この対談で、二人が沈黙する場面が一回だけある。

 

(抜粋:「わたしたちは言葉ではなく沈黙によって結ばれる」章より)

山折 日が暮れると、自然は表情を変えますね。

柳  そして、暗闇が広がる。

   (略:柳さんの真夜中の山の急斜面を手探りで下りていく話から)

 

   でも、あの闇は、人生で初めて体験した完全な闇でした。

   分厚くて、生きてるみたいな闇……

山折 …………

柳  …………

山折 沈黙ですね。出てくる言葉を待ちましょう。

柳  …………

山折 真の苦境に追い込まれた時、知識として体に染み込ませたものは全て揮発します。最後に何が残るのか?自分の苦境と、苦境に陥った自分の気持ちを相手に伝えるためには、言葉に拠るしかない。でも、言葉は一言も思い付かない。長い沈黙が続く。長い長い沈黙を経て、一つ、二つの言葉が出てくる。

 

 

6回の対談

2013/11/30

2014/4/24

2014/8/24

2014/11/29

2019/2/14

2019/2/15

 

この間、柳さんは、2011/3/11震災後、

2011/4/21、22 福島県内の桜の名所を巡る

2011/大晦日 南相馬で年を越す

2012/元旦  南相馬の臨時災害放送局の今野聡さんと会う

2012/3/16~2018/3/23 南相馬ひばりエフエムコーナー「ふたりとひとり」、

鎌倉から南相馬に移住、本屋「フルハウス」開業、劇団立ち上げ、 他

 

心の寄り添いを続けておられる。

 

 

この対談の挿話として、津波で両親を亡くした家族の話が胸を打つ。

 

あの日、子ども3人(4歳、3歳、2歳)を高台に避難させた父親は、足の悪い母親を助けに坂道を下り、子どもたちの目の前で津波に呑まれてしまう。

 

こどもたちは弟Tさん夫婦が引き取る

 

7年後の昨年夏、K君が10歳で亡くなる。

先天的心疾患があり、いつかこういう時がくるかもと覚悟はしたいた。

 

小学5年生のMちゃんは、兄が亡くなってから声を出すことが出来なくなった。次の年の春(先日)、ようやくカウンセラーの先生に「もうだいじょうぶ」と泣きながら声を出して伝えたという。

 

去年の7月の終わりだったという。

6月に、もう外出するのは最後になるかもしれないと思い、

家族5人みんなで海に行く。

K君をおぶって波打ち際まで連れて行き、

きれいに晴れていて、

ザブーンと砕けた波が白くて、

海に陽の光がキラキラキラキラ反射して…

K君が背中で『海に桜が咲いている』って言って…

 

K君は桜が好きだったという。

…あれが最後の花見になったな…」

 

Tさんは柳さんとこの春、相馬小高神社の満開の染井吉野を見ながら、

…それがちょうどこんな感じだった」

 

その時に柳さんは、

東日本大震災直後に東北沿岸部を歩いた、山折哲雄さんの言葉を思い出す。

「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍」という大伴家持の歌が体の底から吹き上げてきたという。

 

*抜粋

「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍」

大伴家持は屍だけを歌ったのではない。亡き人の屍から魂が抜け出して海に漂い、山に鎮まるという、その魂の行方を眼差していた。

 

 

柳さんはTさんと桜を見ながら、

(最終行)”風に揺れる桜の中に白い波しぶきを見た。 2019年 惜春” 

 

 

 

著書:「沈黙の作法」

著者:山折哲雄、柳美里

発行:河出書房新社 2019年発行