古墳の闇から復活した大津皇子の魂と藤原郎女との交感の話。

 

擬音語や繰返音、に感覚が研ぎ澄まされ、魅せられる。

能のような趣で、しんとした世界に耳を澄まさせ、その音とともに、時間が超える。

 

(冒頭抜粋)

(カ)の人の眠りは、徐(シヅ)かに覚めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え圧するものゝ澱(ヨド)んでゐるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。

した した した。耳に伝ふやうに来るのは、水の垂れる音か。たゞ凍(コホ)りつくやうな暗闇の中で、おのづと睫(マツゲ)と睫とが離れて来る。


 

したゝゝと  岩伝ふ雫の音

しとゝゝと  音がしたゝつて居る  簾をあげて見た  雨

 

足が先へゝゝと  夜のほのゝゞ明けに  そはゝゝと興奮したり

 

こう こう こう ー こう こう こう。修験者が郎女の魂を呼ぶ声。(来い?)

をゝ…。  をゝう…。  をゝう…。  呼びかけに和した皇子の声。

ほゝき ほゝきい ほゝほきい ー。   鶯の鳴き声。

 

 

この、昭和14年頃の旧仮名遣いの趣はたまらない。

 

 

 

解説:川村二郎

(冒頭抜粋)

『死者の書』は、明治以後の日本近代小説の、最高の成果である。

(以下部分抜粋)

:この作品ほど過去の重さと豊かさをそなえながら同時に未来を指し示している小説は、ほかに見当たらないと思うからだ。

:『山越の阿弥陀像の画因』は、『死者の書』成立についての作者の自注と一応はいっていいだろう

 

 

(「山越えの阿弥陀仏の画因」より抜粋)

:こゝに予(アラカジ)め言うておきたいことがある。私は別に、山越しの弥陀の図の成立史を考えようとするつもりでもなければ、また私の書き物に出て来る「死者」の俤が、藤原南家郎女(ナンケイラツメ)の目に、阿弥陀仏とも言ふべき端厳微妙な姿と現じたと言ふ空想の拠り所を、聖衆来迎図に出たものだ、と言はうとするものでもない。そんまものゝゝしい企ては、最初から、しても居ぬ。たゞ山越しの弥陀像や、彼岸中日の日想観の風習が、日本固有のものとして、深く仏者の懐に採り入れられて来たことが、ちつとでも訣つて貰へれば、と考へてゐた。

 

 

 

その時代、”郎女”として、女性は、名前が表に出てこない。​

 

 

八歳にはすでに宮廷から「南家には、惜しい子が、女になつて生まれたことよ」と言われる聡明さと、玉水精の美しさとを持ち、大事にされすぎ屋敷(女部屋)から出ることもなかった。​

 

二十歳を過ぎなおさらその風評は世間をさわがせ、男心も騒がせる。​

… 結局、誰も彼も、あきらめねばならぬ時が来るのだ。神の者は、神の者。娘御は、神の手に落ち着くのだろう…​

​郎女の天稟さに、…数年前から、もう、教へることもなうなつた…皆、自分の及ばぬ所まで来た姫の魂の成長にあきれるほど目を瞠り、喜びの不安を感じる。​

 

 

これらの背景のなかから、主人公の藤原南家郎女がすくっと立つ姿が際立つ。​

古いしがらみや、人々の思惑や、宗教のしきたりなど超えて自我を立たせる。​

 

 

郎女の浄化する美しさに心うたれる。​

 

 

そして、この最後の一文がまた美しさを震幅させる。​

 

(文末抜粋)​

:其は、幾人の人々が、同時に見た、白日夢(ハクジツム)のたぐひかも知れぬ。​

 

 

 

 

著書:「死者の書」 (二編収録 「死者の書」「山越の阿弥陀像の画因」)

著者:折口信夫

発行:中央公論社 昭和49年初版

*「死者の書」:S14/1~3月『日本評論』、S18青磁社刊(補記)、S22角川書店刊、S30中央公論社刊『折口信夫全集』第廿四巻

 

 

 

表紙:エジプト王家の谷セン・ネジェイムの墓の壁画(霊魂の復活に備えて死者をミイラ化するアタビス神)

題字:著者(S18刊「死者の書」青磁社版扉より)