博多中洲の中だけで生きている蓮司は

無戸籍で、親の放置虐待を受け、それでも

夜の街の人々の心にすっと入って行って

可愛がられ、食を繋いでいく。

 

5歳の蓮司の食べっぷりはこの子の生きる力で

 

抜粋:(相談員の根岸に)

「あの、おじさん、おなかが空いた」

と前科のあるプロの窃盗犯さながらの食事の要求をした。

「おなかが空いたか。よし、何がたべたいとや?」

(略)

蓮司は取り寄せたカツカレーを黙々と食べ続けた。

顔を皿の中に埋めるような勢いで食べている。

五歳児とは思えない食欲。食べるというより、

漁って掻っ込む感じ、味わう前に飲み込んでいる。

(略)

食べ切ると蓮司は、ご馳走さまの代わりに、眠たか、と告げた。

 

6歳の蓮司はでもわかっていた。

中洲を挟む川の外に自分の居場所はないと。

たとえ大人の計らいで戸籍を取得できたとしても。

 

以下抜粋:

:別の日、橋の途中に佇む蓮司を見つけた。

その小さな体躯が夕日を受けて仄かに赤く染まって見えた。

五分が過ぎたが、動きだす気配はなかった。

ずっと蓮司は時間を失ったかのように川面を見下ろしていた。

 

:別の日、ミスタードーナツの店舗内をじっと見つめる蓮司がいた。

ポケットに手を入れて、少年というよりも職探しをしている失業者のようであった。

彼の横顔やその佇まいはそっぽを向いた熱帯魚そのもの。

彼の前に水槽のガラス壁があった。

手を伸ばしたくても、飛び出したくても、見えないガラスの壁が立ちふさがって動けない。

蓮司はじっと感情を殺し、あまりに静かに、もう一つの世界を見据えていた。

 

オイサッオイサッの博多祇園山笠の掛け声が

外に繋いでいく。

 

著書「真夜中の子ども」

著者:辻仁成

発行:河出文庫

装画:カワタアキナ