書名:冬の王2 塔の少女
原題:The Girl in the Tower
作者:キャサリン・アーデン(アメリカ作家)
出版:創元推理文庫
内容:十四世紀、ルーシ(ロシア)。ルーシ北部レスナーヤ・ゼムリャの領主の娘ワシリーサ・ペトロヴナことワーシャは、精霊を見て話す力を持つ。熊と呼ばれる魔物を封印するために父親の命が犠牲になると、故郷の村人から魔女と糾弾されたワーシャは居場所を失い、霜の魔物(冬の王)マロースカを訪ねる。その頃、セルプホフ公に嫁いだワーシャの姉オリガは三人目の子どもを身籠っており、次兄アレクサンドルの帰りを待っていた。修道士となったアレクサンドルは、従弟であるモスクワ大公ドミトリー・イワノヴィチと同じ修道院で少年時代を過ごし、今は彼の使者としてルーシの宗主国であるキプチャク・ハン国の首都サライに出かけていた。予定より遅れて帰国したアレクサンドルは、行き倒れの神父を救助してきていた。神父を妹に預けてモスクワ大公のもとへ向かったアレクサンドルは、キプチャク・ハン国が王位争いで乱れた状況にあることを報告する。属国の立場から脱したい大公は戦を望むが、アレクサンドルはまだ時期尚早だと諫める。これは二人の師である至聖三者修道院の院長セルギイも同じ意見で、大公にはルーシ各地を襲撃している盗賊団の討伐に行ってもらうように勧められていた。そこへ、これまで交流のなかったバーシニャ・カステイの領主カシヤン・ルートヴィチがやってきて盗賊の被害を訴え、大公に盗賊討伐を請願する。カシヤンの案内で大公は盗賊討伐に出発することに決める。一方、託された神父を介抱したオリガは、目覚めた彼からレスナーヤ・ゼムリャの司祭だったコンスタンチン・ニコノヴィチだと名乗られる。オリガが家族の消息を尋ねると、コンスタンチンは魔女となったワーシャのせいで父親と継母が死んだと教える。家族の死を知らぬままアレクサンドルはモスクワ大公に従って盗賊討伐に出発するが、カシヤンの案内する道中で盗賊の奇襲を受けたために修道院へ撤退する。一方、霜の魔物(冬の王)マロースカは、持参金を与えるので嫁に行くようにとワーシャに告げるが拒否される。結婚も修道院も嫌だというワーシャは、旅をして世界をみたいと主張する。望み通りにマロースカから旅に必要な物をもらったワーシャは男装して騎馬で移動するが、厳しい寒さの中での野宿で体調を崩して死にかける。危ういところをマロースカに助けられるが、ワーシャは意志を曲げずに旅を続ける。ところが、盗賊団に焼かれた村にたどり着き、誘拐された少女の家の精霊ドモヴォイに救助を約束する。盗賊団の跡を追ったワーシャは、攫われた少女三人を助け出す。しかし、盗賊団に気づかれて追いかけられたワーシャは修道院に逃げ込む。その修道院には兵を連れたモスクワ大公が滞在しており、ワーシャは次兄アレクサンドルと再会する。男装のワーシャはとっさにアレクサンドルの弟ワシリーを名乗る。アレクサンドルは妹の名誉と貞節のために嘘を暴かずにいたが、モスクワ大公は『従弟のワシリー』に盗賊のもとへ案内するように命じ……。
※サライ:モンゴルのバトゥ・ハンが十三世紀半ばにヴォルガ川下流に築いた。キプチャク=ハン国の首都
<ロシア語の人名について>
現代のロシアの人名は、名、父称(父親の名から取った姓)、姓の三つの部分から成るが、中世のルーシでは、名のみ、あるいは(高貴な生まれの人々の場合)名と父称、というのが一般的だった。
●ロシア語は愛称形が豊富で、どんな名でもたくさんの愛称ができる。話者は、相手との親密度やその時々の気分で、こうしたバリエーションを使い分ける。
(例)エカテリーナ:カテリーナ、カーチャ、カチューシャ、カーテニカ
アレクサンドル:サーシャ、サーシカ
ドミトリー:ミーチャ
ワシリーサ:ワーシャ、ワーソチカ
ロジオン:ロージャ
●父称
ロシア語の父称は、常に父親の名に由来し、性別によって変わる。たとえば、ワシリーサの父親の名はピョートルなので、ワシリーサの――父親の名に由来する――父称は、ペトロヴナとなる。一方、ワシリーサの兄のアレクセイは、その男性形であるペトロヴィチを使っている。
ロシア語で敬意を表すには、英語のようにミスターやミセスを使うのではなく、名と父称で呼びかける。ワシリーサと初対面の人であれば、ワシリーサ・ペトロヴナと呼ぶだろう。また、少年の格好をしているときのワシリーサは、ワシーリー・ペトロヴィチと名乗っている。
中世のロシアでは、高貴な生まれの女性が結婚すると、父称を、夫の名に由来するものに変えた。このため、ワシリーサの姉オリガの少女時代の名はオリガ・ペトロヴナだったが、結婚後はオリガ・ウラジーミロワに替わっている(また、オリガとウラジーミルの娘はマーリャ・ウラジーミロヴナと呼ばれている)。
(例)イワン一世の妻→エレーナ・イワノワ
ピョートル・ウラジーミロヴィチの妻→マリーナ・ペトロワ
高貴な生まれの女は、テレム(ルーシの高貴な女性の居住空間。屋敷の上階、塔、離れなどにあった)の中で暮らして死んでいくしかなく、女同士でよく互いの家を行き来する。
礼拝堂とパン焼き小屋とテレムを行き来するだけの生活を送る身分の高い女たち
モスクワのボヤール(貴族)の屋敷では、テレムに男性がやってくることはほとんどない。例外は修道士、司祭、夫、息子、奴隷だ
クレムリン(都市の中心部をなす城塞)の城壁を守る男たち
パサート(城外居住区:クレムリンの外の商工業地区。交易の中心地)
翌朝、ウトレンニヤ(朝課)に向かった。ほかの修道士たちと朝の奉神礼(正教会における礼拝)を行うのだ。サーシャはイコノスタス(聖職者が出入りし聖体礼儀を行う「至聖所」と信者が祈禱する場所である「聖所(内陣)」を区切る、イコンでおおわれた壁)の前で頭を下げ、床にひれ伏す。祈りの言葉を唱えたあと、街に出ていった。
「領地の名は?」
「バーシニャ・カステイ(ルーシの言葉で「骨の塔」の意)」
「父は餓死寸前に追いこまれた三度目の冬、わたしたちの屋敷にこの名前をつけたのです。」
カフタン:男性用の、ベルトのついた裾の長い服
ワーシャという略称は、ワシリーという少年にも、ワシリーサという少女にも使われる。
マースレニツァ祭(大斎の前の三日間に行われる、「冬を送る祭り」)
マースレニツァ祭は三日間かけて行われる太陽の祝祭で、モスクワ公国に最も古くから伝わる祝日のひとつだ。キリスト教の鐘や十字架よりもはるかに歴史が古く、それらと入れ替わりに消えても不思議はなかったが、いまも続いている。ただし、異教の精神を隠すためにキリスト教的な意味がつけくわえられた。祭りの前日が終わると、復活大祭まで肉を断たなければならない。
これから数日間は、バター、ラード、チーズといった脂肪分の多いものを食べることが許されている
ブリヌイ:マースレニツァ祭によく食べる、薄いパンケーキ
マーシャ:マーリャの愛称
12/3,P392
書名:実は、拙者は。
作者:白蔵盈太(しろくらえいた)
出版:双葉文庫
内容:享保八年(きょうほう:1723年)三月、将軍・徳川吉宗治世の江戸。深川佐賀町の裏店(うらだな)に住む八五郎(はちごろう)は、二十二歳の棒手振(ぼてふ)り。八五郎は影の薄さが悩みの種の地味な男。晩春のある夜、八五郎は飲んだ帰り道で、侍同士の諍いに気付く。酔っ払った八五郎は野次馬根性をだし、塀の陰から覗き見する。そこでは、なんと巷で噂の幽霊剣士「鳴かせの一柳斎(いちりゅうさい)」が旗本を襲っている。しかも一柳斎の正体が、八五郎の隣の部屋に住む浪人・雲井源次郎だと気付いてしまった。三日後、八五郎は町内のどぶさらいに参加する。集まりの中には、八五郎が想いを寄せている娘・浜乃(はまの)の姿もあった。浜乃の気を引きたい八五郎は、二人だけの秘密として「幽霊剣士の正体は源次郎だ」と教える。すると浜乃は、本当かどうか源次郎を尾行して確かめようと言い出す。二人は何度か尾行するが、毎回源次郎の姿を見失ってしまう。ある日、八五郎が商いに励んでいると、岡っ引きの甚助(じんすけ)親分に声をかけられる。実は、八五郎は「八丁堀の犬(間者)」なのだ。以前、影の薄さを悪用して小銭泥棒を働いた八五郎は、罪を目こぼししてもらう代わりに、八丁堀の定廻(じょうまわ)り同心・村上典膳(むらかみてんぜん)の飼い犬になっているのだ。翌日、典膳お抱えの「犬」全員が呼び出された船宿(ふなやど)に出向いた八五郎は、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)からのお達しで、義賊・八ツ手小僧の正体を突き止めるように命じられる。八ツ手小僧の捕縛につながる手がかりを摑んだ者には五十両の褒美が出るという。とはいえ、江戸庶民の人気者をお縄にする役目などやる気が出ない。そんなとき、八五郎と源次郎のところに、近所に住む大工の親方・辰三が険しい顔でやってきて言う。「浜乃が借金のかたに売り飛ばされる」と。聞けば浜乃の父で飾り職人の藤四郎が、評判の悪い両替商の尾黒屋欽右衛門(きんえもん)に五両を借りたが、騙されて五十両の借金になっていたという。さらに今月中に返さなければならず、借金のかたに浜乃が連れ去られてしまっていた。しかも五十両の証文があるせいで訴え出ても無駄だという。腹を立てた八五郎は、影の薄さを活かして尾黒屋に入り込み、浜乃が監禁されている納屋にたどり着く。だが、浜乃は助けを拒否する。尾黒屋に集められた娘たちは、勘定奉行・蓼井氏宗(たでいうじむね)が自邸内に作った「黒吉原(くろよしわら)」に売られることに決まっており、逃げても追われて捕まるというのだ。失意の八五郎はヤケ酒を飲み、夜更けに辰三の家に押しかける。ところが、辰三は留守のうえに八五郎は木札と小判を見つけてしまう。八ツ手の葉の焼印が押された札は、八ツ手小僧が盗みの後に残す証だ。実は、辰三親方が八ツ手小僧だと知った八五郎は悩む。浜乃を救い出すのに必要な五十両を得るために、辰三の正体をお上に密告するかしないか……。秘剣、隠密(おんみつ)、裏稼業。影と忍びは江戸の華。何の取り柄もない男・八五郎がつぎつぎと目撃することになった身近な人たちの裏の顔とは?
月代(さかやき:江戸時代以前の日本にみられた成人男性の髪型において、前頭部から頭頂部にかけての、頭髪を剃りあげた部分を指す。)
秋霜烈日(しゅうそうれつじつ:秋の厳しい霜と夏の烈(はげ)しい日の意から、 刑罰・権威・志操などが非常にきびしいことのたとえ。)出典小学館デジタル大辞泉について
※「秋霜烈日」は中国語から来たことばで、明代の「備忘集」には「秋霜烈日」で始まる詩が収められています。少しさかのぼると「烈日秋霜」とひっくり返った言い方もあります。
さらに古く、宋代の「新唐書」には「厳霜烈日(げんそうれつじつ)のごとし」という言い方も出てきます。これが古くからの形でしょう。
日本に住んでいると、「秋の霜」と言われてもさほど冷たく感じられません。古代中国の都はより寒く、「秋霜」も十分冷たいイメージがあったのかもしれません。人間はともかく、作物にとって、秋の霜が大敵なのは確かです。
中国語では「厳霜烈日」も多く使われていますが、日本語では「秋霜烈日」が好まれます。(出典:四字熟語を知る辞典四字熟語を知る辞典について)
莞爾(かんじ)として笑う: にこやかな様子で笑うこと。「莞」は「にっこり笑うさま。」 「爾」は「状態を示す助字。」 「論語」「夫子莞爾として笑ひて曰く」より。
※「莞爾として笑う」が二重表現で誤用ではないかといわれることがあるが、誤用ではない。
硬骨漢(こうこつかん:意志が強く、権力に屈せず、容易に自分の主義・主張を曲げない男。)
非違(ひい)を糺(ただ)していた:物事の真偽や真相を明らかにすることを指します。
※「非違」は法に背くことを指し、特に違法行為や違反を糾弾すること。
「糺す」には、物事の理非を明らかにする、罪過の有無を追及する、といった意味があり、過ちを問いただす際に用いられる言葉です。
ABEMA視聴(第7話まで一気見)
TVアニメ「羅小黒戦記」
「羅小黒戦記」は木頭(MTJJ)原作によるアニメ作品。
2011年より“羅小黒戦記”の原点となるWEB版(ショートアニメ)の制作が開始、
これまでにシリーズ通して40話制作されており、現在も不定期で更新中。
bilibiliをはじめ中国各プラットフォームで配信されており、bilibiliにおける総視聴回数は7億再生を超える。
そして、2025年10月よりWEB版をTVサイズに編集した日本語吹替版の放送が開始。
第1話CAT.1〜CAT.4
黒猫の妖精・シャオヘイは、重傷を負ってしまい、路頭に迷っていたところ、ロシャオバイ(羅小白)という少女に拾われる。少女の姓をとり、ロシャオヘイ(羅小黒)と名付けられ、共に暮らすことに。シャオヘイと暮らし始めたシャオバイは、不思議なできごとに巻き込まれていくことに...。
第2話CAT.5〜CAT.7
シャオヘイを連れ、田舎に暮らすおじいちゃんのところへ遊びに来たシャオバイは、不思議な生き物(もちねずみ)・ビデュー(比丟)と出会う。動物と金属以外なんでも食べてしまうので、檻に入れておかなければいけないらしいが、どうやらシャオヘイには頭があがらないようで...。一方、おじいちゃんと一緒に暮らしているいとこのアゲン(阿根)もどうやら訳ありで...?
第3話CAT.8〜CAT.10
妖精を食べてしまったことで暴走したビデュー。これ以上一緒に暮らすのは良くないため、アゲンたちはビデューを人のいない場所に放すことを決める。一方、シャオヘイたちのもとにディーティン(諦聴)がやってくる。彼はロウクン(老君)の側近で、シャオヘイが盗んだ天明珠を取り返しに来たのだと言うが…。
第4話 CAT.10〜CAT.12
ロウクンの霊域・藍渓鎮(らんけいちん)への侵入を試みる謎の2人組( ムース(幕斯)、アシェン(阿先))。彼らの策略により突破されたディーティンに代わり、シャオヘイとアゲンが対応に向かう。アゲンの能力を見た2人組は撤退しようとするが...?
第5話 CAT.13〜CAT.16
シャオヘイたちのもとに、フェンモー(粉末)という小さな花精霊がやってきた。友達が意識不明になっており、薬を探しているという。治療のため、シャオヘイたちはリンフォン山へ向かう。友達・チーグオ(七果)のもとに辿り着くも、何だか様子が変で...?
第6話CAT.17〜CAT.19
チーグオの救出を終え、リンフォン山から帰ってきたシャオヘイたち。ビデューに食べ物のしつけをするシャオバイ、おじいちゃんの家の修復を手伝うアゲン、地元の犬たちの争いに巻き込まれるシャオヘイと、ドタバタな日々は続いていく。
第7話CAT.20〜CAT.22
妖精会館に到着したシャオヘイたちは、館長のカリ(卡里)から妖精会館の歴史や役割について語られる。その後、会館から帰る道中にチンチュウ(青丘)ら他の妖精から襲撃を受けるアゲン。天明珠を狙う者妖精たちによる三つ巴の状況となってしまい、緊張が高まる。
※続きは配信待ち。
書名:紫式部の娘。3 賢子(かたこ)はきめる!
作者:篠綾子
出版:静山社ペガサス文庫
内容:『源氏物語』の作者・紫式部を母にもつ賢子は、十五歳の女房。「越後弁(えちごのべん)」という女房名で、皇太后・藤原彰子(ふじわらのあきこ)に仕えている。同僚には『枕草子』の作者・清少納言の娘・小馬(こま)や、恋多き天才歌人・和泉式部の娘・小式部(こしきぶ)がいる。中秋に当たる八月十五日、皇太后御所で貝覆いの遊びと月見の宴が開かれることになっていた。賢子は同僚の中将君(ちゅうじょうのきみ)と組んで貝覆いに参加する。好敵手の小式部には負けられないと、賢子は意気込んでいた。当日、彰子の子息である親王たちや、彰子の弟たちが催しを見物にやってきた。故一条天皇の第一皇子・敦康親王(あつやすしんのう)、第二皇子で東宮の敦成親王(あつひらしんのう)、第三皇子・敦良親王(あつながしんのう)、そして賢子が想いを捨てきれずにいる「今光君(いまひかるきみ)」右近衛中将頼宗(うこのえのちゅうじょうよりむね)や、賢子を口説いている粟田参議兼隆(あわたのさんぎかねたか)が姿を現した。ところが、驚くことに初対面の三宮(さんのみや)敦良に賢子は気に入られ、自分に仕えよと誘われる。まだ五歳の三宮の申し出は、三宮の母であり賢子の主人である彰子によって却下された。その後始まった貝覆いでは、賢子は小式部と競い合い、見事一位になる。そして一位になった組のご褒美として、彰子から十日の休暇が与えられた。しかも只の休暇ではなく、一宮(いちのみや)敦康の邸でもてなしを受けながらの休暇だという。ところが、三宮も一緒に滞在したいと言い出し、それが許されてしまった。せっかくの休暇なのにと賢子が内心で文句を言っていると、隣りの中将君が倒れる。体調を崩した中将君を支え、賢子は御前を下がった。翌日、体調の回復しなかった中将君の代わりに、順位が二位の小式部が賢子と一緒に行くことになる。移動の牛車で二人きりになると、再婚した夫の赴任先の丹後に行くことなった和泉式部の話題が出た。ところが、小式部は母に対して複雑な思いを抱いているようで、紫式部が母である賢子が羨ましいと言う。敦康親王の二条邸に到着した二人は、親王の乳母子(めのとご)だという女房・近江の出迎えをうけた。案内された部屋でくつろぐ賢子だが、三宮がやってきて邸の探検に連れ出される。仕方なく三宮に付き添った賢子は、廊下の突き当りの部屋で血だまりに倒れた近江を発見した。慌てて三宮を連れて賢子は逃げ出し、小式部の部屋に駆け込む。話を聞いた小式部が確認に行くが、何もなかったと帰ってきた。改めて賢子が行ってみると、近江の死体は消えていた。しかも使用人に尋ねると近江という名の女房は邸にいないという。何かとんでもない事が起ころうとしていると賢子は感じる。三宮を部屋に送り届けた後、賢子は邸の主人である一宮に挨拶に行く。だが、共に挨拶するはずの小式部が姿を消していた。さらに三宮まで居なくなり……。
※貝覆い(後に「貝合わせ」と呼ばれる遊び)とは、貴族たちの間で行われる遊びの一種である。一対の貝殻の内側に同じ絵の描かれたものが、全部で三百六十あるのだが、この貝殻の一方だけを絵を伏せて並べる。この並べた貝殻を「地貝(じがい)」という。もう一方の貝殻は「出貝(だしがい)」といい、一枚ずつ取り出され、中央に伏せて置かれる。参加者たちは、その出貝の対となる地貝を探し当て、その数を競う遊びであった。地貝と出貝は対であれば、縁の形がぴたりと合うが、そうでないものとは絶対に合わない。これと決めた地貝を選んで出貝と合わせ、縁がぴたりと合えば「当たり」だ。そこで初めて、貝を開き、双方の絵柄をみなに披露してから、貝を取る。貝殻の縁が合わなければ「まちがい」なので、元の場所に地貝をもどし、次の人に順番をゆずらなければならない。注意力と記憶力がためされるわけで、貝の数も多く、大勢で遊ぶことができるが、始めれば時も費やし、大がかりなものとなる。三百六十枚もあるので、三刻(みこく:六時間)かけても終わらないことがある。四刻(八時間)、五刻(十時間)かかることもあった。
牛車にもさまざまな種類があり、大きくて立派な唐車(からぐるま)は上皇や東宮、親王などが用いるものである。一方、賢子たち女房が乗るのは通常、網代車(あじろぐるま)と呼ばれるずっと小さなものである。
書名:とむらう女
原題:The Shrouding Woman
作者:ロレッタ・エルスワース(アメリカ作家)
出版:作品社
内容:十九世紀半ば、アメリカ合衆国ミネソタ州。「あたし」ことイーヴィ・メンネンは十一歳の少女。ドイツからの移民で開拓者の父親と、五歳の妹メイとクルックドクリーク・ヴァレーで暮らしている。一カ月前、母親を肺炎で亡くし、イーヴィは傷つき泣くことも出来ないでいる。そんなとき、一家の世話と父親を支えるため、父親の姉「フローおばさん」がやってくる。フローおばさんを頼りにする父親や、すぐに懐いた妹と違い、母親が忘れられてしまうのではないかとイーヴィは反発する。しかもフローおばさんは、死んだ人を清めて埋葬の準備をする「おとむらい師」だった。母を亡くしたばかりで、死に関係する仕事にイーヴィは嫌悪感を抱く。だが、同い年の幼なじみエドワードに伯母さんの後を継ぐのかと聞かれて、イーヴィはおとむらいの仕事のことが気になり始める。一方、フローおばさんはあたたかいけれど押しつけることのない態度で接し、イーヴィの気持ちも少しずつほぐれていき……。大草原地方を舞台に、母の死の悲しみを乗りこえ、死者をおくる仕事の大切な意味を見いだしていく少女の姿を描く物語。
※作者はミネソタ州レイクビル在住。
※『著者あとがき』によると、著者の曾祖母はミネソタ州サラトガのクルックドクリーク・ヴァレーの近くで育ち、その思い出を著者に話してくれたという。さらに著者は曾祖母の母、レイチェル・コーネリアスの日記を見つけ、そこに書かれていた1870年代のカレドニアでの生活の記録が本作のもとになっている。他には『ミネソタ州の農夫の日記』という本とデーヴ・ウッドという開拓者の日記が参考にされている。
※『著者あとがき』によると、1800年代のおわりまでは、人が亡くなると、「おとむらい師」を呼んで、遺体の埋葬の準備をたのみました(または、おとむらい師を呼べないときは、近所の親切な女性がその仕事を引きうけました)。棺は、家族がつくるのがふつうでした。死者は、家のリビングで見守られました。信仰からくる恐れのためと、ネズミやほかの動物を近づけないためと、ときどき埋葬する前に死者が息をふきかえすことがあったためです。「シュラウディング(おとむらい)」というのはもともと、埋葬をするために遺体に布を巻くことです。女性が埋葬のしたくをするという慣習は、イエス・キリストの時代からおこなわれていました。死者を布に包んで埋葬する技術は、世代から世代へとうけつがれました。おとむらい師は、地域社会のなかで「死者に対する最後の聖なる務め」をおこなう人として尊敬されていました。南北戦争のあいだに、遺体に防腐処置をする技術が発達して、葬儀の準備が収益を得られる事業にかわりました。そして、女性たちがおこなっていた仕事は、男性の職業になり、おとむらいの伝統は忘れ去られてしまった。
※『訳者あとがき』によると、原題は「死者を白布で包む女性」という意味ですが、本書では「おとむらい師」と訳し、女性に限られる仕事のため、タイトルは『とむらう女』とした。
プレーリー:大草原