(写真は、やまもも。記事とは関係ない)

 

2023/4/18 読売新聞 文化欄 文化部 武田裕芸さんの記事より抜粋

 

「私小説」再考の機運 西村賢太さん死去で拍車

自我の敗北 巧妙に表現

 

” 主人公・寛多に共感 ”

 

デビューした2004年から、一貫して私小説を描き続けた西村賢太さんが、昨年亡くなったことも私小説再考の流れを生んだ。

 

未完の長篇『雨滴は続く』が昨年、未刊行小説集『蝙蝠か燕か』が今年2月に、それぞれ出版された。

 

自身を反映した短気な作家、北町寛多が主人公のシリーズだ。

寛多の野心や夢は、いつも私生活の卑近なトラブルにのみ込まれる。

 

文芸評論家の阿部公彦・東京大教授(英文学)は

 

「小説は大きな物語や理念も提示できるが、私小説はそこをぐっとこらえ、あえて些末さやむなしさにこだわる」と語る。

 

自我が世界を組み伏せられず、むしろ不可能が示されることで、

「世界がこうあるしかない」との諦めが表現できるという。

 

「言葉の力が強すぎると作り物に見える。

私小説のリアリティーはむしろ言葉の敗北に始まる。

西村さんは自我の負けっぷりを巧妙に表現している」

 

 

 

 

(写真は「やまもも」記事とは関係ない)

(「やまもも」 花言葉:ただひとりを愛する、一途。 2023/6/25自庭撮影)