本作の舞台は12世紀頃のデンマーク王国。シェイクスピアが生きた時代から400年ぐらい前の設定ですが、時代考証という概念はなかったこの時代、基本的にはハムレットの生きたヴィクトリア朝(イギリス・ルネサンス期)の雰囲気にのっとって描かれているようです。
#このへんの感覚、歌舞伎や浄瑠璃と似てる
この物語は実はデンマークの古い物語が雛形となっているそうです。驚くことに、王子が復讐を遂げて父を殺した叔父王を倒すという筋書きだけでなく、母が叔父と結婚したり、復讐のために王子が狂気を装うところも同じ。
#つまり、設定とあらすじはほぼパクリ
現在の価値観からするとびっくりですが、ヴィクトリア朝時代は「個性、独創性という観念はまだ存在していなかった」のだそう。シェイクスピアは他人の作品を堂々と焼き直して創作していたし、他の作家も同じだったようです。とはいえ、数多あったであろう類似の物語の中で突出して面白く、人々を感動させたからこそ、400年の時を超えて世界中で読み続けられているのでしょう。
主人公はデンマーク王子・ハムレット。短くあらすじをいうなら、叔父・クローディアスが王位簒奪したことを父王の亡霊から知らされたハムレットが復讐を誓う物語です。
物語ですが、詩のように韻を踏んだ箇所がたくさんあり、過剰なほどの修辞や言葉遊びがあります。読むための文学ではなく耳から言葉を楽しむお芝居のための作品なのだなぁと改めて感じました。ほんの少しだけ英文で拾い読みしましたが、耳に心地よいです。
特に面白いと思ったのは「シュ」という音が王妃ガートルードのセリフに多用されていること。訳注によると、イヴと蛇のイメージを重ねてのことだそう。
”To be, or not to be: that is the question”にあるように、ハムレットが迷い苦悩する姿が描かれますが、「復讐を遂げる」という一点において、ハムレットは最初から最後までブレることなく冷徹です。
復讐の途上で、重臣であり恋人の父親であるポローニアスを人違いで刺殺しますが、『早とちりの、お節介やきの道化め!』と言い放ち悩む様子は見せません。恋人オフィーリアへは母ガートルードへの苛立ちを重ねるように「尼寺へ行け!」と罵詈雑言を吐く。やがて父親を殺されて狂死した彼女の死を悲しみこそすれ、「私のせいだ」と後悔する様子は全くありません。かつての学友ローゼンクランツとギルデンスターンについては、自分ではなく叔父王クローディアスに忠誠を誓ったとして切り捨て、騙して他国で処刑させる😱 関心が亡き父親に異常なほどフォーカスしている印象を受けました。
なんとなく優柔不断な線の細いイメージがあったけど、今回読み直したことでその印象が大きく変わりました。攻撃的な言動からは直情的な性格を感じるし、着実に復讐へと進む姿からは冷静さや冷酷さを感じます。二面性があるような気がします。
一体ハムレットは何に苦悩しているのか?
ハムレットが一度クローディアスを殺そうとするが、彼が祈りの途中であることに気づき取りやめる場面があります。『悪党が父を殺した、それで一人息子のこのおれが、その悪党を送り込む、天国へ……なんだ、これでは盗っ人に追い銭だ、復讐にはならぬ。』
ハムレットの復讐はクローディアスをただ亡き者にするだけではなく、地獄へ送り込むものでなくてはならない。そして、おそらくは復讐を遂げた自身にも死後、安らかな眠りが与えられることはなく、苦しみ続けるという覚悟が必要だったのかも、と今回読んで感じました。
狂気を演じたハムレットが愛したオフィーリアは本当に狂って水死してしまう。兄王を毒殺したクローディアス王は兄から奪った妃ガートルードを毒によって失う。ポローニアスを刺殺したハムレットはポローニアスの息子のレアティーズに毒剣で倒される。ハムレットを毒剣で殺そうとしたレアティーズも毒剣で死ぬ。毒で兄と甥を殺したクローディアスは、自身が用意した毒剣と毒杯で死ぬ。
入念に張り巡らされた因果というものも色濃く感じました。
他にも、国を治める立場から考えるとハムレットは国を滅ぼした側でどうなんだろう?とか(デンマークはノルウェーに乗っ取られて終わる)、ガートルードは最後、毒とわかって飲んだのか?とか、ずっと頭の中でまとまりのない断片が巡っている感覚があり、そのまま舞台を鑑賞する日を迎えたのでした。
人間の業をちらりと覗いた気がしますが、意外に読了感は悪くなかったです。読んでみて良かったな、と感じています。
#名作の感想を軽くまとめられるはずもなく
#いまだに思考の渦の中
#シェイクスピア、難しい


























