書名:蛇、もっとも禍(まが)し 下巻
原題:The Subtle Serpent
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:かつて異教の聖地だった場所に建てられた『三つの泉の鮭』女子修道院は、常に時刻係の修道女が水時計を見守っており、時間に関する規律の厳格さで知られていた。その女子修道院の井戸で、頭部のない若い女性の全裸死体が発見された。女子修道院を管轄するロス・アラハー大修道院長ブロックの従妹であり、ドーリィー(法廷弁護士)の資格をもつ修道女フィデルマは事件解決のために赴く。しかし、傲慢な修道院長ドレイガンに加え、敵意に満ちた修道女たちを相手にすることになったフィデルマの調査は困難をきわめた。この地方を治める代官アドナールと修道院長ドレイガンは、兄妹であるにもかかわらず憎み合い争っている。そのうえアドナールのアナムハラ(魂の友人=ソール・フレンド)はドレイガンの元夫フェバル修道士で、彼は女子修道院がコンホスピタエ(男女共住修道院)だった頃はディアソール(御門詰め修道士)を務めていたが、ドレイガンが修道院長になると立場を奪われ追い出されたのだという。そのためフェバル修道士は元妻を恨み、ドレイガン院長は若い修道女と性的な関係を結んでいるとフィデルマに吹き込む。アドナールの砦にはフェバルの他にも、彼を代官を任命したベアラ地方の族長ガルバンの息子オルカーン、フィデルマの兄であるモアン国王コルグーに反意を抱くオー・フィジェンティ小王国の王の子息トルカーンが客人として滞在していた。トルカーンは森で初めてフィデルマと遭遇した時、危うく彼女を射殺しかけ、それを狩猟の事故と言い訳していた。このようにさまざまな立場の人々の感情と思惑が複雑に入り乱れ、謎は深まる。それでもフィデルマが調査を続けていくうちに、写本を届けに出かけた二人の修道女が未だに帰参していないことを知る。行方不明の修道女たちの一人が被害者ではないかとフィデアルマは疑う。そんなとき、尼僧院内で第二の殺人が起きる。またしても頭部のない修道女の死体が発見されたのだ。死体の第一発見者だというドレイガン院長は、事件現場から逃げた修道女が犯人ではないかと発言する。それを聞いた若い修道女たちが犯人を私刑にしようとして……。七世紀のアイルランドを舞台にしたケルト・ミステリ。
※1996年初版
※本書は『修道女フィデルマ』シリーズの長編第四作、邦訳第三弾になる。
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
「どうしてこの修道院を『三つの泉の鮭』と命名なさったかも、ご存じですか?」
「『三つの泉の鮭』が、主イエスを指す婉曲な美称であることは、当然ご存じでしょうに」
「でも、ここには、現に『三つの泉』があるものですから」
「(略)異教の信仰の中で、『叡智の鮭』が非常に鮮やかな象徴であったことは、よく知られています。私どもが、イエスを『三つの泉の鮭』と歓びをもってお呼びするのも、もっともかもしれませんね。『三つの泉』は、『父と子と聖霊』という三位一体の一つとしてのイエスでもあり、また『叡智の泉の鮭』というイメージを持ったイエスでもありますものね」
書名:蛇、もっとも禍(まが)し 上巻
原題:The Subtle Serpent
著者:ピーター・トレメイン(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:666年1月、アイルランド五王国の最大王国モアンの南部に位置する半島、その山裾の森に縁取られた入り江近くに建つ『三つの泉の鮭』女子修道院で、頭部のない若い女性の全裸死体が泉の井戸から引き上げられた。遺体の左腕に結びつけられた細長い木片には、アイルランドの古代文字『オガム』が刻まれ、右手には十字架を握りしめていた。ドレイガン修道院長は、女子修道院を管轄するロス・アラハーの大修道院長ブロックにブレホン(裁判官)の派遣を要請する。モアン国王コルグーの妹でドーリィー(法廷弁護士)の資格をもつ修道女フィデルマは、事件を調査すべく海路で女子修道院に向かう。だが途中、乗組員全員がいきなり消え失せたかのように無人で漂う大型帆船に遭遇する。船長のロスに促されて無人船に移ったフィデルマは、まだ乾ききっていない血痕を発見する。さらに船内を調べたフィデルマは、船室に残された書籍収納用の革鞄から見覚えのある祈禱書を発見する。その祈禱書は一年半前にローマで、別れに際しての贈り物としてサクソン人修道士エイダルフに手渡した物だった。謎の無人船を曳航(えいこう)しつつ、船はベアラ地方の入り江に到着して停泊した。すると、二艘の小舟が先を争って漕いでくる。一艘は尼僧院からドレイガン院長を乗せており、もう一艘は尼僧院の対岸にあるドゥーン・ボイーの砦からボー・アーラ(地方代官)であるアドナールを乗せていた。二人は帆船の甲板に登ると、フィデルマの前で口論になる。フィデルマは尼僧院で夕食を、砦で翌朝の食事を共にする約束をして二人を帰す。フィデルマとロス船長は無人船を再調査したが、ゴールの商船ということ以外ははっきりしない。エイダルフ修道士の身を案じるフィデルマを気遣い、ロス船長は無人船が漂流した辺りの海域を探索するために船を出すことにする。フィデルマのほうは船をおり、尼僧院へ赴き殺人事件の調査を始める。ドレイガン院長と共に遺骸を検死したフィデルマは、身を清めるために向かった浴室で中年の修道女ブローナッハと出会う。ディアソール(御門詰め修道女)だというブローナッハは、来客の世話も仕事の一つだと説明する。しかもブローナッハは、遺体を発見した二人の尼僧の一人でもあった。翌朝、被害者の葬儀に出席した後、フィデルマは小舟で砦に向かった。フィデルマを出迎えたアドナールは朝食の同席者を紹介する。食卓を共にするのは、この地方を治めるベアラ族長の子息オルカーンとアドナールのアナムハラ(魂の友人=ソール・フレンド)のフェバル修道士である。食事の間、彼らはドレイガン院長の噂――若い尼僧を偏愛するという風評をフィデルマに伝える。事情聴取と食事を終えて尼僧院に戻ったフィデルマは、ドレイガン院長と険悪な関係のアドナールが兄であること、そのうえフェバル修道士が前夫であることを知って驚く。高慢なドレイガン院長は、尼僧院内でのフィデルマの事情聴取に対して自分の権威が侵されていると感じているようで……。
※1996年初版
※本書は『修道女フィデルマ』シリーズの長編第四作、邦訳第三弾になる。
※著者の本名は「ピーター・ベレスフォード・エリス」。有名なケルト学者。
※『三つの泉の鮭』:『訳注』によると、『泉』も『鮭』もアイルランドの風土に深く根差したもの。神話や伝説に、よく登場する。ただし、ロス・アラハー大修道院が実在のものであり、現在も遺構をわずかながら留めているのに対して、『三つの泉の鮭』という名前の女子修道院は存在しない。しかし、この修道院が建っているとされる場所は、西コーク州の海岸の町、現在のキャッスルタウンベア近辺で、このあたりは作者にとって幼い頃の懐かしい思い出の土地だとのことである。
オーク:樫(かし)、柏(かしわ)などのブナ科の植物の総称
シュレック:芳香石鹸、香料入り石鹸
フィデルマは、肌着の上に、褐色のイナール(チュニック)をまとった。丈が踝(くるぶし)まであり、房のついた紐で腰を縛る長衣である。それから、クアランと呼ばれる、つま先が細く尖った、ほっそりとした革靴に、足をすべりこませた。足の甲に沿って、ぐるりと縫い合わせてあるので、靴紐で締めるまでもなく、足にぴったりと合うのである。
「マルド・ワイン(温めて、甘み、香料、卵黄などを加えたワイン)を一杯、いかがです?冷えこんでくる夜に備えて」
院長は棚に載っている水差しを取りあげた。すでに鉄の棒が、暖炉の火で熱してあった。院長は皮布を端に巻きつけて棒を火から引き出し、真っ赤に熱してある先端を水差しに差しこんだ。こうして温めたワインを、院長は陶器のゴブレット(高杯)に注ぎ、手渡した。
書き物机の上には、鵞鳥、白鳥、鴉などの羽根が、すぐにもペン先を削って仕事にかかれる状態で、何本も載っていた。よく張り伸ばしてある羊、山羊、仔牛などのヴェラム(上質皮紙)を広げた画板も、備えられている。炭から作る褪せることのない黒インクの小さな壺も、備わっていた。
木の枠に柔らかな粘土を塗った筆記板を取りあげ、尖筆で記入して
「この地域は、銅鉱山からそう遠くありませんので、このような色の粘土が出たり赤い水が湧いたりします。自然の粘土に銅が混じって、鮮やかな赤い色合いになるようです。これですと、表面が長いこと軟らかなので、ほかの粘土より無駄が出ません」
テインバーライン:樹木限界線
書名:図書館がくれた宝物
原題:A Place to Hang the Moon
作者:ケイト・アルバス(アメリカ作家)
出版:徳間書店
内容:第二次世界大戦下のイギリス。1940年6月、ピアース家の三人兄妹――十二歳のウィリアム、十一歳のエドマンド、九歳のアンナは、親代わりだった祖母を亡くした。今は祖母の家で四十年以上働いていたお手伝いさんのコリンズが兄妹の世話をしてくれているが、この先どうなるか三人は不安に思っていた。葬儀の翌朝、祖母の弁護士エンガーソルと会った兄妹は、祖母がかなりの遺産を残す一方で遺言を残さなかったことを知らされる。遺言がなかったことで、三人が成人するまで面倒をみてくれる後見人や保護者がおらず、相続したお金を使うことも出来ない。困った状態の兄妹に、打開策として弁護士が提案した計画は「疎開」である。寄宿学校には戻らずに空襲のおそれのあるロンドンから田舎への「学童疎開」に参加し、疎開先の家の人との養子縁組を考えてみてはどうかというのだ。ただし、良い人が見つかるまで祖母が亡くなっていることと遺産の話は黙っているようにと弁護士に忠告される。この無鉄砲な計画が一番希望のもてる選択肢だと勧められた兄妹は、翌週の朝、ロンドンの北のほうにある小学校の生徒たちと疎開列車に乗ることになった。できるだけ多くの衣類を持っていくために何枚も重ね着をし、身の回りの品を旅行かばんに詰め、最後に本好きの兄妹は持参する本を一冊選んだ。アンナは『小公女』、エドマンドは『モンテ・クリスト伯』、ウィリアムは『ブリタニカ百科事典第四巻』。仕事を引退して妹の家へ疎開するというコリンズに別れを告げた兄妹は、小学校の先生に引率された生徒たちと一緒に何時間も列車に揺られたすえ、疎開先の村に到着した。兄妹を受け入れてくれたフォスター家は、肉屋のピーターおじさんとネリーおばさんに双子の男の子サイモンとジャックの四人家族。おじさんとおばさんは兄妹に親切に接してくれるが、双子は親の見ていない所で嫌がらせを繰り返す。綱渡りの毎日を送る三人の心の支えは、村の図書館での大好きな読書の時間と、図書館司書の優しい女性ミュラーさんの存在。でも、なぜか村の人たちはミュラーさんを避けているようで……。
※本書は作者のデビュー作。2021年初版。
「ネズミ狩りの手伝いにいくんだ」
「村外れに大きな農場があって、年に一、二度、ネズミの駆除をするのさ。ネズミを一匹しとめるごとにお金がもらえるんだ」
「どうやってつかまえるの?」
「ネズミ穴を、二つだけ残してぜんぶふさぐんだ。で、その一つからホースで水を流しこんで、もう一つの穴の前で、出てくるネズミを待ち伏せるのさ」
「出てきたら?」
「たたきのめすのさ」
「こん棒や棒切れは持ってきたか?」
納屋の裏側からおじいさんが出てきて、ホースをのばし、その先っぽを納屋の入り口近くの地面の穴につっこんだ。
「となりのやつをたたいちまわないよう、おたがい気をつけるんだぞ」
アンナは、雪の上にあおむけに寝て、腕と足を動かし、スノーエンジェル(雪の上に寝転んで両腕、両足を動かして作る、天使のような形)を作って見せた。
ボクシング・デー:クリスマスの翌日の十二月二十六日。英国の教会でつのった貧しい人への寄付の箱を開ける日だったことから)
書名:名探偵オルコット3 ルイザと水晶占い師
原題:Louisa and the Crystal Gazer
作者:アンナ・マクリーン
出版:創元推理文庫
内容:23歳のルイザ・メイ・オルコットは駆け出しの作家。1855年12月、ニューハンプシャー州の田舎町ウォルポールに住む家族から離れ、ルイザはひとりボストンに戻っていた。家族ぐるみの親交があったボンド小母さんの下宿に身を寄せ、ルイザは執筆に励む。けれどルイザの作品は思うように売れず、不得意な裁縫の賃仕事で生活費を稼いでいる。やはりボストンに戻っていた親友のシルヴィア・シャタックは、熱しやすく冷めやすいタイプのお嬢さま。夏に夢中になっていた儒教のことは見切りをつけ、亡父と話したいからと降霊術に夢中になっていた。ルイザは同行を求める親友の頼みで、水晶占い師のアガサ・D・パーシー夫人が催す降霊会に参加する。ルイザとシルヴィアは生意気な客間メイドのスージー・ディアに案内された待合室で、会に招待された客たちと顔を合わせる。興行師フィニアス・テイラー・バーナム氏、「広東の英雄」と称賛される元軍人フィップス氏、没落した名家の令嬢で富商の跡取りと婚約したアメリア・スノッドグラス、宝飾品コレクターの夫人エズラ・ディーズとその気弱な夫ディーズ氏。ただし、招待客のうち著名なピアニストのシニョール・マッシーモは来なかった。降霊会が始まるとパーシー夫人は男のような声で「ひどい頭痛」と欠席理由を告げ、さらに霊から招待客たちへのメッセージを石盤に書きつけてゆく。シルヴィアには父から「結婚しろ」というメッセージ、ルイザには殺された友人から「忘れないで」というメッセージと来客があると告げられた。翌日、ルイザは楽器店で妹エリザベスへのクリスマスプレゼントに楽譜を予約する。日暮れどきにルイザが下宿に帰ると、ウォルポールからエリザベスが訪ねてきていた。引っ込み思案のエリザベスは、自分のためのパーティーが計画されていると知り逃げてきたという。家出同然に転がり込んできた妹の無事をウォルポールの家族へ手紙で知らせると、ルイザは水晶占いの芸について図書館で調べたり噂の聞き込みをした。翌週、ルイザは影響されやすいシルヴィアを案じて二回目の降霊会に同行することにした。会の直前、バーナム氏に招待されてルイザとエリザベス、シルヴィアはレストランで一緒に食事をとった。ルイザとバーナム氏は水晶占い師のいんちきを話し合うが、シルヴィアは取り合わない。そのまま四人は連れ立ってパーシー夫人の屋敷へ向かうが、料理人がケンカして出て行ったせいでお茶の一杯も出されず待合室で一時間以上待たされたあげく、メイドのスージーに「パーシー夫人が体調不良で部屋に鍵を掛けて閉じこもっているので、返金するから帰ってほしい」と言われる。ルイザとバーナム氏はメイドに案内させてパーシー夫人が居る奥の部屋に行き、フィップス氏は窓のガラスを割って部屋に入るために外へ出た。やがてガラスが割れる音がして、窓から入ったフィップス氏が差し錠をはずしてドアを開けた。ルイザたちが居室に入ると、室内には阿片の匂いが漂っており、パーシー夫人は長椅子に横たわり血走った目を見開いたまま死んでいた。メイドは悲鳴をあげて駆け出し、屋敷の外へ逃げていった。残されたルイザたちがボストン警察に通報すると、旧知のコバン巡査が駆けつけてきた。パーシー夫人の死は、当初は麻薬を濫用したことによる心臓発作だと考えられていたが……。クリスマスの季節に起きた密室殺人に『若草物語』の作者が挑む、シリーズ第三弾。
※2006年出版
「あなたはスピリチュアル(霊的な)体験をなさったことがないんですね」
「スピリッツ(蒸留酒)のことなら、誰にも劣らずよく知っていますよ」
「何か隠しておいででしょう?目の色でわかります。緑がはしばみ色に変わっていますよ」
赤毛の持ち主には短気な人が多かった。
礼儀作法に従えば、帽子をかぶるのは、表へ出るドアの真ん前に立ったときでなければならない。
書名:乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…12巻
作者:山口悟
出版:一迅社文庫アイリス
内容:日本の女子高生だった「私」は、乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』の悪役令嬢カタリナ・クラエスに転生した。カタリナは頑張って破滅フラグを無事回避し、友情エンドで魔法学園を卒業した。そして、魔法省で働くことになったカタリナだが、ゲームに続編が存在することを知る。しかもカタリナは続編でも悪役だという。新たな破滅フラグを回避するために頑張るカタリナだが、何故か悪役スキルがアップしてゆく。そんな中、カタリナの婚約者のジオルド王子に新たな婚約者候補の噂があることを知る。婚約者候補は、カタリナもよく知っている学園の後輩フレイ・ランドール。その上、フレイの父親ランドール侯爵は厄介な人物で、カタリナを邪魔に思っているらしい。カタ リナを心配した父親のクラエス公爵は、娘の護衛として魔法省の同僚ソラをつける。そんな警戒状態の最中にフレイが学園から姿を消し……。ラブコメ・ファンタジー。
※『小説家になろう』サイトから書籍化したWeb小説。
書名:真実の魔術師
原題:The Master Magician
作者:チャーリー・N・ホームバーグ(アメリカ作家)
出版:ハヤカワ文庫FT
内容:鉄道が普及し、電信機で通信がおこなわれている1900年代初めの英国ロンドン。魔術は高度に専門的な技術として認められており、魔術師はエリートの職業だ。専門の学校を卒業し、二年から六年の実習期間を経て、国家試験で資格を取得しなければ開業できない。五月、折り師(紙の魔術師)エメリー・セインに師事してからもうすぐ二年になる魔術師実習生シオニー・マヤ・トウィルは、一カ月後に資格試験を控えていた。シオニーの魔術の腕は師匠の代理で依頼を任されるほどになっている。けれど、愛するセイン師との仲はキスどまり。キス以上のことは婚姻の絆を結んでから――そしてシオニーに『実習生』の肩書がついているかぎり結婚できないとセイン師に宣言されている。だからこそ、出来る限り早く魔術師の資格試験を受けなければならない。そうしてシオニーは試験勉強に励む一方で、誰にも内緒で紙以外の物質の魔術も独学していた。これは以前に邪悪な魔術師グラス・コバルトに殺されそうになった時に教えられた魔術の結合の真実によって可能になったことであり、この知識をシオニーはセイン師にだけ打ち明けていた。しかし、シオニーが秘密裡に物質の魔術の結合を使っていることはセイン師にさえ黙っている。試験が数週間後にせまったある日、シオニーは自分の魔術師資格を審査するのがセイン師ではないことを知らされる。実習の手引きでは、試験官は実習生の指導役が務めることになっている。しかし、二人の関係を察している人間がいれば試験で依怙贔屓(えこひいき)をしたと疑われるかもしれない。それを避けるためにセイン師が試験官を頼んだ折り師は、プリットウィン・ベイリー。ベイリーはセイン師の同級生だが、過去の因縁から彼を毛嫌いしている人物だ。しかも実習生の伝統に従って、シオニーは試験の二、三週間前からベイリー師に師事すべく屋敷に滞在しなければならないという。贔屓がないことを証明するためとはいえ大変なことになったと思った矢先に、さらに緊急事態を告げる電信が届く。かつてシオニーを二回殺そうとした切除師(禁じられた血の魔術師)サラージ・プレンディが処刑のためにポーツマスへ護送中に脱走したと、魔術師内閣の刑事大臣アルフレッド・ヒューズ師が報せてきたのだ。またしても自分と家族が標的にされるのではないか。シオニーは秘めてきた結合の魔法の真実を駆使して、サラージを追跡し対決を試みるが……。『紙の魔術師』シリーズ完結篇。
※2015年初版
※作者のウェブサイトは、charlienholmberg.com
書名:硝子の魔術師
原題:The Glass Magician
作者:チャーリー・N・ホームバーグ(アメリカ作家)
出版:ハヤカワ文庫FT
内容:鉄道が普及し、電信機で通信がおこなわれている1902年の英国ロンドン。魔術は高度に専門的な技術として認められており、魔術師はエリートの職業だ。専門の学校を卒業し、二年から六年の実習期間を経て、国家試験で資格を取得しなければ開業できない。エメリー・セイン師の心臓のなかでの血みどろかつ命がけの冒険から戻ってきて三カ月後。晩夏、家族に二十歳の誕生日を祝ってもらったシオニー・マヤ・トウィルは、正式な折り師(紙の魔術師)となるべく実習にはげんでいる。セイン師とは親密になる未来を占いで視たシオニーだが、現状はただの師匠と実習生の関係だ。実家から戻ってセイン師に誕生日プレゼントを貰ったシオニーは、タジス・プラフ魔術師養成学院の校長アヴィオスキー師の指示でダートフォードの紙工場を見学することになる。一緒に見学する参加者の中には、同じ学院の卒業生でアヴィオスキー師の実習生として玻璃術(ガラスの魔法)を学ぶデリラ・ベルジェもいた。シオニーとデリラを含む五名の実習生が紙工場を見学していると、作業員がやってきて「たったいま」「あやしげな」と案内人に耳打ちし、一行は避難するよう指示される。皆が外に出ると、建物が爆発して瓦礫が飛び、大惨事となった。セイン師と引率の責任者であるアヴィオスキー師と合流したシオニーとデリラは、警察署で爆発事件の証言をした。翌日、シオニーはデリラと約束していたランチのために街へ出かけた。デリラは昼食の席でシオニーの誕生日プレゼントに玻璃術で作った手鏡を渡す。デリラが師匠のお使いのために一足先に帰ると、空いた席に四十過ぎの赤毛の男が座る。シオニーは男が指名手配されている切除師(禁じられた血の魔術師)グラス・コバルトだと気付く。グラスは「ライラに何をしたのか教えろ」とシオニーに迫る。ライラはセイン師の元妻で邪悪な切除師だ。三カ月前、シオニーは師匠の命を救うためにライラを倒していた。どうやったのか教えるつもりのないシオニーは、紙の魔術『破裂の術』をグラスにぶつけて逃げ出した。シオニーは逃走中に偶然ぶつかったセイン師の最初の実習生ラングストンに助けをもとめ、無事に家まで送り届けてもらう。シオニーが狙われたことを知ったセイン師は家を出て避難することに決めた。セイン師とシオニーは移動のためにタクシーに乗ったが、魔術師の襲撃を受けて運転手が殺されてしまい、自動車ごと川に落ちてしまう。七歳の頃に溺れてから水が苦手なシオニーはパニックになるが、冷静に魔術を使って対応したセイン師によって助け出される。ロンドンの警察署で事情を説明すると、アヴィオスキー師とデリラ、刑事大臣として魔術師内閣に加わっている練り師(ゴムの魔術師)ヒューズ師が駆けつけてきた。そして、三度目の事件はグラスと共謀している切除師サラージ・プレンディの仕業ではないかと言われるが、シオニーは違うと答える。ライラの身に起きたことを聞き出したいグラスと、シオニーを殺そうとしたサラージは別々に行動しているのではないか。セイン師とシオニーは事件が解決するまで滞在できる場所として、アヴィオスキー師が手配して借りた街なかの部屋に移る。しかし、その部屋に置かれた姿見にグラス・コバルトの顔が映って問いかけてきた。シオニーは彼が玻璃師(ガラスの魔術師)だと気付くが……。赤毛の魔術師実習生が活躍する『紙の魔術師』シリーズ第二弾。
※2014年初版
※『著者あとがき』によると、「作中のエメリー視点の場所は三カ所あったが、二カ所削った。削除された場面は、ウェブサイトcharlienholmberg.comで閲覧できる」とのこと。
書名:紙の魔術師
原題:The Paper Magician
作者:チャーリー・N・ホームバーグ(アメリカ作家)
出版:ハヤカワ文庫FT
内容:鉄道が普及し、電信機で通信がおこなわれている1902年の英国ロンドン。魔術は高度に専門的な技術として認められており、魔術師はエリートの職業だ。専門の学校を卒業し、二年から六年の実習期間を経て、国家試験で資格を取得しなければ開業できない。タジス・プラフ魔術師養成学院を首席で卒業した十九歳のシオニー・マヤ・トウィルは、精錬師(金属の魔術師)として活躍する未来を夢見ていた。ところが、折り師(紙の魔術師)が不足しているという理由で、選択の余地なく弱くて人気のない紙の魔術と結合しなければならなかった。しかも、師事することになった折り師のエメリー・セインはまだ若いのに交際嫌いで、ロンドン郊外の荒れ地に住んでおり、家じゅうに紙細工を溜め込んでいる変人ときている。苦い失望をかかえて実習生となったシオニーだったが、自分の書いた手紙を見つけたことでセイン師が自分に奨学金を提供した匿名の篤志家だったことを知って驚く。しかも彼女が動物アレルギーの師匠のために実家にペットの犬を残してきたと知ったセイン師が、夜の間に魔術で紙の犬を作り出してくれたことで、彼の優しさにシオニーは気づく。そして気の進まなかった紙の魔術の勉強を続けるうちに、シオニーはその魅力を知るようになる。そんなある日、禁断の魔術――人間の肉体を導管として使う切除術――を使う切除師ライラに襲撃され、セイン師の心臓が奪われてしまう。とっさにシオニーは紙で作った心臓を使ってセイン師の延命を施すが、それは二日しかもたないという。学院の校長アヴィオスキー師に救援の電信を打つが、駆けつけた魔術師たちは今からライラを追跡してもセイン師を救うには間に合わないと考えているようだ。シオニーは心臓を取り返すために巨大な紙飛行機に乗ってライラを追うが……。
※2014年初版
※本書は作者のデビュー作
双眸(そうぼう)の夏の木の葉のような緑
木陰にいるせいで、輝く瞳がはしばみ色に近く見えた。
書名:シーグと拳銃と黄金の謎
原題:Revolver
作者:マーカス・セジウィック(イギリス作家)
出版:作品社
内容:1910年、スウェーデン北部の町ギロン。シーグの父親エイナル・アンデションは採鉱業者ベルイマン社の鉱石分析所で働いていた。一家は湖畔に一軒だけ建つ丸太小屋で暮らしており、ギロンの町へは湖を迂回する道で十キロ、凍った湖上を行く最短ルートで三キロ離れていた。エイナルは湖上を通れば氷が割れる危険があると息子に注意していた。土曜日は仕事が休みの日だが、エイナルはいつも午前中は町に出かけ、午後は家に帰って家族で入浴する習慣だった。ところが、その日は昼が過ぎてもエイナルが帰ってこず、シーグはスキーを取ってきて父を探しに行った。そして、湖上で凍死していたエイナルを発見した。どうやらエイナルは湖上で犬ぞりを走らせて氷を割って落ちてしまい、犬たちに引っぱらせて這い上がったものの凍え死んでしまったらしい。シーグの後から姉のアンナと若い継母のナディアもやってきて、三人はエイナルの死体を小屋に運んだ。それからアンナとナディアは犬ぞりで町に助けを求めに行き、シーグは留守を守ることになった。日曜日の早朝、ガンサー・ウルフと名乗る大男がエイナルを訪ねてきた。ウルフはアラスカのノームから十年かけてエイナルを追いかけてきたという。1899年、ゴールドラッシュに沸くアラスカに一獲千金を夢見たエイナルは家族を連れて渡った。息子のシーグはまだ五歳で、アンナは十歳だった。しかし、エイナルは鉱脈を発見できず、翌年からは鉱石分析官として働き始める。やがてエイナルはノームを去ることに決めたが、その直前にシーグとアンナの母親でエイナルの妻であるマリアが殺されてしまった。これ以降、アンデション一家は何年も世界のへりを転々とする生活を送っていた。シーグとアンナはその理由を知らなかった。父親が死んだ直後にやってきたウルフは、エイナルへの激しい復讐心を抱いており、「父親がもうこの世にいないとなれば、おまえがあとつぎとなるわけだよ。つまり、おれは今度はおまえに用があるということだ」と告げる。シーグは逃げ続けたまま死んだ父親の代わりに、ウルフとの過去の因縁に決着をつけるよう迫られるが……。
※2009年初版