書名:幼き子らよ、我がもとへ 下巻
原題:Suffer Little Children
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:従兄が院長を務めるロス・アラハーの修道院で、殺人事件の調査を始める修道女にしてドーリィー(法廷弁護士)でもあるフィデルマ。殺された尊者ダカーンはそこで何を調べていたのか?人々の証言で次第に浮かびあがるのは、人格者だという世間の評判とは違い、ダカーンは厳格で横柄なうえに人を寄せ付けない人物だったということだ。調べが進むうちに、なぜか絡まり合った幾本もの糸が、モアン王国とラーハン王国の間にある小王国オスリガにつながっていく。裁判の場となるハイ・キング(大王)の『大集会』の開催が迫るなか、必死の捜索が続く。フィデルマは戦争の危機を回避できるのか?7世紀のアイルランドを舞台にしたケルト・ミステリ。
※1995年初版
※本書は『修道女フィデルマ・シリーズ』の長編第三作、邦訳第二弾になる。
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
※『訳者あとがき』によると、原題Suffer Little Childrenの〝suffer″は、「苦しむ、(被害や病苦を)蒙(こうむ)る」などの意味で使われる動詞だが、古くは「許す、容認する」という意味を持っていた。イエスの説教を聴こうと集まってきた人々が連れてきた幼い子供たちを、弟子たちが退けようとした時に、イエスが告げられた言葉が、「幼き子らの我に来るを許せSuffer little children」であった(「マルコ伝」第十章十四節、「マタイ伝」第十九章十四節、「ルカ伝」第十八章十六節」)。
「ここで、蜂を飼っているんです。だから、自家製の蜂蜜がありましてね」
「あなたがたが蜜蠟製の蠟燭を潤沢に備えておいでのことに、気がついていましたわ」
貧しい家庭で使用されるごく普通の明かりは、ほとんどは肉の脂身や獣脂を溶かしたものである。それに外皮を剝いた灯心草を浸して、灯をともすのだ。