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私的備忘録

書名:幼き子らよ、我がもとへ 下巻
原題:Suffer Little Children
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:従兄が院長を務めるロス・アラハーの修道院で、殺人事件の調査を始める修道女にしてドーリィー(法廷弁護士)でもあるフィデルマ。殺された尊者ダカーンはそこで何を調べていたのか?人々の証言で次第に浮かびあがるのは、人格者だという世間の評判とは違い、ダカーンは厳格で横柄なうえに人を寄せ付けない人物だったということだ。調べが進むうちに、なぜか絡まり合った幾本もの糸が、モアン王国とラーハン王国の間にある小王国オスリガにつながっていく。裁判の場となるハイ・キング(大王)の『大集会』の開催が迫るなか、必死の捜索が続く。フィデルマは戦争の危機を回避できるのか?7世紀のアイルランドを舞台にしたケルト・ミステリ。
※1995年初版
※本書は『修道女フィデルマ・シリーズ』の長編第三作、邦訳第二弾になる。
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
※『訳者あとがき』によると、原題Suffer Little Childrenの〝suffer″は、「苦しむ、(被害や病苦を)蒙(こうむ)る」などの意味で使われる動詞だが、古くは「許す、容認する」という意味を持っていた。イエスの説教を聴こうと集まってきた人々が連れてきた幼い子供たちを、弟子たちが退けようとした時に、イエスが告げられた言葉が、「幼き子らの我に来るを許せSuffer little children」であった(「マルコ伝」第十章十四節、「マタイ伝」第十九章十四節、「ルカ伝」第十八章十六節」)。

 

「ここで、蜂を飼っているんです。だから、自家製の蜂蜜がありましてね」
「あなたがたが蜜蠟製の蠟燭を潤沢に備えておいでのことに、気がついていましたわ」
貧しい家庭で使用されるごく普通の明かりは、ほとんどは肉の脂身や獣脂を溶かしたものである。それに外皮を剝いた灯心草を浸して、灯をともすのだ。
 

書名:幼き子らよ、我がもとへ 上巻
原題:Suffer Little Children
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:キルデアの聖ブリジッド修道院の若い修道女フィディルマは、モアン王国を治めるオーガナハト王家の出身で、アンルー(上位弁護士・裁判官)の資格をもつドーリィー(法廷弁護士)でもある。665年、アイルランド五王国はイエロー・プレイグ(黄色疫病=黄熱病)の猛威にさらされていた。晩秋の嵐の夜、フィデルマはひとり騎馬で旅をしていた。モアン王国のターニシュタ(王位継承予定者)である兄コルグーから緊急の呼び出しを受けたのだ。故郷のキャシェル城に戻ったフィデルマは、不穏な空気に気付く。再会した兄に事情を聞くと、二カ月前からモアン王国内の修道院に滞在していた隣国ラーハン王国のヴェネラブル(尊者)ダカーンが何者かに殺されたという。モアンとラーハンは国境付近にあるモアン領土のオスリガ小王国を巡って対立関係にある。殺人事件が起きたロス・アラハー修道院の院長ブロックはコルグーとフィデルマの従兄であるため、ラーハン王はオーガナハト王家を訴え、この事件の賠償としてラーハンがかつての属国を取り返そうとするのは明白であった。このままでは二国間の戦争にも発展しかねない。黄色疫病(黄熱病)にかかり、意識不明の状態が続いている国王カハルの甥でありターニシュタ(後継者)として、コルグーはフィデルマにダカーン殺しの調査を命じる。裁判が開かれるまで残された猶予は三週間。妹の身の安全のためにコルグーが手配した国王直属の護衛戦士カースとともにフィデルマは急いで殺人現場の修道院へ向かう。その途中、フィデルマたちは小さな村が焼き討ちされている場に遭遇する。フィデルマとカースは難を逃れた子ども数名と修道女エシュタンを見つけだして事情を聞く。すると、疫病を理由に虐殺を指示した男は、コルコ・ロイグダの領地を治める大族長サルバッハに仕えるボー・アーラ(地方代官)インタットだという。子どもたちを避難させるためにフィデルマは一緒に旅を続け、ロス・アラハー修道院へ到着するが……。
※1995年初版
※本書は『修道女フィデルマ・シリーズ』の長編第三作、邦訳第二弾になる。
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
※『訳者あとがき』によると、原題Suffer Little Childrenの〝suffer″は、「苦しむ、(被害や病苦を)蒙(こうむ)る」などの意味で使われる動詞だが、古くは「許す、容認する」という意味を持っていた。イエスの説教を聴こうと集まってきた人々が連れてきた幼い子供たちを、弟子たちが退けようとした時に、イエスが告げられた言葉が、「幼き子らの我に来るを許せSuffer little children」であった(「マルコ伝」第十章十四節、「マタイ伝」第十九章十四節、「ルカ伝」第十八章十六節」)。
※キルデア:現在のアイルランドの首都ダブリンの南に位置する地方。作中の時代はラーハン王国の領土。
※ヴェネラブル(尊者):法王庁が公認する尊称。福者に列せられる前段階になる。

彼の剃髪は、頭頂と両耳を結ぶ線から前方の頭髪を剃り落とし、後ろの髪は長く伸ばした、アイルランド教会式のものだった。
※ローマ教会派とは異なる形式の剃髪で、「聖ヨハネの剃髪」とも呼ばれた。

「目には目を、歯には歯を」
※『新約聖書』の「マタイ伝」第五章三十八節。『旧約聖書』の「出エジプト記」第二十一章二十四節などに、この言葉が出てくる。

皮のサドル・バック(鞍鞄)
さまざまな場面を織り出した色彩豊かなタペストリー(壁掛け)
ヴェラム:上質皮紙。仔牛や仔山羊の皮をなめした上質の皮紙
タロー・キャンドル:獣脂蠟燭
イコン:聖画
ゴブレット:高杯
テーブルの上の小さなブロンズのハンド・ベル(振鈴)
表面に厚く蠟を塗った板(蠟板)とグラブと呼ばれる金属の尖筆
 

書名:赤ずきんの森の少女たち MÄDCHEN IM ROTKÄPPCHENWALD
作者:白鷺あおい
出版:創元推理文庫
内容:熊丸(くままる)かりんは神戸に住むお菓子作りが得意な高校生。三月、祖母の十三回忌に出席したかりんは、東京の大学で学ぶ従兄の栗原慧(くりはらけい)と祖母の思い出を話す。そのとき伯父が慧にドイツ語が解るかと尋ねる。大学の第二外国語で選択していると慧が答えると、伯父はドイツ語の本が祖母の遺品の中にあったので形見分けとして受け取ってほしいという。かりんが自分も読みたいので翻訳してほしいと従兄に頼むと、慧は祖母が作ってくれたという『ウズラ卵のチーズケーキ』を再現してほしいと条件をつける。一緒に本を読むことになった二人は、パソコンの画面越しにやり取りをすることに。かりんが父のアドレスに送られてきた訳文を読むと、19世紀末の寄宿学校を舞台にした少女たちの物語だった。15歳の少女ロッテことシャルロッテ・グリューンベルクは両親の死後、シュトゥットガルトの寄宿学校で学んでいたが、不運な誤解がもとで退学になった。四月初め、母方の叔父で軍医のシュテファン・ケルステンにドレスデンの駅で再会したロッテは、彼の手配でドレスデン近郊の町キルシュバウムにある寄宿学校に転入する。キルシュバウムの森のそばに建つヘンシェル女学校の校舎は、元はモルゲンシュテルン男爵の別荘だった建物で、赤ずきんちゃん伝説に由来する狼の幽霊の噂――猟師に剥がれた狼の毛皮『ひらひら狼』が月夜に赤ずきんをさがして学校中をさまよい歩く――が囁かれているという。森の中には赤ずきんの祖母の家の跡が残っているらしい。他にも百五十年ほど前に男爵に仕えた謎の画家ルンペルシュティルツヒェンの予言を記した書物と、男爵家の宝物が校内に隠されていると言い伝えられている。将来は詩人になりたいロッテはスイスの大学への進学を考えており、勉学に励むが……。本を読み進むかりんと慧は、物語と現実の奇妙な糸に気づく。グリム童話をもとに描いた神戸とドイツの不思議な絆の物語。
※初版2023年

キルシュバウム(桜の木)の名にふさわしく、桜の木があちこちに植えられている。
シュヴァルツヴァルト:黒い森

「原語の発音やとドレースデンのほうが近いやろな」
「歴史を振り返ると、ザクセン王国の首都やった町や」
「この話、ドイツが舞台じゃなかったっけ」
「ドイツ帝国の中のザクセン王国や。ドイツ帝国はな、もともと連邦国家としてスタートした」
「いろんな国や都市が集まって、ドイツ帝国ゆう一つの国を作っとったんや。ロッテのこの話は十九世紀末のことやから、当時の皇帝はヴィルヘルム二世、いわゆるカイゼルやな。皇帝はカイゼル一人やけど、その下に王さまが何人もおった」

ドイツ式に数えると、地上階、一階、二階となる

マーレ:アマーリエの愛称

「リースヒェンだのドルトヒェンだの舌嚙みそうな名前多くない?」
「なになにヒェンは、日本でいうなになにちゃんというような意味や。ドルトヒェンの場合は、本名ドロテーアで愛称がドルトヒェン。リースヒェンは書いてなかったけど、本名はたぶんエリーザベトや」
 

書名:骨董屋探偵の事件簿
原題:The Dream Detective
作者:サックス・ローマー(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:「わたし」ことサールズは友人マーティン・コラムが館長を務めるメンジーズ博物館で起こった怪事件の際、モリス・クロウと知り合った。ロンドンのイーストエンド(貧困地区)、ウォッピング・オールド・ステアーズで骨董雑貨商として風変わりな店を営んでいるクロウは、事件現場で眠れば犯罪の決定的な場面を脳内に再現できると述べ、犯罪は周期的に起こるとの持論を展開する。サールズは彼の言動に魅せられ、父クロウを信奉する美しい娘イシスと共に調査に同行しては、事件の詳細を書き留めて彼の伝記を執筆するようになった。手に余る難件をクロウが解決したおかげで出世したグリムズビー警部補は、捜査に行き詰まる度にサールズにクロウへの橋渡しを頼む。サールズが骨董店に足を踏み入れると、オウムが叫ぶ「モリス・クロウ!モリス・クロウ!悪魔ガアナタヲ迎エニ来タヨ!」。客を迎えたクロウは肌身離さず持ち歩いているスプレー瓶で、自身の広い額にバーベナの爽やかな香水を吹きかける。クロウが特に食指を動かすのは、歴史的遺物が関わる事件で……。サイコメトリー探偵の先駆モリス・クロウが活躍する短編集。
※「モリス・クロウ」シリーズは最初、The Methods of Moris Klaw(モリス・クロウの方法)という総題で、『ニュー・マガジン』の1913年4月号から1914年1月号まで連載された後、1920年にThe Dream Detective(夢見探偵)と改題されてロンドンのJarrolds社から刊行された。その際、なぜか第七話「ト短調の和音」が未収録だったが、1925年にニューヨークのDoubledayとPage社から刊行された版には第七話も収録されている。本書は、連載時と同様、全十話を収録した完全版である。
※作者は1883年2月15日、イギリスのバーミンガム生まれ。生誕時の名前をアーサー・ヘンリー・ウォードという(後にミドル・ネームを加えて、アーサー・ヘンリー・サースフィールド・ウォードと名乗る)。両親はアイルランド人。
※作者のペンネームは、サックスが古代サクソン語で「剣」を意味し、ローマーは「放浪者」のroamerのaを音声学的な基準に基づいてhに変えたものだという。作家として駆け出しの二十代の頃に考えられていたそうで、後には実生活でもこの名を使うようになったという。

ローリー:ローランドの愛称
クレム:クレメントの愛称
 

書名:森のロマンス
原題:The Romance of the Forest
作者:アン・ラドクリフ(イギリス作家)
出版:作品社
内容:17世紀、フランス。1658年4月、由緒ある家柄の血筋を受け継いだ紳士ピエール・ド・ラ・モットは、パリで華やかな社交や贅沢三昧の生活を送るうちに財産を失い負債を作ってしまった。ラ・モットは友人のヌムール弁護士に手を貸してもらい、債権者や法の手の届かぬ所へ逃げ出すために馬車で真夜中のパリを脱出した。同行するのは妻のマダム・ド・ラ・モットと、ピーターとアネットという名の忠実な使用人だけであった。ところがパリから15キロほど離れたヒースの荒れ野で道に迷ってしまった。半マイルほど離れた先にぽつんと建っている小さな一軒家から洩れる灯りを見つけたラ・モットは馬車をおり、其処へ道を尋ねに行った。すると、「ここに泊まっていかれたらどうですか」と背の高い男がドアを開け、ラ・モットを中に招き入れた。そして、ある部屋にラ・モットを案内すると、外からドアに鍵を掛けて閉じ込めてしまった。他の部屋から男たちの話し声が聞こえ、窓には頑丈な鉄格子がはめられており、奴らは追い剥ぎなのだと考えたラ・モットは愕然とした。しばらくして先ほどの男が、十八歳くらいの美しい娘を連れて入ってきた。そして、ラ・モットの胸に拳銃を突きつけ、「命が惜しけりゃ、この娘を俺の目の届かねえところへ連れてゆけ」と脅し、馬を用意すると言い出す。ラ・モットは家の者と離れ離れになってしまうことを考え、少し離れたところに馬車を停めていると説明する。すると、悪漢たちはラ・モットと娘に目隠しをして馬車の近くまで連れていった。そして、悪漢の一人がピーターに道を指図すると、ラ・モットと娘を解放して去っていった。馬車に戻ったラ・モットは今までの経緯を説明し、一行に押しつけられた若い娘はアドリーヌと名乗った。追手を恐れる一行は大きな町を避けて進み、モンヴィルという小さな町に泊まった。ラ・モットは一泊のつもりであったが、アドリーヌが高熱で起きられず、彼女を看病するために留まることになった。マダム・ラ・モットの看病でアドリーヌが回復すると、一行はリヨンを目指して出発した。やがて日も暮れようかという頃、またしても森の中で道に迷ってしまう。窓から身を乗り出したラ・モットは少し先の木立の間から黒い塔を見つけ、ピーターにあの建物に向かうよう命じた。馬車が近付くと、それはゴシック様式の修道院の遺構であることが分かった。僧院は廃墟と化していたので、ラ・モットは馬車を走らせるように命じた。ところが暗かったせいで古い木の切り株に気付かずに後輪が乗り上げてしまい、馬車はその場に横転してしまった。幸い大怪我をした者はなかったが、窮地から這い出した一行が車体を起こすと、車輪が壊れてしまっていた。仕方なく一行は僧院で一夜を過ごした。翌日、馬に乗ったピーターが近隣の町を探しに出かけた。夕闇が迫る頃になってようやく戻ってきたピーターは、道が分からずにさまよいながらどうにか2、3キロほど離れたところにある町にたどり着いたが、車輪大工が留守で帰りを待たされた挙げ句、高値を吹っかけられて喧嘩別れしてしまったと報告する。ピーターはしばらくここに留まることを勧め、ラ・モットは僧院についての情報を集めに明日また町に行くようにピーターに言いつけた。翌日になると森の近くの小さな町オーボワンに出かけたピーターは、帰ってくると聞き込みの結果を報告した。この僧院と森はある貴族が所有している。噂によれば、僧院が現在の所有者の手に渡ってすぐのころ、ある人物が密かにここに監禁されていたのだという。その人物の素性も、その後どうなったのかも誰も知らないのだという。いまでは所有者も此処を訪れず、僧院にまつわる不気味な噂が飛び交ったせいで近隣の農夫たちも近寄らなくなってしまったのだという。この報告を聞いたラ・モットは、此処に隠れ住むことに決める。僧院での生活に慣れてくると、アドリーヌは自分の生い立ちについて打ち明けた。彼女の父の名はルイ・ド・サンピエールで、七つで母を亡くしたあと修道院に預けられた。父は娘が尼僧になることを望んだが、彼女は拒んだ。腹を立てた父は娘を修道院から引き取ると、パリ郊外のヒースの荒れ野に建つ一軒家に連れて行った。父の家には女性の姿がなく、二人の男がいるだけだった。数日後の朝、アドリーヌが目を覚ますとドアに鍵がかかっており、部屋に閉じ込められていた。大きな声で呼びかけると、父はパリに出かけて数日間は留守で、その間は娘を監禁しておくように命令したという。そして真夜中になると、男たちがアドリーヌを引きずってラ・モットのもとへ連れて行ったという経緯だったのだ。僧院で暮らし始めて一月が経過した頃、ピーターが慌てて帰ってきて報告した。オーボワンの町でラ・モットを探している男がいたというのだ。しかも、ピーターの失言のせいで鍛冶屋にラ・モットが僧院に住んでいることを気付かれてしまったという。ショックを受けたラ・モットだが、逃げようにも馬車は壊れたままだ。そのときラ・モットは上の階の部屋の一室にあった落とし戸のことを思い出した。あの戸はちょっと見ただけではそれと分からないし、隠れるのに丁度良いのではないか。ラ・モットは扉の下の階段を下りて探索すると、石造りの部屋部屋に通じていた。一番奥の部屋の壁の窪みに置かれた櫃に気付いたラ・モットが中を見ると、何と人間の白骨が横たわっていた。ラ・モットは櫃の中身は黙ったまま、家の者と落とし戸の下の部屋に隠れることにした。一晩を隠れて過ごした一同だったが、翌日になるとアドリーヌが様子を見に蓋を開けて上の部屋に出た。アドリーヌが僧院の中を見て回っていると、兵隊の格好をした青年に遭遇してしまった。青年にラ・モットについて尋ねられると、アドリーヌは「出て行った」と答える。しかし、青年は「今でもいる」と主張して上の部屋の壁や床を調べてまわった。その時、落とし戸の蓋が持ち上がり、ラ・モット本人が現われた。アドリーヌの顔から血の気が引いたが、二人の男性は駆け寄って抱き合った。ラ・モットは「我が息子よ!」と叫んだ。ラ・モットの息子ルイは、ペロンヌに駐屯している連隊に所属していたが、そこへ弁護士ヌムールからの手紙き、両親がパリを出奔したことを知り、休暇を取って探しにきたのだという。それからさしたる出来事も起こらずに一月近くが経過した、ある嵐の晩、僧院の近くから数頭の馬の蹄の音が聞こえた。ぎょっとした一同が逃げ隠れする間もなく門が打ち破られ、数人の男たちが僧院の中に入ってきた。首領格の男は年の頃四十ほどの威厳ある騎士で、自分はこの僧院の所有者であるモンタルト侯爵だと名乗る。ラ・モットは挨拶のために侯爵に近寄り口を開こうとした瞬間、顔面蒼白になった。侯爵のほうも動揺を露わにし……。
※1791年初版
 

書名:阿片窟の死
原題:Smoke and Ashes
作者:アビール・ムカジー(イギリス作家)
出版:ハヤカワ・ポケットミステリブック
内容:英国領インドのカルカッタ。1921年12月21日深夜、インド帝国警察の英国人警部サミュエル(サム)・ウィンダムが葬儀屋の階下にある阿片窟の一室でキセルの夢に溺れていると、警察のガサが入った。阿片のせいで頭が朦朧としたまま逃げる途中、ウィンダムが跳ねあげ戸から阿片窟の上階に出ると、薄暗い部屋で中国人とおぼしき瀕死の男を見つけた。その男は両目をえぐりとられ、胸の左右をナイフで刺されていた。ウィンダムが犯人を訊ねると、男は言葉を発せないまま自らナイフを抜いて死んだ。ウィンダムがとっさに手に取ったナイフは、その形状からグルカ兵が使う肉弾戦用の武器だと分かった。ナイフを持ったままウィンダムはライフルを持った警官たちに追われ、寝静まったチャイナタウンの屋根の上を逃げ回った。最後は建物の仕切り壁の出っぱりの下に身を隠して摘発を逃れたウィンダムは、着替えの衣服をヒンドゥー教徒の物干し綱から調達すると、血まみれの衣服とナイフをサーキュラー運河に沈めて処分した。翌日、警視総監チャールズ・タガート卿に呼び出されたウィンダムと相棒で同居人でもあるインド人部下のサレンドラナート(サレンダーノット)・バネルジーは、ガンジー派幹部で法廷弁護士のチッタ=ランジャン・ダースに面会し、総督の最後通告を伝えるようにと命令される。この件の担当を二人が任された理由は、バネルジーの父親がダースの友人だからだという。1921年、マハトマ・ガンジーはインド国民会議を率いて、サティヤーグラハ(非暴力不服従)の運動を展開していた。街のいたるところで労働争議が発生し、官公庁や警察に勤務するインド人の離職も相次いでいる。警察は治安を維持する能力をもうほとんど有していない。しかるに植民地政府は一切の妥協を拒み、カルカッタはまさに一触即発の状態にある。そのような折り、英国のエドワード皇太子がインドを親善訪問しており、各地の都市をめぐった後、カルカッタにもやって来るという。この訪問を成功させるために、総督は国民会議の自警団を非合法組織に指定し、その活動は明日から全面禁止となる。この決定を伝えるためにウィンダムとバネルジーは高等法院に出向き、ダースに命令に従うようにと告げた。この通告に対して不服従運動の指導者らしい返事を返したダースはときどき咳きこんでいた。ウィンダムとバネルジーから報告を聞いたタガート卿は、ダースの計画していることを探りだし、先手を打てと命じた。不可能な命令だと感じながら退出したウィンダムは、中国人の死体が気になった。昨夜のガサ入れを行った風俗課のキャラハン警部補に探りを入れると、軍のH機関の要請で行われた捜査だったという。上海から来た青幇(チンパン)の最高幹部フェン・ワンがタングラにいるという情報が入ったらしいのだ。結局、標的のフェン・ワンは捕まらなかったそうだし、現場で殺された男の話も出なかった。中国人の死体を探すために阿片窟を訪れたウィンダムは、見張りの巡査に嘘をついて中へ入るが、昨夜の部屋は空っぽだった。見張りの巡査から聞き出した情報で、ウィンダムはH機関の人間が来たと察した。死体の行方を推理したウィンダムは、無人の葬儀屋の霊安室へ入り、収納棚の一つに昨夜の死体を見つけた。23日、総督の代理としてウィンダムとバネルジーはダースの邸宅を訪問し、抗議集会の中止を要請した。二人が邸宅を出ると、自転車に乗ったインド人巡査がやってきてメモを渡される。カルカッタから10マイルほど離れた田舎町リシュラで殺人事件が発生したという。車で駆けつけたバネルジーとウィンダムが見せられた死体は、両目がえぐりとられ、胸の左右が刺されていた。殺された女性はポルトガル領ゴア出身のインド人ルース・フェルナンデスで、ランクール陸軍病院の看護婦として勤務していたという。10マイルと24時間という距離と時間において、2件の殺人事件。どちらの死体にも同じ傷がある。その類似性を知っているのはウィンダム一人だけ。だが、動機は不明で、犯人の特定に結びつく手がかりは何ひとつ見つからない。ふたつの死を結びつけるものは何もない。そんななか、同様の手口の第三の殺人事件が……。歴史ミステリのシリーズ第三弾。
※2018年初版
※作者は1974年、ロンドン生まれ。スコットランド西部で育った移民二世。
 

書名:エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿
原題:Aylmer Vance: Ghost-Seer
作者:アリス&クロード・アスキュー(イギリス作家)
出版:アトリエサード
内容:「わたし」こと法廷弁護士デクスターは、ロンドンでの晩餐会で同席したエイルマー・ヴァンスは「霊の見える男だ」と教えられる。二か月後、デクスターはカワカマス釣りにサリー州へ出かけ、『カササギ亭』という宿屋に泊まると、其処にはエイルマー・ヴァンスも宿泊していた。エイルマー・ヴァンスとただの知人から友人になりたいと思ったデクスターは、一緒に食事をとったあと庭で煙草を吸いながら彼が『幽霊調査会』の主事をしていた間に経験した心霊現象について尋ねた。エイルマー・ヴァンスは自分が心霊研究に興味を抱くことになった六年前の事件について語り始める。エイルマー・ヴァンスのオックスフォード時代の親友ジョージ・シンクレアはスコットランド人の女性アニー・リデルと結婚した。二人は夫唱婦随の見本のような夫婦で仲睦まじかった。だが、結婚して四年が過ぎても子どもに恵まれず、二人は塞ぎがちになり、ジョージはオカルティズムに傾倒するようになった。ある日、ジョージは考古学をたしなむ友人に君の土地には塚があるだろうと言われた。塚とは、イギリスのあちこちにある古いブリトンの墳墓のことだ。友人にたきつけられて塚を掘り起こしたジョージは、重たい黄金の腕輪二つを発見した。ジョージは興奮して、腕輪をたずさえて霊媒師のところへ向かった。霊媒師は、この腕輪の持ち主はブリトンの姫君で、美女であったが妬み深く、恋人の手で殺された腹黒い女であったとまくしたてた。さらに霊媒師は、「あなたは人間離れしたお力をお持ちだ、それに奥方さまは霊媒にふさわしきかただ」とジョージに吹き込んだ。アニーは愛する夫のためにトランス状態に身をまかせた。だが、死者の霊が自分の身体を通じて夫と話しているなどというのは気分のいいものではなかった。トランス状態に入ってしまえば、自分の身体は生者と死者が交流をはかるための乗り物になってしまう。それは、やがてアニーの神経を蝕みはじめた。トランス状態のアニーに憑りついた腕輪の持ち主だというブリトンの姫君の霊は「自分は死んでも死にきれずに苦しみ続けている霊、すなわち『地縛霊』である」と言い、「もう一度生きたい」と何度も繰り返した。ついにアニーは、これ以上術をかけられるのは嫌だ、と夫に言った。降霊の儀式を行った時、姫君の霊を身体から追い出すのにとても苦労したという。「あの姫君はわたしの身体を乗っ取ろうとしてる。わたしの身体を使って生き返ろうとしているわ」妻の訴えをジョージは笑い飛ばしたが、アニーは「これが最後」と宣言して臨んだ儀式で……(『侵入者』)。デクスターを語り手に、オカルト探偵エイルマー・ヴァンスの八つの物語が収録された連作短編集。
※本書に収録された短篇は、The Weekly Tale-Teller誌の1914年7月4日号から8月22日号まで連載された作品。
※本書の作者、アスキュー夫妻は二十世紀初頭に人気を博した大衆小説家。軍人の家に育ったアリス・ジェーン・デ・コーシー・リークス(1874年生)と、牧師の息子クロード・アスキュー(1865年生)が結婚したのは1900年。両家ともロンドンの名家だったため、新聞にも大きく取り上げられたという。アリスは趣味で創作に手を染め、作品が採用されたこともあったが、1904年に初めて、クロードと小説を合作する。合作小説The Shulamiteは、発表後まもなく舞台化され、21年には「銃口に立つ女」として映画化された。それ以降、恋愛、犯罪はじめ多彩な題材の小説を多い年には10作以上刊行する流行作家となる。クロードが少年時代に、亡命中のセルビア皇太子ペータル・カラジョルジェヴィッチ(のちの国王ペータル一世)の知己を得ていたこともあってか、15年には夫妻ともに新聞社の特派員として、第一次大戦の渦中にあるセルビアに派遣された。二人は現地で取材したことを、翌年にノンフィクションThe Striken Landにまとめた。1917年10月5日から6日にかけての夜間、ローマからコルフに向かう船に夫妻は乗船していたが、Uボートに撃沈され、ともに命を落とした。死後に出版されたものを含め、長篇小説91作と1作のノンフィクションを遺し、映画化されたものが数作ある。

<収録作品>
●侵入者(原題:The Invader)→地縛霊
●見知らぬ誰か(原題:The Stranger)→古の神?
●緑の袖(原題:Lady Green-Sleeves)→先祖の幽霊
●消せない炎(原題:The Fire Unquenchable)→霊による自然発火?
●ヴァンパイア(原題:The Vampire)→スコットランドの呪われた家系
●ブラックストックのいたずら小僧(原題:The Boy of Blackstock)→ポルターガイスト
●固き絆(原題:The Indissoluble Bond)→音楽の呪縛
●恐怖(原題:The Fear)→惨劇の犠牲者の思念?
 

書名:ばけもの厭(いと)う中将 戦慄の紫式部
作者:瀬川貴次(せがわたかつぐ)
出版:集英社文庫
内容:平安時代、京の都。雨の降る夜、内裏の中にある校書殿(きょうしょでん)の一室に四人の近衛中将――雅平(まさひら)、宣能(のぶよし)、繁成(しげなり)、有光(ありみつ)が集まっていた。右大臣の嫡男で左近衛(さこのえの)中将宣能が怪異譚を語り始める。宣能は二十代初めの切れ長の目をした美男だが、色恋沙汰には目もくれず怪異を追い求めるため「ばけもの好む中将」と呼ばれている。宰相の中将雅平は怪異の話に「待った」をかけ、「こういうときは、かの『源氏物語』でも、雨夜(あまよ)の品定めと称される場面で、どういう女人が好みだとか、そんな艶めいた話に興じているではないか」と意見する。目鼻立ちのくっきりした派手な顔立ちの雅平は、光源氏をお手本にしており、数々の女性と浮き名を流していた。しかし、まじめな頭(とう)の中将繁成は既婚であることを、おだやかな右近衛中将有光は育児中を理由にやんわりと拒否した。そこで宣能が中断されていた怪異譚を再開すると、雅平は雨が止んだことを理由に帰ることにした。陰陽師の占いにしたがい常とは違う道で帰途についた雅平だが、乗っていた牛車の車輪がぬかるみにはまって立ち往生してしまう。雅平があたりを見廻すと、塀の大きな亀裂から邸の中をうかがっている立烏帽子(たてえぼし)に松葉色の直衣(のうし)をまとった男が立っていた。男の窺っている古い邸に雅平は見覚えがあった。其処は亡き上総宮(かずさのみや)のお邸で、雅平が四、五通くらい恋文を送った妙齢の姫君が住んでいる。返事を一度も貰えず諦めたのだが、逃した女人に別の男が接近しようとしていると知った雅平は恋の炎が再燃する。雅平は「上総宮のお邸に人手を貸してもらえないか声をかけてはどうか」と従者に指示する。すると、酷く痩せた老人が出てきて板戸を使って上手く牛車をぬかるみから脱出させた。この件のお礼という名目で、雅平は贈り物に恋文を添えて届けさせる。奥手な姫君から返しの文が来ることはなかったが、六度、七度と文を届けるうちに、年老いた家人が「中将さまが直接お越し下されば、お礼代わりに姫さまが琴の音をお聞かせできる」と文使いの者に告げた。喜び勇んで姫君を訪れた雅平は、強引に姫君と二人きりになるが、そのとき亡き上総宮の幽霊が現われ……。「今源氏」を気取る雅平に、『源氏物語』を思わせる怪事が次々と起こり、ついには「紫式部の祟り」と噂される。恋と妖かしのドタバタ平安怪異譚。
※本書は『ばけもの好む中将』シリーズのスピンオフ

近衛は禁中を警護する武官で、中将はその次官。左近衛府(さこのえふ)と右近衛府(うこのえふ)とに各二名ずつ、計四名が定員とされた。
しかし、平安時代も中頃を過ぎると、警護そのものは武士が代わって担うようになり、近衛はもっぱら歌舞音曲(かぶおんぎょく)や祭りの使いなどを主な役割とする。つまり、近衛中将とは武官の凛々しさを宿した華々しい役職、上流貴族の子息たちが若い時分に務める宮中の花形だった。

左近衛中将と宰相(参議の別名。中納言に次ぐ要職)を兼任するため、宰相の中将とも呼ばれる
蔵人(くろうど)の頭(とう:長官)と右近衛中将を兼任する、頭の中将
 

書名:名探偵オルコット2 ルイザの不穏な休暇
原題:Louisa and the Country Bachelor
作者:アンナ・マクリーン
出版:創元推理文庫
内容:1855年6月、22歳の駆け出し作家ルイザ・メイ・オルコットは、母の義兄ベンジャミン・ウィリスといとこのイライザから手紙を受け取り、こちらへ遊びに来ないかと誘われた。ルイザは喜んで招待を受け、ニューハンプシャー州の小さな町ウォルポールへ旅立った。さらにベンジャミン伯父が所有するコテージを無料で貸してくれることになり、他の家族もボストンから引っ越してくることになった。7月、ルイザは親友のシルヴィアに手伝ってもらって家の中を整え、家族を迎えにメイン通りの中央広場へと向かった。町の通りには、鉄道敷設工事が中断して職にあぶれた労働者が列をなしてフェンスや壁にもたれていた。しかも前から町に居るオランダ意味の労働者と新参のアイルランド移民が雇用をめぐって対立しており、不穏な空気をもたらしている。鉄道停車場から乗合馬車でやってきた家族と再会して喜び合った翌日、お茶の時間に家族でベンジャミン伯父の家を訪問した。親戚同士で旧交をあたためていると、物語のなかでなら「妖婦」と呼ばせたくなるような女性――タッパー夫人が訪ねてきた。タッパー夫人はオルコット家が住むコテージの隣人である。彼女は雑貨店主タッパー氏の息子ジョーナ・タッパーと去年再婚したばかりで、旅回りのセールスマンである夫が仕事で留守をしている今は病弱な兄と連れ子の青年クラレンスと暮らしているという。馴れ馴れしい態度のタッパー夫人は、シルヴィアが裕福な家の娘だと知ると何やら計算している様子だった。お茶会の翌日、ルイザとシルヴィアは雑貨店で買い物をすませて表に出ると、担架を担いだ男たちがやってきた。エルンスト・ノーテボームという男性が峡谷で死んでいるのを見つけたという。ちょうど広場に居合わせたエルンストの妹のリリーが涙にむせびながら発見場所を尋ねると、「崖の下に転落していた」という。だが、リリーは「アルプスに登ったことがあり、夏山のガイドもしていた兄が転落するわけない」と言い、「何か別のことが起きたんだ」と主張する。リリーと担架の担ぎ手たちがルイザたちの前を通り過ぎる時、死んだ男の足が見えた。その靴底はなめらかで滑り止めのある登山靴ではなかったことにルイザは気付く。ルイザの背後から「事故ですね」とタッパー店主が言ったが、彼の手は震え何かを気に病んでいる様子だった。帰宅したルイザがオランダ移民の労働者が崖から転落死したことを家族に伝えると、父は「アイルランド系労働者とオランダ系労働者の対立が関係していなければいいがな」と……。
※2005年出版
※本シリーズは史実にフィクションをまじえて展開する作品。1855年7月にオルコット一家がボストンからウォルポールに引っ越し、57年10月にコンコードへ移るまで、この田舎町で暮らしていたのは事実である。また、作中に描写されたようにウォルポールにはアマチュア劇団があって、ルイザと姉のアンナはその活動に熱心にかかわり、『ジャコバイト』や『二人のボニーキャッスル』という劇に出演したようだ。

自分でお皿に手を伸ばして、シードケーキをひと切れ取る。こういう場合、育ちのよい女性なら、女主人が勧めてくるのを待つはずなのだ。