トップミュージシャンとして、コンサートを行う。

そこで感じること感じないこと、それはその時だけのものだ。

 

その配信のために作られるライブレポートは、音楽ライターが創作し、ミュージシャン本人が朗読する。

 

本人のものではない、感情。

本人のものではない、言葉。言い回し。

 

もちろん、社会性のあるトップミュージシャンなので、

状況を判断し、すべてを呑みこんでいるが。

 

そうやって形作られる自己像に無関心でいられるのか。

自分のものではない言葉に無関心でいられるのか。

 

しかし、その時の自分の感情はその時だけのもので、自分自身の言葉はもうない。

もし自分の言葉で書こうとすれば、創作することになる。

 

 

 

どこに自分がいるのか。

 

 

この、皮一枚のいらいらみたいなものが、ずっと継続していて、

短編であるがゆえに楽しめた。

90分程度のワンコンサートを聴いたような、ノリと疲労感と開放感を感じた。

 

 

 

著書:「金原ひとみ=編 私小説」

 

*金原ひとみ氏による”私小説”への試み 

「私小説」は作者=主人公として読者に認識されるものだが、現代の私小説として、事実そのままの「告白」ではなくて、「厳密な意味での事実」を探求し、「言葉の冒険」を試みて欲しい、と企画されたもの。

 

もともと、作者=主人公とも、作者の「告白」とも思っておらず、私小説と言われるものも、事実そのままではないと読者は思っていて、それを明確に提示された上で、作者がどういう「私小説」を書くのか興味深い。

 

この言葉により、収められた小説は主人公=作者ではないと釘をさされ、

作者が作者個人の中のなにを(「厳密な意味での事実」を)表現しようとしたのかを、読者として探求し感じることができるように、言葉の奥へと導かれる。

 

このテーマがあることで、尾崎世界観のこの小説は、より楽しめた。

より理解できたような気がする。

 

 

著者:尾崎世界観 他全9名

発行:河出書房新社 2023/2発行(「文藝」2022年秋季号掲載)