。
外見上の変形(ここでいう畸形)は、身体機能や精神状態に負荷もかかっている。
できれば、皆と同じ「普通」でいたいと思わないはずはない。
寺山氏の在命だった50年前の頃、
戦争を経て手足を失った人も普通に身近にいた。街でも見かけた。
「個性」だったか?
外観上の見た目から、サーカスや演劇映画などに出演し、人気を博した、
「個性」として活かして生きていった人達も、もちろんいた。
(解説・畸形の記憶・池内紀 より抜粋:)
:身体について考えたイデオローグたちは、すべて等身大ということから起想してはいないだろうか。近代が等身大の肉体の上だけに人間観を打ちたてようとした結果、その報復として、おびただしい畸形が発生したのではないのか。”
著書:「畸形のシンボリズム」
著者:寺山修司(1935年(S10)ー 1983年(S58))
発行:白水社 1993年発行
