しばらく前に知り合った東欧出身のヴァイオリニストの生い立ちが興味深かったので備忘録。

管楽器は中高で吹奏楽部に入ってハマって音大に進学したという人がほとんどだけれど、ピアノとヴァイオリンは本人にも記憶がない幼少期から始めていたという人も多い。日本人の演奏家の中には親が楽器の先生で宿題はしなくも怒られないけれど練習をサボると怒られて最初から音大進学という道しかなかったという人も聞きます。

でもアジア系でない音楽家は星飛雄馬のようには育っていない人が多くて驚かされます。世界に約520挺しかないストラディバリウスのバイオリンを貸与されているソリストのAさんの経歴もクラシック音楽らしからぬジプシーのような不良さで面白い。

ご両親とも音楽家の家に生まれたAさんですが、幼少時は親から音楽を強要されることもなく体を動かすことが好きだったので幼稚園時代は体操を習っていたそうです。Aさんが小学校に通う壇になって、Aさんのご両親は自分たちにとって未知の世界である普通の学校にAさんを通わせることを急にためらって、自分たちのように音楽学校に娘を通わせることにしました。Aさんは音楽を習ったことはありませんでしたがそこは親のコネで入学できたそうです。音楽学校では楽器を一つ習わねばならないのでAさんはピアノを習いたいと希望を出しました。しかしAさんの手を見たロシア人の先生がこの子はヴァイオリン向きと決めてしまったそうで、Aさんは中学生ぐらいまではヴァイオリンが大嫌いだったそうです。小学校時代は学校のあとは大好きな体操を続け、家に帰ると深夜までヴァイオリンの練習をするという忙しい日々を送っていたそうです。どちらも全国大会に出場するレベルだったのですが、上達すればするほどそれぞれに練習が必要となるため中学に進学する頃に経済的な事情や将来性からヴァイオリンを選ぶことになったそうです。体操もヴァイオリンもトップクラスなんて、アメリカなら間違いなくギフテッド・スクールにいそうなタイプです。大嫌いなヴァイオリンでどうして全国大会にいけるのか聞いたら、ロシア人の先生の教え方が良かったそうです。子どもの素質を見抜き、ヴァイオリン好きでなくても全国大会に出せる英才教育が凄すぎます!


中学生になるとその有名なロシア人の先生が病気で教壇を去ることになってしまいました。当時の音楽学校では学校の授業とは別に担任の先生のプライベートレッスンを取らないと単位が取れなかったそうなのですが、Aさんの母親は新しい先生へのプライベート・レッスン代が無駄と考えて、ナント自らその音楽学校の教師になって娘の担任になりました。これでプライベートレッスン代を払わずに済みます。もともと娘に音楽を強要する親ではなかったので、レッスン代が無駄にならなければよかったようで、Aさんは親からヴァイオリンを習うでもなく、誰にも師事せず好きな曲を自我流で弾いていました。高校生になると近所の飲食店で夜にヴァイオリンを演奏したり、大道芸人のようなことをしてヴァイオリンを弾けば一人ぐらしが出来るようになったことで、ヴァイオリンが嫌いではなくなったそうです。これを許せる同業の親ってすごい。凄いお子さんがいると本人よりも親の話が聞きたくなりますね。

 

また高校では学校のオーケストラに入り、音楽仲間とヨーロッパ各地へ演奏旅行に行くのが楽しくなってきたそうです。コンクールに出場するとタダで旅行が出来るので、いろいろなコンクールに参加しまくり、このころから音楽を仕事にして世界中を旅する暮らしに憧れるようになったそうです。

 

音楽家になろうと思うと親に相談したところ、ちょうどいいタイミングで有名なヴァイオリニストがスイスの大学で3人だけ生徒を取って教え始めるということを知り、オーディションに合格してスイスの大学で学ぶことになりました。この先生からはソリストとして必要なことを沢山学び、その後もいろいろなコンクールで優勝してストラディバリウスを貸与され、ソリストとして活躍する現在に至ります。

クラシックの演奏家はパンフレットに出身校と歴代の師事した先生の名前がズラズラと書いてあります。ほとんど誰にも師事していない彼女のプロフィールは短いのですが、その裏にこんな面白い経歴があったとは。

 

子供がやりたいことをやらせることを良しとする風潮がありますが、まだ何も習い始めていない幼児の素質を見抜くロシア人指導者の能力恐るべし。体操を全国大会出場レベルでやりながら、大嫌いというヴァイオリンでもコンクール入賞できるのですから、本人の努力はもとより、生まれ持った素質と、音楽家の血統と、ロシア人の先生の指導の賜物でしょう。

 

シンクロナイズド・スイミングをやっていてオリンピックで補欠だった友達は、水泳を習い始めたときに泳ぎがきれいだからとシンクロに誘われたと言っていました。バレエも選抜クラスにはきれいな体形の子を入れるとバレエ教師をしている友人が言っていました。幼児にやりたい習い事を聞いたってテキトーですからね、周囲が素質を見極めてあげることも大切だなと思った次第です。私は記憶にもないほど小さなときにヴァイオリンを習いたいと言ったらしく、それを母にいつまでも「自分から習いたいって言ったくせに」と言われて辟易としていました。


Aさんに高校時代の成長期にきちんと著名な先生についていたほうが良かったと思うか聞いたところ、「自己流で弾いていたので大学で自分の悪いクセを直すのはとても大変だったけれど、クラブで演奏してきたことで自分は演奏で聴衆を楽しませたいということに気が付けて、それはプロになった今も役に立っているので過去を変えたいとは思わない」とのことでした。スイスの大学の同期2名は上手に弾くことが目標で大学もお稽古の延長のような感じで演奏家にはならなかったそうです。私は子供のころ音大受験の有名な先生についていましたが、みんな泣きながら練習して音大を目指している中、ひとりだけ練習もあまりせずにのほほんとしていて場違いだったな~。


本人がやりたいこと vs 素質(そもそもどう見抜くのか?)、嫌なことをやらせること、良い先生に師事すること、自我流 vs 正統派、"大事な時期"っていつなのか?、...など、いろいろ面白いな~と思ったのでシェア。