インド・ヨガの旅 (2) | 漢方堂だより

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ヨガの大師に指導を受けるため、列車とバスを乗り継いで、リシケシのヨガ道場からパハルガムまでやってきた。パハルガムはインド・ヒマラヤの中腹にあり、標高2400mの高原の避暑地である。昼間も涼しく酷暑のリシケシとは比べれば天国のような場所だった。

 

到着後、ヨーガ・二ケタンの支部を探して尋ねると、一足先に来ていたKさんが待っていてくれ、ヨーゲシバラナンダ大師に紹介してくれた。長年ヒマラヤに籠って修行を積み、すでに80年もヨガを続けている大師は、すでに95歳だったが、顔や手足に皺もなく威厳があった。

 

ただ、大師は常に笑顔だったが、目は笑っていないのが少し怖かった。驚いたのは、最初にお会いした時に、感電したように全身が痺れてしまったことだった。大師の身体から、すごい気を発していたからだと思う。挨拶後、わたしは許されて支部の敷地内でテント生活をすることになった。

 

無事に対面を果たした後、Kさんに連れられ町まで降りてゆき、自炊生活に必要な物を買い揃えた。そして、業者にテントを借り、設営を依頼した。テントといってもかなり大きなもので、内部は四畳半ぐらいありベットを置くことかできた。     

 

 

 

                                       

                       クローバー  

 

パハルガムの支部には30人ぐらいの弟子や信者が来ており、外国人も数人いたと思う。ヨガの指導は、雨が降らねば屋外の支部の広大な敷地内で行われた。ヨガの体操や呼吸法は弟子が教え、大師は瞑想中心のの指導をされた。それが終わると、最後に大師の講話があり、質疑応答も許されていた。

 

大師の指導は独特で、一人ひとりに瞑想で何が見えたか聞いてゆく。大師には超能力のような特殊なパワーがあり、大師が送るパワーで瞑想中に参加する者の脳裏に、光や様々なイメージを見せることかできた。大師は瞑想中に見えたものについて解説し、質疑があればそれに答えた。

 

人によって「七色の光が身体を駆け巡った」とか、「尾骶骨あたりにハスの花に乗った白い象が見えた」とか、ユニークな体験が聞けて面白かった。わたしの場合は、たいてい輝く群青色や黄金の光が脳裏に見えただけだったが・・

 

二・三日して結縁潅頂が行われ、多くの人がその儀式に参加した。それはインド・ヨガ独特の入門式のようなもので、弟子になることを誓い、師匠に頭から水をかけてもらう。それが終わるとヨガネームという、オウム真理教のようなヨガ行者としての法名をもらい、正式に師弟関係が結ばれる。

 

 

 

ヨーゲシバラナンダ大師

 

 

わたしの場合は入門はせず、大師に祝福を受け額に手で触ってもらっただけだったが、頭部に触られた途端、尾骶骨から背骨を通って何かエネルギーが上昇してきた。おそらく、ヨガで言われるクンダリニー現象というものだったのだろう。

 

わたしは日本にいた時に我流でヨガの修行していたので、エネルギーが上昇しりやすかったのかもしれない。すでに日本でクンダリニー体験をしていた。

 

パハルガムでの生活は快適だった。自炊生活だったが、気候も温暖だし、花が咲き乱れ景色も良かった。それに近くには青色のインダス川の支流が流れていた。時々わたしとKさんは、気分転換にてんぷらのような日本食をつくって食べたりした。箸は木の枝を削って作った。

 

インドでヨガを習って感じたことは、日本のヨガ教室のような懇切丁寧な説明や指導はないということだ。あくまで自習でヨガの修行に励み、分からないことがあったり壁にぶち当たった時に、師匠に個人的に相談に行き指導を仰ぐのだ。

 

ヨーゲシバラナンダ大師も、最初のうちは師匠について修行したそうだが、その後は、60歳で請われてリシケシに道場を開くまで、ヒマラヤに籠って一人で修行を続けたそうだ。

 

大師のように山に籠り禁欲生活を続け、孤独に耐え、情欲や煩悩に悩まされないというのは、私のような凡人には理解不能だった。若かった当時の私には、情欲や煩悩を捨ててまでヨガの修行する意味が分からなかった。