日本のようなストレス社会でも多くの人は、内面はともかく表面上は何とか社会に適応して生きている。だが、ストレス社会では繊細な人と鈍感な人から脱落してゆくといわれている。繊細な人は社会に適応できず心を病み、鈍感な人は社会でうまくいかない怒りから暴力や犯罪に走るのである。
心の病といっても、性格や育った環境などによって症状は様々である。治りやすい順でいえば、ノイローゼ、うつ病、酒やギャンブルなどの依存症、摂食障害などがある。統合失調症はちょっと病因や発症のメカニズムが違うので、ここでは触れない。
摂食障害でも拒食症は、致死率が二割近いかなり深刻な病である。
そうした心の病に共通して見られるのは孤独と不安だが、依存症や摂食障害の場合は専門家の治療や特別な施設への入院が必要で、自分で出来ることは少ないので、ここではノイローゼ(神経症)とうつ状態についてのみ考えてみたい。
ノイローゼになると四六時中ある事が気になって仕方がなくなり、それが自分が恐れていることになるのではないかと、常に不安が頭から離れなくなる。時として仕事や日常生活に支障をきたすようになり、何らかの治療が必要になる。
たとえればノイローゼは常に身の危険を感じている人が、鎧(よろい)を着ているようなものだといえる。確かに、鎧を身につければ敵の攻撃から身を守れるが、その重さで身動きが悪くなり自由に動けなくなるのと同じだ。
うつの場合は、仕事や人間関係の問題が重圧となり、仕事をやる気力もなくなり、燃え尽きたような状態になる。今まで楽しいと感じたことにも無感動になってしまう。うつになる原因は過剰適応が一因といわれており、向上心が強くまじめで責任感の強い人がなりやすいといわれる。
日本社会は厳しい競争社会でありながら、同時に協調性やチームワークが重視される。そのため、人は会社や学校で他人の顔色や評価をうかがいながら生きてゆく。うつになる人はそれが重圧となり、心配と不安で押しつぶされそうになる。そして疲労が蓄積して、燃え尽き症候群のようなってしまうのである。
ノイローゼやうつ状態になると、正常時とはまったく違う意識状態になり、自分の心がコントロールできなくなる。考えないようにしても不安が頭から離れなくなる。心配事や不安をポジティブに受け止められるなら、ノイローゼやうつ状態ではない。
では、どうすればいいかということだが、基本的には自分を好きになるしかない。それは自己啓発本やポジティブ思想でさんざん言いつくされたことだが、実際にはそんな簡単なことではない。特に生活に支障をきたすほどになった病的状態ではかなり難しい。
それ以前に、ノイローゼの人やうつ状態の人は、心の問題と同時に身体にも様々な症状が出ていることが多い。胃腸障害や自律神経失調症、睡眠障害などだ。まさに心身一体ということだが、苦しみや考え過ぎでエネルギーを消耗して疲労困憊している人が多い。
うつ状態の場合は、たいてい前段階として、不眠や途中覚醒などの睡眠障害が起こってくる。
まずは、休養をとって体力を回復し、身体の問題を解決すべきだろう。食事療法や漢方、ヨガのような養生法で治そうとするのもいいが、自力で治すことにこだわらず医師や専門家の治療を受けることも考えた方がよい。とりあえずは、疲れをとるため、十分な睡眠をとれるようにする必要がある。
自分を好きなる前提としては、自分の正直な感情を認めることが必要になる。問題から目をそらしたり、心配や不安をプラス思考で状況を前向きに考え元気にふるまったりすべきではない。それは一時的な解決になるかもしれないが、心配や不安潜在意識に抑圧されるだけだ。
方法は簡単だ。不安な時は不安のままで、悲しい時は悲しいまま、あるがままの状態でいればいい。つらい時に明るく振る舞ったり元気そうにせず、苦しい時は苦しいままの自分を認識し、不安な時はそれを解決しようとせず正直に内面の感情をありのままに受け止めることだ。
不安や苦しいままでいるだけなので、それほど難しいことではない。ただ、内面見つめていればいい。ポジティブ思考と違うのは、不安や苦しみを肯定的に受け止めず、あるがままを受け入れるという所だ。
例えば眠れない時、ポジティブ思考では眠れるようなイメージを思い浮かべたり、眠れなくても大丈夫と思うようにする。だが、実は眠りたいと願っているのであるがままとはいえない。あるがままとは眠れなくてもいいと本当に思うことである。たいていは本当に眠れないが・・
自分のありのままの感情から、目をそらしたり偽らず受け入れられるようになったら、次の段階に進む。
潜在意識に抑圧されている記憶やマイナス感情は、存在しないことになっているので変えようがない。そのため、もし自分を変えたいならば意識に上らない思いを意識に上らせる必要がある。
不安や怒り、悲しみなどのマイナス感情がわいてきたら、そのままただ認めて眺める。潜在意識に溜まった感情は意識に上らせれば、浄化され消えてゆく単なる記憶として整理される。それを繰り返せばマイナス感情は発散され浄化される。
でてきた感情を見つめ、それにとらわれないようにすることだ。それについてどうなってゆくか考えてはいけない。ただ見つめ、去ってゆくのを眺めていればいい。
だが、不安に思うことの80%は実際には起こらず、取り越し苦労に終わるという。問題が起こってから考えればいい。
起こってもいないことで悩まないためには、今できることあるいは、今すべきことに集中すること。とりあえず忙しくして不安から距離を置くことも大事である。何かに打ち込んでいる時は不安は感じないですむからだ。
考えようによっては、自分の意識とは関係なくやってくるうつやノイローゼは、自分にとって何か意味があるとも考える。人生の転機が来ていて、今の自分の生活を見つめ直せということかもしれない。
ノイローゼはうつ病に比べるとは、まだ治しやすいといえる。うつの場合は、薬物療法が効果があるといわれるが、3割ぐらいの人にはあまり効果がない。それに薬物療法で症状が軽くなっても、元の職場や環境に戻り以前と同じ生活を続ければ、またうつが再発することも多い。
うつ病の特徴の一つは孤立無援感である。つまり、周りに心配してくれる家族や友人がいても、誰からも理解されていないと感じてしまうのである。根本治療には対処療法で症状を抑えるだけでなく、もう一度人との心の絆をつくる必要がある。
「人によって受けた傷は、人によって癒される」というように、他人の援助が必要になってくる。薬物療法が効かないうつ病患者は、病巣の根が深いのだろう。それについては長くなるので、またあらためて書くことにしよう。