アストラル体 | 漢方堂だより

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ヨガ 気功 健康法

ヨガの教えでは、人間は肉体だけでなく、それとは別に意識でできたの体や、人間の本体である真我(魂)があるといわれている。こうした思想は古代からインドのヨガ行者によって実証され、ヨガの世界ではよく知られていることだ。

西洋にはそうした考えはなかったが、神智学の創始者であるブラバッキー夫人が、ヨガやヒンドゥーの教えを取り入れ、「人間には肉体の他にアストラル体・メンタル体・コーザル体など複数の身体がある」と説き、欧米の心霊主義に大きな影響を与えた。

アストラル体(微細体)は肉体と重なっており、肉体と全く同じ容姿をしているとされる。いわゆる幽霊のようなものである。肉体の死が訪れると、頭部にあるアストラル体と心臓にあるコーザル体(原因体)と真我が一つになって、体から離脱するといわれている。       

多くの人が死に対する恐怖を持っている。人間はいつか必ず死ぬわけで、もし肉体の死後も意識や魂が残ると確信できれば、死の恐怖を軽減することができるだろう。



   




そういう私自身は、死後の生に関しては半信半疑のままである。何故なら、死後の生を肯定するような体験をしている一方で、それを否定するような体験もしているからだ。まぶしく光る球体を見たり、黒くて不気味な動く存在を見たこともあるが、それが霊的なものか脳が作り出した幻覚なのか今も分からない。

わたしは何度も体外離脱体験をしているが、寝ている自分の体が半分起き上がり、そのままななめ上方に浮揚していくのをはっきり感じた。そのとき手足の指先まではっきり感じることができた。不思議なのは自分の顔や目は天井を向いているのに、下で寝ている自分が見えるのだ。

それに前にも書いたが、私の父親と祖父は危篤状態の時に親しかった親戚の家に半透明の体で現れている。呼びかけると姿が消えたそうだが、これは葬儀の時に直接、それを見た親戚の人から聞いた話なので、嘘を言っているとは思えない。

危篤はまだ死んだわけではないので、死後の生の証明にはならないと思う人もいるだろう。だが、わたしがヨガを習っていたK先生の道場では、ずいぶん前に亡くなった先生の義父の方が姿を見せるそうで、道場でヨガの合宿をした知り合いの何人かがその姿を目撃している。

幽霊として現れた義父の方は生前、霊能者として地元では有名だったそうである。もちろん、人を怖がらせるようなことはない。





幽霊を見た人は多いし、幽霊が出る有名な場所もある。それが人間の不安が作り出した幻覚なのか、それとも死んだ人の霊なのか、死者の残存印象か分からないが、カメラでも写るので科学では証明できない何かが存在するのは確かのようだ。


わたしの友人・知人にも幽霊を見た人は多い。ある友人は学生の時、探検部だったが、沖縄で集団で幽霊を見ている。洞窟にあった骨壷を旅館に持ち帰ったところ、夜中にうなされ、目を覚ますと骨壷に腰掛けている半透明の老人を見たといっていた。

洞窟は戦時中防空壕になっていたので、沖縄戦で死んだ人の霊なのかもしれない。


わたしも以前、スイッチを入れないのにラジカセが突然音楽が鳴りだして驚いたことがある。気にも留めずスイッチを切ったのだが、しばらくするとまた鳴りだした。その時、その日が自殺した親友の1周忌にあたるの思い出してびっくりした。

うかつにも親友の命日を忘れていたのだが、それを気づかせるために彼の霊がやったのではないかと思っている。ラジカセが鳴ったのはその日だけである。ちなみに次の年の命日には、電話が壊れて使えなくなった。

                         


一方でわたしは、霊や死後の生を否定するような体験もしている。たとえば霊能者は霊の姿が見え話もできるが、それは霊能者が相談者の意識や過去の記憶をテレパシーで読み取っているとも考えられる。

わたしもヨガを熱心にやっていた頃、特殊な方法でトランス状態になることができた。その時、自分で思い描いたイメージを、眼前に立体的な姿で出すことがてきた。驚くことに、そのイメージした動物や人物と話すこともできた。

つまり、霊能者が見ている霊は、相手の記憶を読み取って映像化したもかもしれないということである。相手の記憶から特定の人物を作り出すことは可能なのである。

よく新興宗教などで手かざしをすると悪霊や動物霊が出てきたりするするが、それは暗示で潜在意識に閉じ込められていたマイナスの感情が、人間や動物の姿を借りて出てくると考えられる。もしその正体が潜在意識の場合は、除霊や浄霊で憑いた霊を祓うことはできない。一時的な効果はあっても、長くても半年ぐらいしか効果は続かない。

                         


大学教授でプロの拝み屋でもあった中村雅彦先生によると、霊に憑かれて悩んでいる人の9割以上は、本物の霊に憑かれているわけではないそうだ。相談者のほとんどはそう思いこんでいるだけで、浄霊より心理学的な治療が必要とのことである。

余談だが、中村先生によれば、死んだ霊より生霊の方がずっと恐ろしく
始末が悪いそうである。霊は説得可能だが、生きている人間の気持ちを変えるのは難しい。人の怨念は、相手を病気にしたり呪い殺すことも可能だそうだ。

中村先生も他の霊能者に呪いをかけられ、体調を崩したたことがあるそうだ。





中村先生の祈祷所にも億単位の報酬を払うので、特定の人を呪殺してほしいという依頼があったそうだ。もちろん、断ったそうだが・・中世のチベット密教では、政敵の呪殺が行われていたという。

戦時中の日本でも、当時の首相だった近衛文麿が高野山に頼んで、アメリカの大統領を呪い殺そうとした話は有名である。ルーズベルトはそのために死んだと噂された。

わたしの知り合いも別れた女性に恨まれて、長い間、原因不明の体調不良に悩まされた。数年後、その女性に会った時、別れてからずっと恨まれていたのを知らされたそうだ。やっぱり、人の恨みによる生霊は幽霊よりずっと怖いようだ。