関西の葬儀の闇 -19ページ目

関西の葬儀の闇

関西地方の葬儀業界の闇をご紹介!

坊主の心の狭さ。


葬儀屋がでかい顔してのさばる理由の一つに式場があります。
同じお金を払うならなるべくキレイな式場で葬儀をあげたい。
こう思うのは至極当然の事だと思います。

最近では次々と色々な葬儀屋が会館を建てており、キレイな建物が多くなっています。
当然ながら町の集会所なんか比べるのも恥ずかしいレベルで、葬儀をするなら葬儀屋の式場が定番になりつつあります。


一昔前なら葬儀式場と言えば町の集会所か自宅もしくはお寺でした。
しかし使用料を払えば寝泊まりのスペースもお風呂も貸してくれる葬儀屋の自社式場が出来てからはほとんどがそっちを選ぶようになったと思います。

ここら辺から葬儀の金額がおかしくなってきたと思います。
葬儀屋は式場をなるべく大きく豪華に作る事によって、お客さんが豪華な祭壇を選ぶように誘導してきたのです。

大きな式場に小さな祭壇を飾るとみすぼらしく見えてしまう。
人の見栄を上手に利用したと言えます。
自宅や集会所、お寺の本堂であったら祭壇が豪華では無くてもそれ相応の物を選んでも違和感などはありませんでした。


原因はいくつかあります。
時代の流れと共に町の集会所が無くなってしまったり、使いにくくなったり。
核家族化が進むにつれて自宅で葬儀を挙げるという事が難しくなりました。

更にお寺も問題です。
先祖代々の菩提寺なんかは現住所から遠く離れているという人がかなり多いと思います。
日本の火葬制度は場所にもよりますが、市民税を払っている自治体でなければ火葬料金が何倍にも跳ね上がります。
しかも葬儀の為だけに遠く離れた所まで行くのは億劫だという人もいるでしょう。
それなら近くの式場で・・・
そう思ってもなんら不思議はありません。

しかし私からすれば坊主は一体何をやっとんねんと思います。
せめて同じ宗派・派閥のお寺なら檀家じゃなくても使わせたれよと。
縦横の関係もあるのかもしれません。

でもそんな些事を気にしてるってホントにあんたらお釈迦さまから何を学んでるんだと。
普段から檀家から寄付を巻き上げて無駄にバカでかい寺を建てておいて檀家じゃないとお寺で葬儀はさせませんとか、そんな心の狭い坊主の言う事聞いてほんとにお浄土なんて行けるんでしょうか。

今やお寺ってコンビニより多いって知ってます?
そんなに数があるのに一体何に使われているんでしょうか。
葬儀ですら使わせない。
かと言って普段からお寺の中に入ったことある人って日本全国探してどれだけの数いるんでしょうか。

お高く留まって偉そうに上から物だけ言って高い金せしめて何の役にもたってないじゃないですか。

普段から参門はがっちりと鍵が閉められてて本堂の中も見させて貰えない。
そんな状態で誰が檀家になるんですか?

やる気あります?
そんな状態だから葬儀屋に良いようにあごで使われるんですよ。



新しい葬儀会館が出来る度に菓子折り持ってあいさつに行くような坊主に何の徳がつまれているんでしょうか。